🌸コウジと日本人・中国人🌸①
日本でも、最古の歴史資料である『古事記(712年編纂)』に、
「ヤマタノオロチを酒に酔わせて殺した」
という記述があるように、
米や果実から酒をつくっていたことが確認できる。
たぶん、もっと前から何かしら醸してだとは思うのだが、
オフィシャルには1300年くらい前には、もう日本人はホモ・ファーメンタム(発酵する人)になっていたことがわかる。
特筆すべきは、『播磨国風土記(713〜715年編纂)』にある有名なポエムの一節。
「大神の御かれいぬれて かび生えき すなわち酒を醸さしめて 庭酒を献りて宴しき」
クラシカルな古語で書かれているので、僕なりに超要約すると、
「神様に お供えした ご飯がカビたら 酒になったから、みんなで めっちゃ飲んで ごきげんパーティーしたよ」
という超パーティーピーポーな歌であるよ。
ポイントは、
「ご飯がカビた」ということと
「お酒ができた」という一見不可解なつながりだ。
「カビるって…つまり腐ってるってことじゃないの?」
まぁ、普通はそうなんだけど、
東南アジアには「必殺カビ発酵」という伝統があるんですね、
奥さん。
とりわけ、ここ日本は
「カビを使った発酵技術」が最も発達した文化のひとつ。
発酵の「西(地中海)のルーツは酵母」に対して
「東のルーツはカビ」と定義することも可能なくらい、東アジアひいては日本の発酵文化にとってカビ発酵は絶対必須。
オリンピックでいうところの柔道とかフィギュアスケートのような「お家芸」なのであるよ。
それでは、さっそく解説していこう。
この「放置した米を酒に変えた微生物」の正体は、
ニホンコウジカビ という田んぼや稲に棲みつく特殊な「発酵カビ」の一種だ。
このニホンコウジカビ、一般には「麹菌(こうじきん)」と呼ばれる日本特有の発酵菌。
和食の基礎となる日本の食文化に欠かせない重要な微生物なのだね。
で、ニホンコウジカビの解説をする前に、
カビ一般の説明をすることにするね。
カビとは、微生物の中で最も大きく、かつ高度に発達した「真菌類」というグループに属する。
植物と動物の中間のような不思議な生き物で、植物でいうところの根っこに相当する「菌糸」と、
茎や葉の部分に相当する「胞子」という部分に、主に分かれている。
身体の構造は植物によく似ているのだが、
植物と違って光合成はせず、動物のようにエサを食べて生きている。
例えば雑木林を散歩していると、果物や動物のフンや昆虫の死骸がモヤモヤに覆われているのを見たことがあるでしょう。
あれ、カビなんですね。
栄養のあるエサに取り付くと、まずは根っこ(菌糸)を伸ばし、栄養を吸い上げる。
次に葉っぱ(胞子)を伸ばし、エサを覆い尽くす。
じゅうぶん育つと、胞子の先端から種を飛ばす。
空中や地面、草木の表面に飛んだ種は、いったん冬眠状態に入るが、
エサを見つけると動き出して栄養を吸い上げる…
と言うサイクルで生きている。
「ヒラクくんは何の話をしているんだね?
カ上の話が発酵と何の関係があるんだ?」
大丈夫。
もうちょい後になったらこの解説の意味がわかってくるから。
このようにカビは死んだ生き物を食べる「分解者」であり、
自然の生態系のキーを握っている存在だ。
(なかには殺し屋のように他の生き物を捕獲して殺す怖いカビもいる)
ここで僕が強調したいのは、
「カビは微生物のなかでも、とりわけ分解力が強い」
ということだ。
乳酸菌や酢酸菌なども有機物を分解するのだが、
かなり限定された条件でしか分解を行うことができない。
合コンをセッティングしてもらって、周りから
「こいつ超いいヤツなんですよ〜」と持ち上げられ、
さらにお誘いのメールを代筆してもらって初めてデートができるシャイなボーイ&ガールを想像してほしい。
対してカビは、相手に恋人がいるのを承知でデートに持ち込んで略奪愛をサクセスさせるようなアグレッシブ系の微生物なんだよ。
よって生命力が半端なく強い。
森の中でも、水辺でも、高気密のオシャレ新築RCマンションのエアコン送風口とかにも余裕で適応し、
浴槽のはじっこにくっついた垢の栄養を食べて繁殖したり、
お気に入りの本をボロボロにしたりする。
(紙はもともと植物の繊維=死体だからね)
カビは目に見える動物&植物の世界と、
目に見えない微生物の世界を橋架けする存在だ。
そのままでは普通の菌たちが分解できない固い植物の細胞の壁を食い破る、
複雑で巨大な生物の身体を構成する化合物を分解し、
シンプルで小さな物質に還元してしまう。
そして、その小さく分解された物質が、カビよりもっと小さな菌たちのエサになる。
さぁ、それではもう一度「お米がカビた酒」の話に戻ろう。
神さまに、おそなえしたお米を見つけたニホンコウジカビ(麹菌)はいったい何をしでかしたのか。
もともと田んぼに棲息しているニホンコウジカビは、お米が大好物。
しかし生米は固くて取り付けにくいので、お米に熱を加えて柔らかくしないと食べられない。
播磨国風土記のポエムには「御かれいぬれて」とあるが、
これは「おこわ(蒸した米)が湿気で濡れている」という状態。
お米に熱が加えられて柔らかくなり、さらに湿気が加わった状態がニホンコウジカビにとっての理想の環境だったと言うことだ。
都心で働くサラリーマンにおける
「初夏、華金の夕方、新橋のガード下、生ビールで乾杯」
ばりの理想ぶりである。
さて、この「いい感じにしっとりしたおこわ」に取り付いたニホンコウジカビは、
お米の内側に根っこ(菌糸)を張り巡らせ、お米の主成分の1つであるデンプン質を食べてエネルギーを吸収する。
このデンプン質を吸収する過程で、デンプン質は糖分に分解される。
通常カビというと、人間に害をなす微生物だと思われがちだが、
ニホンコウジカビをはじめとする発酵カビたちは、
その強力な分解力を人間のために役立たせてくれるレアなカビなのだね。
ニホンコウジカビがどんどん成長すると、
お米の周りを白い葉っぱ(胞子)で覆い尽くし、米粒が白くモコモコした状態になる。
これは前述の糞や昆虫の死骸がモヤモヤに覆われたものと同じ現象だ(汚い手ですみません)。
カビの胞子でモコモコした米粒のなかを見てみると、デンプン質がすっかり糖質に変わっている。
つまり、お米がブドウのように甘くなっている。
カビの分解力が、お米を果実に変えてしまうのだ。
さてここでワインの発酵を思い出してもらいたい。
酵母のエサは、糖分だ。
ニホンコウジカビによってモコモコして糖分が蓄積したお米は、
酵母にとっての「初夏、華金の夕方、新橋のガード下」シチュエーションなのであるよ。
酵母が発酵するには水分が必要なので、カラカラに乾いた米を水に浸ける。
すると、そのへんをフワフワ飛んでいる酵母が水の中に入ってきて、
お米の中に貯まった糖分を食べ、アルコールと炭酸ガスをつくりだす。
つまり、ワインと同じ発行が起きるのだ。
日本酒蔵の樽のなかで、液体の表面が白くプクプクしている場面を見たことがある人も多いと思う。
あれはつまり「コウジカビがつくりだした糖分を、酵母が食べてお酒にしている」という場面なのだね。
カビと酵母という、異なる微生物同士でバトンリレーが起こっているわけだ。
生物学の基礎知識がないと、この「菌の共同作業」はわかりにくいかもしれない。
例えて言えば、ニホンコウジカビ(麹菌)は「発酵界におけるタモリ」だ。
タモさんは常に他のタレントと一緒にいることで、その真価を発揮する。
もちろん1人でも芸達者ではあるが(4カ国語マージャンとか)、
他の芸人やアイドル、アナウンサーたちの力を引き出す名司会者として、
芸能界に欠かせない存在になっている。
まだ経験の浅い新人も、タモさんと一緒に舞台に立つと、それなりに見えてしまう。
ニホンコウジカビも同じだ(というとタモさんに怒られそうだが)。
単体でも優れた栄養分や風味をつくり出すが、
酵母や乳酸菌たちとコラボするときに、
彼らが活躍する舞台を整える優れたプロデューサーになる。
コラボする微生物たちが発酵をうまく進められるように、
分解しにくい穀物の栄養分を細かく分解して整理整頓しておいてくれる。
自分の優れた力を、他の微生物たちのために使う利他的な発酵菌なのであるよ。
ニホンコウジカビの生態を観察すると、僕が「カビが異なる生物を橋架けする存在だ」といった意味がわかるはず。
えっ、わかんない?
これから先、こういう話が延々続くから、今すぐ読むの止めて、発酵が好きそうな友だちに、この本をプレゼントすることをおススメします。
(興味ある人には、つづく)
(「発酵文化人類学」小倉ヒラクさんより)
日本でも、最古の歴史資料である『古事記(712年編纂)』に、
「ヤマタノオロチを酒に酔わせて殺した」
という記述があるように、
米や果実から酒をつくっていたことが確認できる。
たぶん、もっと前から何かしら醸してだとは思うのだが、
オフィシャルには1300年くらい前には、もう日本人はホモ・ファーメンタム(発酵する人)になっていたことがわかる。
特筆すべきは、『播磨国風土記(713〜715年編纂)』にある有名なポエムの一節。
「大神の御かれいぬれて かび生えき すなわち酒を醸さしめて 庭酒を献りて宴しき」
クラシカルな古語で書かれているので、僕なりに超要約すると、
「神様に お供えした ご飯がカビたら 酒になったから、みんなで めっちゃ飲んで ごきげんパーティーしたよ」
という超パーティーピーポーな歌であるよ。
ポイントは、
「ご飯がカビた」ということと
「お酒ができた」という一見不可解なつながりだ。
「カビるって…つまり腐ってるってことじゃないの?」
まぁ、普通はそうなんだけど、
東南アジアには「必殺カビ発酵」という伝統があるんですね、
奥さん。
とりわけ、ここ日本は
「カビを使った発酵技術」が最も発達した文化のひとつ。
発酵の「西(地中海)のルーツは酵母」に対して
「東のルーツはカビ」と定義することも可能なくらい、東アジアひいては日本の発酵文化にとってカビ発酵は絶対必須。
オリンピックでいうところの柔道とかフィギュアスケートのような「お家芸」なのであるよ。
それでは、さっそく解説していこう。
この「放置した米を酒に変えた微生物」の正体は、
ニホンコウジカビ という田んぼや稲に棲みつく特殊な「発酵カビ」の一種だ。
このニホンコウジカビ、一般には「麹菌(こうじきん)」と呼ばれる日本特有の発酵菌。
和食の基礎となる日本の食文化に欠かせない重要な微生物なのだね。
で、ニホンコウジカビの解説をする前に、
カビ一般の説明をすることにするね。
カビとは、微生物の中で最も大きく、かつ高度に発達した「真菌類」というグループに属する。
植物と動物の中間のような不思議な生き物で、植物でいうところの根っこに相当する「菌糸」と、
茎や葉の部分に相当する「胞子」という部分に、主に分かれている。
身体の構造は植物によく似ているのだが、
植物と違って光合成はせず、動物のようにエサを食べて生きている。
例えば雑木林を散歩していると、果物や動物のフンや昆虫の死骸がモヤモヤに覆われているのを見たことがあるでしょう。
あれ、カビなんですね。
栄養のあるエサに取り付くと、まずは根っこ(菌糸)を伸ばし、栄養を吸い上げる。
次に葉っぱ(胞子)を伸ばし、エサを覆い尽くす。
じゅうぶん育つと、胞子の先端から種を飛ばす。
空中や地面、草木の表面に飛んだ種は、いったん冬眠状態に入るが、
エサを見つけると動き出して栄養を吸い上げる…
と言うサイクルで生きている。
「ヒラクくんは何の話をしているんだね?
カ上の話が発酵と何の関係があるんだ?」
大丈夫。
もうちょい後になったらこの解説の意味がわかってくるから。
このようにカビは死んだ生き物を食べる「分解者」であり、
自然の生態系のキーを握っている存在だ。
(なかには殺し屋のように他の生き物を捕獲して殺す怖いカビもいる)
ここで僕が強調したいのは、
「カビは微生物のなかでも、とりわけ分解力が強い」
ということだ。
乳酸菌や酢酸菌なども有機物を分解するのだが、
かなり限定された条件でしか分解を行うことができない。
合コンをセッティングしてもらって、周りから
「こいつ超いいヤツなんですよ〜」と持ち上げられ、
さらにお誘いのメールを代筆してもらって初めてデートができるシャイなボーイ&ガールを想像してほしい。
対してカビは、相手に恋人がいるのを承知でデートに持ち込んで略奪愛をサクセスさせるようなアグレッシブ系の微生物なんだよ。
よって生命力が半端なく強い。
森の中でも、水辺でも、高気密のオシャレ新築RCマンションのエアコン送風口とかにも余裕で適応し、
浴槽のはじっこにくっついた垢の栄養を食べて繁殖したり、
お気に入りの本をボロボロにしたりする。
(紙はもともと植物の繊維=死体だからね)
カビは目に見える動物&植物の世界と、
目に見えない微生物の世界を橋架けする存在だ。
そのままでは普通の菌たちが分解できない固い植物の細胞の壁を食い破る、
複雑で巨大な生物の身体を構成する化合物を分解し、
シンプルで小さな物質に還元してしまう。
そして、その小さく分解された物質が、カビよりもっと小さな菌たちのエサになる。
さぁ、それではもう一度「お米がカビた酒」の話に戻ろう。
神さまに、おそなえしたお米を見つけたニホンコウジカビ(麹菌)はいったい何をしでかしたのか。
もともと田んぼに棲息しているニホンコウジカビは、お米が大好物。
しかし生米は固くて取り付けにくいので、お米に熱を加えて柔らかくしないと食べられない。
播磨国風土記のポエムには「御かれいぬれて」とあるが、
これは「おこわ(蒸した米)が湿気で濡れている」という状態。
お米に熱が加えられて柔らかくなり、さらに湿気が加わった状態がニホンコウジカビにとっての理想の環境だったと言うことだ。
都心で働くサラリーマンにおける
「初夏、華金の夕方、新橋のガード下、生ビールで乾杯」
ばりの理想ぶりである。
さて、この「いい感じにしっとりしたおこわ」に取り付いたニホンコウジカビは、
お米の内側に根っこ(菌糸)を張り巡らせ、お米の主成分の1つであるデンプン質を食べてエネルギーを吸収する。
このデンプン質を吸収する過程で、デンプン質は糖分に分解される。
通常カビというと、人間に害をなす微生物だと思われがちだが、
ニホンコウジカビをはじめとする発酵カビたちは、
その強力な分解力を人間のために役立たせてくれるレアなカビなのだね。
ニホンコウジカビがどんどん成長すると、
お米の周りを白い葉っぱ(胞子)で覆い尽くし、米粒が白くモコモコした状態になる。
これは前述の糞や昆虫の死骸がモヤモヤに覆われたものと同じ現象だ(汚い手ですみません)。
カビの胞子でモコモコした米粒のなかを見てみると、デンプン質がすっかり糖質に変わっている。
つまり、お米がブドウのように甘くなっている。
カビの分解力が、お米を果実に変えてしまうのだ。
さてここでワインの発酵を思い出してもらいたい。
酵母のエサは、糖分だ。
ニホンコウジカビによってモコモコして糖分が蓄積したお米は、
酵母にとっての「初夏、華金の夕方、新橋のガード下」シチュエーションなのであるよ。
酵母が発酵するには水分が必要なので、カラカラに乾いた米を水に浸ける。
すると、そのへんをフワフワ飛んでいる酵母が水の中に入ってきて、
お米の中に貯まった糖分を食べ、アルコールと炭酸ガスをつくりだす。
つまり、ワインと同じ発行が起きるのだ。
日本酒蔵の樽のなかで、液体の表面が白くプクプクしている場面を見たことがある人も多いと思う。
あれはつまり「コウジカビがつくりだした糖分を、酵母が食べてお酒にしている」という場面なのだね。
カビと酵母という、異なる微生物同士でバトンリレーが起こっているわけだ。
生物学の基礎知識がないと、この「菌の共同作業」はわかりにくいかもしれない。
例えて言えば、ニホンコウジカビ(麹菌)は「発酵界におけるタモリ」だ。
タモさんは常に他のタレントと一緒にいることで、その真価を発揮する。
もちろん1人でも芸達者ではあるが(4カ国語マージャンとか)、
他の芸人やアイドル、アナウンサーたちの力を引き出す名司会者として、
芸能界に欠かせない存在になっている。
まだ経験の浅い新人も、タモさんと一緒に舞台に立つと、それなりに見えてしまう。
ニホンコウジカビも同じだ(というとタモさんに怒られそうだが)。
単体でも優れた栄養分や風味をつくり出すが、
酵母や乳酸菌たちとコラボするときに、
彼らが活躍する舞台を整える優れたプロデューサーになる。
コラボする微生物たちが発酵をうまく進められるように、
分解しにくい穀物の栄養分を細かく分解して整理整頓しておいてくれる。
自分の優れた力を、他の微生物たちのために使う利他的な発酵菌なのであるよ。
ニホンコウジカビの生態を観察すると、僕が「カビが異なる生物を橋架けする存在だ」といった意味がわかるはず。
えっ、わかんない?
これから先、こういう話が延々続くから、今すぐ読むの止めて、発酵が好きそうな友だちに、この本をプレゼントすることをおススメします。
(興味ある人には、つづく)
(「発酵文化人類学」小倉ヒラクさんより)