🌁🌁我が立つ杣🌁🌁
私には、50年来、手元に置いてある書があります。
「わが立つそま」
文学の上で、この言葉は、自分が立ちうる場所、自分が立っている場所を意味します。
「そま」は漢字で「杣」と書き、
滑り落ちそうな山の斜面にある、ほんの少し平らになった場所を指します。
修行僧や登山に入る人たちが、ほんのひととき安心して休める所で、
昔は木こりを杣人とも言っていました。
この「杣」という言葉を用いて、最澄は比叡山に延暦寺を建立したとき、歌を詠みました。
阿耨多羅(あのくたら)三藐三菩提(さんみゃくさんぼだい)の仏たち 我が立つ杣に 冥加あらせ給え
(新古今和歌集)
自らが立つ杣に、仏の恵みをお願いします、
と最澄は祈ったのです。
山の斜面に見つけた、つかのま安心できる小さな場所を、
自分が立ちうる場所という意味に重ねたのです。
人生は長く、平坦ではありません。
それこそ山あり谷ありです。
そのなかで、やっと、つかのま安心できる小さな場所を見つけた。
そのことに感謝し、神仏のお恵みがありますようにと、
いつの時代も、祈る心は変わらないのでしょう。
そして、最澄に継いで、のちに4回、延暦寺の座主(ざす)(僧侶の最高職)に就いた前大僧正慈円も、わが立つ杣をを歌に込めました。
おほけなく 憂き世の民に おほふかな
我が立つ杣に 墨染の袖
(千歳和歌集)
小倉百人一首にも選ばれている歌なので、馴染みがあると思います。
「おほけなく」は、「我が身に過ぎることですが」という意味で、
「憂き世の民におほふかな」は、「この世の人々を思う」。
墨染の袖は僧侶の衣ですから、
慈円は出家することで、自分の立ちうる場所を見つけた、
と歌ったのです。
人生のなかで、自分が立ちうる場所は、そうどこにもあるわけではありません。
それだから、ようやく得たときは、感謝の思いを歌に込めています。
私が今の場所に引っ越したとき、
「わが立つそま」
を書き、書斎にかけました。
ある日、どうしても、と所望する若い友人に譲りましたが、
100歳を過ぎて、私の手元に戻ってきました。
自分の「わが立つそま」、
これは私の手元にあるべきものだなと、今は手放さず大事にしています。
(「103歳になってわかったこと」篠田桃紅さんより)
私には、50年来、手元に置いてある書があります。
「わが立つそま」
文学の上で、この言葉は、自分が立ちうる場所、自分が立っている場所を意味します。
「そま」は漢字で「杣」と書き、
滑り落ちそうな山の斜面にある、ほんの少し平らになった場所を指します。
修行僧や登山に入る人たちが、ほんのひととき安心して休める所で、
昔は木こりを杣人とも言っていました。
この「杣」という言葉を用いて、最澄は比叡山に延暦寺を建立したとき、歌を詠みました。
阿耨多羅(あのくたら)三藐三菩提(さんみゃくさんぼだい)の仏たち 我が立つ杣に 冥加あらせ給え
(新古今和歌集)
自らが立つ杣に、仏の恵みをお願いします、
と最澄は祈ったのです。
山の斜面に見つけた、つかのま安心できる小さな場所を、
自分が立ちうる場所という意味に重ねたのです。
人生は長く、平坦ではありません。
それこそ山あり谷ありです。
そのなかで、やっと、つかのま安心できる小さな場所を見つけた。
そのことに感謝し、神仏のお恵みがありますようにと、
いつの時代も、祈る心は変わらないのでしょう。
そして、最澄に継いで、のちに4回、延暦寺の座主(ざす)(僧侶の最高職)に就いた前大僧正慈円も、わが立つ杣をを歌に込めました。
おほけなく 憂き世の民に おほふかな
我が立つ杣に 墨染の袖
(千歳和歌集)
小倉百人一首にも選ばれている歌なので、馴染みがあると思います。
「おほけなく」は、「我が身に過ぎることですが」という意味で、
「憂き世の民におほふかな」は、「この世の人々を思う」。
墨染の袖は僧侶の衣ですから、
慈円は出家することで、自分の立ちうる場所を見つけた、
と歌ったのです。
人生のなかで、自分が立ちうる場所は、そうどこにもあるわけではありません。
それだから、ようやく得たときは、感謝の思いを歌に込めています。
私が今の場所に引っ越したとき、
「わが立つそま」
を書き、書斎にかけました。
ある日、どうしても、と所望する若い友人に譲りましたが、
100歳を過ぎて、私の手元に戻ってきました。
自分の「わが立つそま」、
これは私の手元にあるべきものだなと、今は手放さず大事にしています。
(「103歳になってわかったこと」篠田桃紅さんより)