🌸🌸繁栄の法則🌸🌸④
▪️佐藤、今日はせっかくの機会ですし、北川先生がなぜこの法則に気づかれたかというお話も、
ぜひ聞かせていただきたいと思っているんです。
🔺北川、元を辿(たど)れば、小さい時から自分の欲の汚さに苦悩していたことから始まったように思いますね。
人間関係の中で人に嫌われたり、反対に人を泣かせたりして、
どうして人生は思うようにいかないのだろうと、
失敗ばかり、失意ばかりでずっと悶々としていたんです。
自分の利益を中心に動くと人が離れていくということが、その時はまだ分かりませんでした。
しかし、あることをきっかけに、
幸せとは物をいっぱい持つことではないと心から納得できたんですね。
▪️佐藤、それはいつ頃ですか。
🔺北川、40代で2度の断食を経験してからですね。
それまでのことを少しお話ししておくと、
私は防衛大学校を中退して銀座に本社がある大手化粧品メーカーに入社しました。
宣伝や社員教育の仕事でしたが、
利益を追求する企業の前線にいて、
鎌田社長と同じで、
「これは何かが違う」
という疑問が次第に膨らんでいったんです。
自分の内なる声に従って32歳で退職し、
それからは信州に住み、その後はインドに渡って断食や瞑想やりしました。
しかし、本当の意味で断食と瞑想が深くなったのは熊本に移り住んでからです。
人の来ない阿蘇の深い森にテントを張って、41歳と43歳の時に、
40日を超える独り断食を、2度経験しました。
その間は、水だけで生きるんです。
▪️佐藤、厳しい断食をとおして、どのようなことに気づかれたのですか。
🔺北川、断食をすると、よく五感が研ぎ澄まされると言いますよね。
そこからさらに深く入っていくことで、
目や耳、鼻、口などの肉体的感覚以上の何とも言えぬ感覚に触れ、
地位や名誉のような世界は私にとっていずれ滅びゆく薄っぺらいものだと分かってきたんです。
その時の感覚は、言葉ではなかなか表現できないのですが、
あえて言葉にすると、安らかで寛容で厳しい叡智の世界、
魂の流れ、ただ在るもの、
いつも光で満ちているもの、
宇宙の意識とでも言うようなものでした。
断食も35日を過ぎると、体内の脂肪を使い果たして動けなくなるんですが、
横になると大地がエネルギーを与えてくれるんですね。
私はそれまで目に見えるものしか信じていなくて
科学的合理主義みたいな世界でしか生きていませんでしたから、
いままで生きてきた世界と全く違う、形のない安らかなエネルギーが存在する。
そういう、一つひとつが新鮮な驚きでした。
私が浴びた光の世界を法則として言葉で表現するのに、
それからさらに10年ほどの年月がかかりました。
そしてこれも不思議なご縁で、その頃、生活のために私は自己流で陶芸を始めるようになりました。
阿蘇の土と野菜や果物から創った天然灰釉(かいゆう)(灰を原料とした釉薬(ゆうやく))による陶器が素朴で温かみがあるというので、自然に広がっていったんです。
ある時、東京にある大手デパートの総支配人さんが、
阿蘇南小国町で
「仙人みたいな人間が陶芸をやっている」
と聞いて訪ねて来られました。
トマトの釉薬で焼いた器を見せたら
「これはすごい。とにかく持って帰りたい」
とおっしゃるんですね。
それで30個届けたら
「完売したので追加で100個送ってほしい」
と。
それから
「次はあなたは直接来てください」
という話になって、東京に出る機会も少しずつ増えていったんです。
不思議ですね。
思いが固まると川が合流するように、いろいろなところから縁が集まるんです。
🔹蒲田、先ほど先生は中心軸について話をされましたが、
人間には誰もが心の揺らぎがあって、行ったり来たりするものだと思います。
これは佐藤さんもそうでしょうが、
経営者としての1番の心の安寧、中心軸は、会社に関わる人たちの幸福をとことん追求することなのではないでしょうか。
その心に濁りがあると、そこから不安が生まれる。
だから、素直に人の幸せを願うことが経営者にとっての安らぎの原点なのだろうと私は思います。
それでしか「苦しみ」は解決できない。
しかし、これは実践となるとなかなか難しいですね。
経営者は毎日、日替わりのようにいろんな難問に遭遇するわけですし、
北川先生からは
「そういう心境になるには千年くらいかかるよ」
と言われています(笑)。
🔺北川、おっしゃるように、心というのは形状記憶合金みたいなもので、
放っておくと、すぐに元の悪しき不安の癖に戻るんですね。
ですから、迷う時は精神的な先輩や指導者に会って、何回も何回も話を聞いて、心を洗うしかありません。
もう失われた言葉かもしれませんが、
「薫陶を受ける」
という言葉があるでしょう。
それはそういう意味でしょうね。
▪️佐藤、北川先生はお話をされる時、切り口は変えられるものの、
基本的に同じ話を何度も繰り返しなさいますよね。
最初、先生の勉強会に通い始めた頃は
「先生、その話、この前お聞きしました。
また同じ話ですか」
という感じでした。
ところが、ある頃から先生の話は繰り返し聞くことに意味があることに気づいたんですね。
印象的だったのは、
「アイスクリームの天ぷらは、なぜできると思う?」
という先生から私たちへの問い掛けです。
あれは高温でサッと揚げて中まで火が通らないからできるんだって。
つまり、大きな声で刺激的な表現を使って教えるのは、その場では面白いかもしれないけれども、
本当の意味で人を感化することはできないということなのでしょうね。
北川先生の教えに繰り返し繰り返し、接していくことが大切だと感じます。
🔺北川、そのためには、こちらが変わったらいけないんです。
いつも同じことを、同じ姿勢、同じ生き方、
同じ心の澄み具合で伝えないといけません。
効果を狙わない言葉こそが、相手の心に染みると思うのです。
こちらが利に左右されて、コロコロと変わってブレていたら、誰も話を聞きに来たいとは思いも思わないでしょうね。
これを川の水にたとえたら、
源流であり続ける、
ということですね。
街の中を流れる下流を通ると水は次第に汚れるように、私たちは欲にすぐ濁る。
私はいつまでも都会を通らない澄んだ水であり続けたいと思っていますが、
それはなかなか難しいことです。
欲に惑わされないだけの強い決意と悟りが心からなくならないように…、
瞑想して神に祈っています。
(「致知」4月号 鎌田恭幸さん、北川八郎さん、佐藤俊之さん対談より)
▪️佐藤、今日はせっかくの機会ですし、北川先生がなぜこの法則に気づかれたかというお話も、
ぜひ聞かせていただきたいと思っているんです。
🔺北川、元を辿(たど)れば、小さい時から自分の欲の汚さに苦悩していたことから始まったように思いますね。
人間関係の中で人に嫌われたり、反対に人を泣かせたりして、
どうして人生は思うようにいかないのだろうと、
失敗ばかり、失意ばかりでずっと悶々としていたんです。
自分の利益を中心に動くと人が離れていくということが、その時はまだ分かりませんでした。
しかし、あることをきっかけに、
幸せとは物をいっぱい持つことではないと心から納得できたんですね。
▪️佐藤、それはいつ頃ですか。
🔺北川、40代で2度の断食を経験してからですね。
それまでのことを少しお話ししておくと、
私は防衛大学校を中退して銀座に本社がある大手化粧品メーカーに入社しました。
宣伝や社員教育の仕事でしたが、
利益を追求する企業の前線にいて、
鎌田社長と同じで、
「これは何かが違う」
という疑問が次第に膨らんでいったんです。
自分の内なる声に従って32歳で退職し、
それからは信州に住み、その後はインドに渡って断食や瞑想やりしました。
しかし、本当の意味で断食と瞑想が深くなったのは熊本に移り住んでからです。
人の来ない阿蘇の深い森にテントを張って、41歳と43歳の時に、
40日を超える独り断食を、2度経験しました。
その間は、水だけで生きるんです。
▪️佐藤、厳しい断食をとおして、どのようなことに気づかれたのですか。
🔺北川、断食をすると、よく五感が研ぎ澄まされると言いますよね。
そこからさらに深く入っていくことで、
目や耳、鼻、口などの肉体的感覚以上の何とも言えぬ感覚に触れ、
地位や名誉のような世界は私にとっていずれ滅びゆく薄っぺらいものだと分かってきたんです。
その時の感覚は、言葉ではなかなか表現できないのですが、
あえて言葉にすると、安らかで寛容で厳しい叡智の世界、
魂の流れ、ただ在るもの、
いつも光で満ちているもの、
宇宙の意識とでも言うようなものでした。
断食も35日を過ぎると、体内の脂肪を使い果たして動けなくなるんですが、
横になると大地がエネルギーを与えてくれるんですね。
私はそれまで目に見えるものしか信じていなくて
科学的合理主義みたいな世界でしか生きていませんでしたから、
いままで生きてきた世界と全く違う、形のない安らかなエネルギーが存在する。
そういう、一つひとつが新鮮な驚きでした。
私が浴びた光の世界を法則として言葉で表現するのに、
それからさらに10年ほどの年月がかかりました。
そしてこれも不思議なご縁で、その頃、生活のために私は自己流で陶芸を始めるようになりました。
阿蘇の土と野菜や果物から創った天然灰釉(かいゆう)(灰を原料とした釉薬(ゆうやく))による陶器が素朴で温かみがあるというので、自然に広がっていったんです。
ある時、東京にある大手デパートの総支配人さんが、
阿蘇南小国町で
「仙人みたいな人間が陶芸をやっている」
と聞いて訪ねて来られました。
トマトの釉薬で焼いた器を見せたら
「これはすごい。とにかく持って帰りたい」
とおっしゃるんですね。
それで30個届けたら
「完売したので追加で100個送ってほしい」
と。
それから
「次はあなたは直接来てください」
という話になって、東京に出る機会も少しずつ増えていったんです。
不思議ですね。
思いが固まると川が合流するように、いろいろなところから縁が集まるんです。
🔹蒲田、先ほど先生は中心軸について話をされましたが、
人間には誰もが心の揺らぎがあって、行ったり来たりするものだと思います。
これは佐藤さんもそうでしょうが、
経営者としての1番の心の安寧、中心軸は、会社に関わる人たちの幸福をとことん追求することなのではないでしょうか。
その心に濁りがあると、そこから不安が生まれる。
だから、素直に人の幸せを願うことが経営者にとっての安らぎの原点なのだろうと私は思います。
それでしか「苦しみ」は解決できない。
しかし、これは実践となるとなかなか難しいですね。
経営者は毎日、日替わりのようにいろんな難問に遭遇するわけですし、
北川先生からは
「そういう心境になるには千年くらいかかるよ」
と言われています(笑)。
🔺北川、おっしゃるように、心というのは形状記憶合金みたいなもので、
放っておくと、すぐに元の悪しき不安の癖に戻るんですね。
ですから、迷う時は精神的な先輩や指導者に会って、何回も何回も話を聞いて、心を洗うしかありません。
もう失われた言葉かもしれませんが、
「薫陶を受ける」
という言葉があるでしょう。
それはそういう意味でしょうね。
▪️佐藤、北川先生はお話をされる時、切り口は変えられるものの、
基本的に同じ話を何度も繰り返しなさいますよね。
最初、先生の勉強会に通い始めた頃は
「先生、その話、この前お聞きしました。
また同じ話ですか」
という感じでした。
ところが、ある頃から先生の話は繰り返し聞くことに意味があることに気づいたんですね。
印象的だったのは、
「アイスクリームの天ぷらは、なぜできると思う?」
という先生から私たちへの問い掛けです。
あれは高温でサッと揚げて中まで火が通らないからできるんだって。
つまり、大きな声で刺激的な表現を使って教えるのは、その場では面白いかもしれないけれども、
本当の意味で人を感化することはできないということなのでしょうね。
北川先生の教えに繰り返し繰り返し、接していくことが大切だと感じます。
🔺北川、そのためには、こちらが変わったらいけないんです。
いつも同じことを、同じ姿勢、同じ生き方、
同じ心の澄み具合で伝えないといけません。
効果を狙わない言葉こそが、相手の心に染みると思うのです。
こちらが利に左右されて、コロコロと変わってブレていたら、誰も話を聞きに来たいとは思いも思わないでしょうね。
これを川の水にたとえたら、
源流であり続ける、
ということですね。
街の中を流れる下流を通ると水は次第に汚れるように、私たちは欲にすぐ濁る。
私はいつまでも都会を通らない澄んだ水であり続けたいと思っていますが、
それはなかなか難しいことです。
欲に惑わされないだけの強い決意と悟りが心からなくならないように…、
瞑想して神に祈っています。
(「致知」4月号 鎌田恭幸さん、北川八郎さん、佐藤俊之さん対談より)