もうすぐ新規商品「ファイナルゴジラ」の発売です。この時期になぜ発売する事にしたのか、きっかけ等を書きたいと思うのですが、今回はいつもとは違う私個人の主観がかなり入っているし、ちょっと長くなりそう(いつもくどくてすみません)なので、商品の「こだわり」としてではなく「雑感」として書きたいと思います。
ファンの方々の好きなゴジラ
■心に引っ掛かる違和感
まず誤解のないように申し上げておきますと、私は新旧問わず全てのゴジラが大好きです。全作映画もそれぞれのゴジラの造形もです。一部のゴジラ映画だけ、一部のゴジラだけという枠はありません。もちろん「好きレベル」の差は多少ありますが、「これはちょっと……」というものは1つもありません。初代「ゴジラ」から「ファイナル」まで全部「大好き」のうちに入ります。これは昔から今に至るまで変わりません。
さて本題です。
弊社がゴジラ商品を制作、発売するようになって気がついたのですが、心に引っ掛かる事がありました。
私には学生の頃から友人、知人の中でゴジラについて語れる人がほとんどいませんでした。他ジャンルで語ったり遊んだりする友人、知人は多いものの、特撮、特にゴジラについて共通の趣味を持つ人はいませんでした。私は自分でゴジラ映画を楽しんで、それなりにコレクションしていればそれで良いと言うスタンスでしたので、自らそういう人を求める事もありませんでしたし、情報を得るために常にアンテナを張る事もしていませんでした。一人で楽しむ事で充分でした。
約5年前に初めて弊社でゴジラ商品を発売し、今に至るまで、それまで会う事のなかった、多くの方々と知り合う機会に恵まれました。ゴジラに携わる関係各社の皆様、協力・アドバイスして下さった方々、イベント等で知り合えた他のメーカーや企業の皆様、生産する上でお世話になっている業者の皆様、マスコミやライターをされている出版関係の皆様、そして何よりもたくさんの商品をお求めいただいているお客様達です。
その中でゴジラが好きな方は多く、たくさんの方々とゴジラについてこれまでにお話させていただいてきました。
つまり私自身、多くの方々とゴジラについて話す機会と言うのはほぼここ5年で始まったと言っても過言ではありません。
人それぞれのゴジラへの思いやコレクションのスタンス等を知るのは、新鮮で楽しい事が多いし刺激にもなります。ゴジラについてそれまで知らなかった事を知る喜びも多々あります。知らずして影響を受けている事もきっとあるでしょう。
そう言った中で、ゴジラが好きな人達の思い入れを知れば知るほど、時として引っ掛かる違和感がありました。
まず私なりにわかったのは、多くの方が好きなゴジラをある程度限っておられるようです。作品としてもゴジラの造形としても。例えば「好きなゴジラは昭和まで」「認めるのはモスゴジまで」「私はデスゴジで卒業した」等、面白いぐらいに人によってバラバラです。
それは別に悪い事ではありませんし、人の好き嫌いですから自然な感情だと思います。
好きなゴジラを絶賛し、商品をコレクションしたり、語ったりするのは幸せだと思いますし、見ていて聞いていてこちらもなんだか嬉しくなります。これからもそうしてほしいと勝手ながら思ってしまいます。
でも中には、ご自身で認めない(もしくは嫌い)ゴジラ作品やゴジラ(&敵怪獣)の造形への悪口、明らかにそれを好きな人への軽蔑した言い回しでおっしゃる人、文章にする人が少なくないのです。これにモヤモヤする事がたまにあります。弊社商品をお求めいただいている皆様の中には、ほとんどそういう方はいらっしゃらないのですが、他の所でそう言った事を耳にしたり、目にしたりする機会が時々あるのです。
これにはどうしても馴染めません。
続きはまた明日。
(2011.1.8更新)
「ファイナルゴジラ ブラックバージョン」は完売致しました。ありがとうございました。
ファンの方々の好きなゴジラ
■心に引っ掛かる違和感
まず誤解のないように申し上げておきますと、私は新旧問わず全てのゴジラが大好きです。全作映画もそれぞれのゴジラの造形もです。一部のゴジラ映画だけ、一部のゴジラだけという枠はありません。もちろん「好きレベル」の差は多少ありますが、「これはちょっと……」というものは1つもありません。初代「ゴジラ」から「ファイナル」まで全部「大好き」のうちに入ります。これは昔から今に至るまで変わりません。
さて本題です。
弊社がゴジラ商品を制作、発売するようになって気がついたのですが、心に引っ掛かる事がありました。
私には学生の頃から友人、知人の中でゴジラについて語れる人がほとんどいませんでした。他ジャンルで語ったり遊んだりする友人、知人は多いものの、特撮、特にゴジラについて共通の趣味を持つ人はいませんでした。私は自分でゴジラ映画を楽しんで、それなりにコレクションしていればそれで良いと言うスタンスでしたので、自らそういう人を求める事もありませんでしたし、情報を得るために常にアンテナを張る事もしていませんでした。一人で楽しむ事で充分でした。
約5年前に初めて弊社でゴジラ商品を発売し、今に至るまで、それまで会う事のなかった、多くの方々と知り合う機会に恵まれました。ゴジラに携わる関係各社の皆様、協力・アドバイスして下さった方々、イベント等で知り合えた他のメーカーや企業の皆様、生産する上でお世話になっている業者の皆様、マスコミやライターをされている出版関係の皆様、そして何よりもたくさんの商品をお求めいただいているお客様達です。
その中でゴジラが好きな方は多く、たくさんの方々とゴジラについてこれまでにお話させていただいてきました。
つまり私自身、多くの方々とゴジラについて話す機会と言うのはほぼここ5年で始まったと言っても過言ではありません。
人それぞれのゴジラへの思いやコレクションのスタンス等を知るのは、新鮮で楽しい事が多いし刺激にもなります。ゴジラについてそれまで知らなかった事を知る喜びも多々あります。知らずして影響を受けている事もきっとあるでしょう。
そう言った中で、ゴジラが好きな人達の思い入れを知れば知るほど、時として引っ掛かる違和感がありました。
まず私なりにわかったのは、多くの方が好きなゴジラをある程度限っておられるようです。作品としてもゴジラの造形としても。例えば「好きなゴジラは昭和まで」「認めるのはモスゴジまで」「私はデスゴジで卒業した」等、面白いぐらいに人によってバラバラです。
それは別に悪い事ではありませんし、人の好き嫌いですから自然な感情だと思います。
好きなゴジラを絶賛し、商品をコレクションしたり、語ったりするのは幸せだと思いますし、見ていて聞いていてこちらもなんだか嬉しくなります。これからもそうしてほしいと勝手ながら思ってしまいます。
でも中には、ご自身で認めない(もしくは嫌い)ゴジラ作品やゴジラ(&敵怪獣)の造形への悪口、明らかにそれを好きな人への軽蔑した言い回しでおっしゃる人、文章にする人が少なくないのです。これにモヤモヤする事がたまにあります。弊社商品をお求めいただいている皆様の中には、ほとんどそういう方はいらっしゃらないのですが、他の所でそう言った事を耳にしたり、目にしたりする機会が時々あるのです。
これにはどうしても馴染めません。
続きはまた明日。
(2011.1.8更新)
「ファイナルゴジラ ブラックバージョン」は完売致しました。ありがとうございました。