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美しい日本語

2017-03-16 13:39:55 | お話
🍀🍀美しい日本語🍀🍀


私は、友人の誰よりも長生きしてしまっていますから、折にふれ、志高く、生きた友人たちのことを思い出します。

中でも、エドウィン・ライシャワーさんと夫人の松方ハルさんは、

私と同じ世代で、いろいろと思い出があります。

お二人の駐日アメリカ大使夫妻として、東京に住んでいたときのことでした。

私は、随筆を書いていて、あらっ、これはいつだったかしら、と思って、

エドウィンとハルさんが同じマンションの最上階に住んでいたときに、聞いたことがありました。

そうするとエドウィンは、それは応仁の乱の前ですから、すぐに教えてくれました。

日本の歴史を熟知している学者にはかなわない、

と感服しましたが、相当な日本通でした。

彼は、戦後まもない日本とアメリカの折衝で、両国のパートナーシップを築くなど、

大切な責務を担っていましたが、

日常生活においても、日本の文化を深く理解し、実践に生かしている人でした。

たとえば、ある暑い夏、さーっと夕立が降ったあとのことです。

彼は、空を見上げて、

「いいおしめりですね」

と私たちに言いました。

「今どき『おしめり』なんて高級な日本を知っている日本の人は、あんまりませんよ」

と私が言うと、

「そうですか」と言いましたが、

別のときには、

「根回しが足りなかったんですね」

と言ったこともありました。

彼は、日本文化の魅力を心で受け止め、

「お湿り」という言葉の持つ、深い情緒を理解していました。

「雨が降って涼しくなった。

よかった」

と言うのと、

「いいおしめり」と言うのとでは、

雲泥の差です。

「おしめり」のような、日本独特の情緒と表現の仕方、

英語には同じ言い回しはありません。

アメリカと日本の両方に熟知していたからこそ、

彼は日本人が忘れ去るのは惜しい、と思いながら、使っていたように思います。

日本人が忘れた日本の美しさ、懐かしさは、

外国との付き合いによって、気づかされることがあります。

今の私たちは、せっかくの美しい日本語を、文化として、次の世代に伝えきれていないように思います。

エドウィンとハルさんの願いは、

アメリカと日本の架け橋になることでした。

自分たちを無にして、尽力されていました。

世の中には、ときどき、お二人のような、立派な人がいるおかげで、

社会は浄化され、なんとかもっているのではないかと思います。


お二人は死後、二国間を隔てる太平洋に遺灰が撒かれることを希(ねが)っていました。


(「103歳になってわかったこと」篠田桃紅さんより)