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JR九州④

2017-08-12 16:09:02 | お話
JR九州④


(唐池会長は「ななつ星」をはじめ、これまでいくつもある観光列車をヒットさせてきたとお聞きしています)

🔹私どもは観光列車のことを「D&S(デザイン&ストーリー)列車」と呼んでいまして、

沿線の風土や車窓からの景色を思いっきり楽しんでいただくために、

その地域に基づくデザインとストーリーを兼ね備えた個性あふれる列車を走らせているんです。

現在「ななつ星」以外に、11本のD&S列車を運行していますが、

1988年に私が初めて手掛けた

SL「あそBOY」、特急「ゆふいんの森」、

特急「はやとの風」、特急「九州横断特急」、

特急「指宿のたまて箱」、特急「A列車でいこう」など、

その多く私が企画やネーミングを考えたものです。


(列車の名前を聞くだけでワクワクした気持ちになります)

それまで鉄道というのは目的地に移動するための単なる交通手段にすぎませんでした。

ところがD&S列車を走らせたことによって、鉄道自体が目的になったんですね。

「ゆふいんの森」に乗って由布院に行きたいとか、

「指宿のたまて箱」に乗って指宿に行きたいと。

D&S列車にはそういう魅力があるんです。


(「ななつ星」の発想の原点はどこにあるのでしょうか)

🔹もともとは30年ほど前、私がまだ副長の頃だったと思いますけど、

社外のアイデアマンの方とお酒を飲んでいた時に、

「唐池さん、九州で豪華な寝台列車を走らせたらヒットしますよ」

と言われたのが最初です。

そんな大それたこと副長の身分でやれるわけではないので、

ずっと温めておき、社長に就任してからすぐ実行に移しました。

当時運行していた9本のD&S列車の集大成をつくろうと。

しかし、豪華な寝台列車というのは経験がなかったため、

まずは、シンガポール・マレーシア・タイを巡る豪華列車

「イースタン&オリエンタル・エクスプレス」

に乗りに行きました。

先ほども話したように鉄道はあまり好きではなかったんですけれども、乗ってみたら楽しいんですよ。

車窓から自然の景色を眺めているだけで飽きない。

「ああ、鉄道の旅はこんなに面白いのか」と。

その上、金額にもかかわらず満員で、そのほとんどがヨーロッパ人でした。


(ヨーロッパの人たちがわざわざその豪華列車に乗るために東南アジアまで来ていると)

🔹それで「ななつ星」もいけると思ったんです。

九州にも豊かな自然がありますからね。

「ななつ星」の計画を進めるにあたり、最初に「世界一の豪華寝台列車をつくる」というビジョンを打ち出しました。

(あぁ、世界一)

🔹ネーミングは、九州7県をめぐり、それぞれの県の魅力を世界に発信し、

星のように輝かせたい。

そういう思いを込めて、
「ななつ星in九州」と名づけました。

車両のデザインに関しては水戸岡鋭治さんという偉大なデザイナーに依頼しました。

今流行の将棋・藤井四段の言葉を借りると、水戸岡さんとの出逢いはまさに「僥倖」です。

水戸岡さんも職人さんも、「世界一」ということにものすごく興奮して、

自分の持っている技術のすべてを投入してくれました。

水戸岡さんが、とことん悩んで書いた図面を見ながら、

職人さんが1ミリたりとも違わないように、ありったけの手間暇をかけてつくってくれたんです。

サービスについても、「ななつ星」が運行するまでの1年間をかけて、

乗務員たちがいろんな研修をしながら、

「ななつ星のサービスとは何か」

ということを突き詰めていきました。

で、生まれたのが

「ななつ星」のサービスは寄り添うサービス、ということです

(寄り添うサービス)

🔹お客様と乗務員、サービスをされる側とする側、という対立した図式ではなく、

また、マニュアルでもない。

「ななつ星」は3泊4日ずっと行動をともにするので、

マニュアルとか表面的なサービスでは見抜かれてしまう。

だから、我われはお客様の家族の一員、友人の1人、パートナーの一員になり、

全人格でぶつかって、旅のお手伝いをしようと。

当初、客室にタブレットやインターホンを設置するという案がありましたけど、

すべてフェイス・トゥ・フェイスで2メートル以内に近づいてコミニケーションを取り、

アンチデジタル、人間的なサービスに徹することにしました。

だから、「ななつ星」には気が満ち溢れているんです。


(つくり手の様々な思いが込められていると)

🔹「ななつ星」は2013年10月15日に運行を開始したんですけど、

私が驚いたのは、

最初の3泊4日の旅で、延べ10万人もの方が駅や路線沿いから「ななつ星」に手を振ってくれたことです。

(10万人とはすごい数ですね)

🔹福岡県うきは市では、筑後川にかかる鉄橋の河原に集まって、

「ななつ星」を歓迎しようと自主的に企画してくれました。


私はその話を運行前日に聞いたものですから、

普通なら、あっという間に通り過ぎちゃうところを、

ゆっくり走ってくれとお願いしたんですね。

で、当日は177人が初めて目にする「ななつ星」を見上げて、

思い思いの形で手を振ったり旗を振ってくれたわけですが、

何と、その半分の人が泣いていたんです。

さらに、もう半分の人は号泣している。

私は、こんなことがあるのかと思いました。

(実に感動的な話です)


🔹きっと「ななつ星」に満ち溢れた気が「ななつ星」を見た人に乗り移って、感動というエネルギーに変わったのでしょうね。


(唐池会長の考えるリーダーの条件とは何ですか)

🔹今の「ななつ星」の話に繋がるんだけれども、

1つは「夢見る力」、2つ目は先ほど申し上げた「気を満ち溢れさせる力」、3つ目は「伝える力」。

この3つがトップとして、リーダーとして、必須の力だと私は考えます。


夢っていうのは展望や理想という言葉にも置き換えられますが、

そういう目指すべき姿を明確にしないと組織は発展していきません。

私はいつも言うのはソフトバンクグループ会長兼社長・孫正義さんの話です。

孫さんがソフトバンクの前身となる会社を創業したのが、

ここ福岡なんですね。

1981年のことです。

創業したその日に、若いアルバイト社員2人を前にして、みかん箱の上に乗って

「5年後には100億円、10年後には500億円、30年後には1兆円にする」

と言ったんです。

その2人は程なくして辞めたそうですが、

孫さんの会社は、どうなったかと言うと、

30年後に1兆円どころか3兆円の売り上げになった。

もちろん孫さんの実行力や経営感覚、それは目を見張るものがあります。

でも、まず夢を見なければ、

「ここに行きたい」と思わなければ、到達するわけがないですよね。


(まず思うところからすべては始まる)

🔹そして、その夢や自分の考えをいかに社員に伝えるか。

これがとても重要です。

最近よく言うのは、

「伝えても、伝わらなければ、伝えたとは言わない」。

一方的に書きました。

しゃべりました。

これじゃあ伝えたことにならないんですね。

まずこちらが伝えたいメッセージに関して、相手に興味を持ってもらう。

次にそのメッセージの内容を理解してもらう。

それだけではダメで、

相手に感動を与えなければいけないんですよ。

感動とは、要するに、行動に移すこと。

相手がこちらのメッセージに感動し、

行動に移さなければ、本当に伝えたとは言えません。


(伝えたつもりにすぎない)

🔹企業のコマーシャルもそうですよね。

まず「どんな商品だろう」と興味を持ってもらい、

「こういう商品なのか」と理解してもらった上で、

「この商品はすごいな」と感動してもらえれば購入に繋がる。

ここまで行けば、100点満点です。

トップの大事な資質というのは、

「1、夢見る力、2、気を満ち溢れさせる力、3、伝える力」

だといいましたけれども、

これは言い換えれば、人をその気にさせる3つの力であり、「ななつ星」はこの3つの力が、すべて凝縮されて生まれたものだと思っています。

世界一という夢に、つくり手の気が満ち溢れて、その思いがお客様に感動という形で伝わったと。


(夢に向かって気を満ち溢れさせるところから、閃きも生まれるのでしょうね)

🔹そうですね。

閃きというのは何もないところからは生まれません。

そのことについて毎日ずっと考え抜いているうちに、

頭の中にアイディアの鉱脈のようなものができ、

それが何かの拍子にポッと外に出てくるんです。

先ほど申し上げたように、

私はこれまで数々のD&S列車を手掛けてきましたが、いいネーミングもパッと思いつくわけじゃないんですね。

何度も現地を訪れ、現地の人の話に耳を傾け、

現地の歴史や文化を調べ、その地域のことを徹底的に勉強し、

とことん考え抜き、そしてまた勉強し、…。

そうやって大変な時間と労力をかけて初めて、ネーミングの神様が降りてくるんです。

これは体験を通じて得た実感です。

これからも経営者として、今お客様が何を求めているかを一所懸命勉強し、悩み、考え抜き、

次々に閃いていけるよう努めていきたいと思います。


(おしまい)

(「致知」9月号 唐池恒二さんより)