🌸コウジと日本人・中国人🌸②
お米にニホンコウジカビがくっついてモコモコしたものを「糀」と書き表すことがある。
お米に白い胞子がまるで花咲くように生えているので、この漢字になった。
なかなかロマンチックな感性だよね。
でも一般的には「糀」という漢字は使われず、麦偏の「麹」という漢字がスタンダードになっている。
この「麹」は、お米や麦、大豆など穀物一般に、発酵カビを生やしたものを指し、
中国で生まれた漢字
(現代中国では「曲」という漢字に取って代わられた。
古代中国には日本の「糀」の原型である「蘖(よねのもやし)」という漢字があったが今は使われていない)。
対して、「糀」という漢字は、穀物のなかでもとりわけお米に、
発酵カビのなかでもとりわけニホンコウジカビだけにあてられる漢字。
日本だけで使われている和製漢字だ。
日中のこの2つの漢字を比較してみると、食文化のアイデンティティーが浮かび上がってくる。
それは、いったいどういうことなのであろうか。
中国で一般に使われる「麹」は、小麦や大麦、モロコシなどの雑多な穀物や薬草類を粉に挽いて、
それを水で捏ねてつくられたお団子、あるいはお餅のようなものに、
クモノスカビ、あるいはケカビというニホンコウジカビとは別種の発酵カビを繁殖させて作る。
「餅麹(もちこうじ)」という製法に分類され、
中国の市場をよーく見ていると、ときたま発見できるが、
日本のように、どこのスーパーでも売っているものではない。
この「麹」の用途は、主に紹興酒や白酒と呼ばれるアルコール度数が超強い焼酎の製造。
醸造の原理は「お米がカビた酒」と概ね一緒
(日中ともにいろんなお酒の製法があるから一概には言えないけどね)。
日本のように調味料や漬物に使われることはほとんどない。
対して日本の「糀」は、バラバラにバラした蒸米1粒1粒にニホンコウジカビを繁殖させる。
中国の「お餅スタイル」ではなく、「米粒ばらしスタイル」なので、
「散麹(ばらこうじ)」という技法に分類される。
日本東西南北津々浦々まで普及しまくっており、和食のなかで最も重要な食材と言っても過言ではない。
街場のごく普通のスーパーでも簡単に見つけられる。
「麹」の用途は、酒はもちろん、調味料やスイーツ(甘酒)や漬物の床など多岐にわたり、
もし糀が日本から消えたなら、
日本人は何を料理していいのか途方に暮れ、
レトルト食をレンチンしているあいだにYouTubeでネコ動画をぼんやり眺めるだけの民族になり果てるだろう。
ちなみに日本でも、麦や大豆にニホンコウジカビを繁殖させる「麹」が存在するが、
お餅スタイルではなく、バラしスタイルで発酵させる。
さらに、ディープに掘り下げてみよう。
中国の「麹は」クモノスカビ(ケカビの場合もあるのだが、文脈をわかりやすくするために以降クモノスカビに統一)を使い、
日本の糀はニホンコウジカビを使う。
同じ発酵カビとはいえ、この2つのカビには明確な違いがある。
まず、大陸のクモノスカビは米よりも麦や雑穀を好む。
実際に麦の穂の表面にいっぱい棲息している。
そして、熱を加えたり穀物よりも生の穀物のほうが取り付けやすい。
葉っぱ(胞子)はそこまで長く伸ばさず、根っこ(菌糸)を深く張り巡らせる。
だから中国の「麹」は、日本の「糀」ほど表面がモコモコしておらず、
深く根が張って乾燥したレンガのようなテクスチャーをしている。
対して島国のニホンコウジカビは田んぼに住んでいてお米が大好き。
生よりも熱を加えたお米の方が取り付けやすく、一般的なカビよりも乾いた環境を好む。
葉っぱ(胞子)をモッサモサに長く伸ばし、根っこ(菌糸)の張りはまあまあ。
米の表面に生えたモコモコが絡み合って、ペルシャ猫の毛のようなテクスチャーになる。
このテクスチャーの違いは、カビの種類の違いによるものだ。
僕は素人でも「糀」をつくることができるワークショップを数年来開催している。
素人がつく作った「糀」は、表面はモコモコしていても中を割ってみると根っこ(菌糸)が米粒の中心まで食い込んでいなかったりする。
おそらく、そんなに技術が発達していなかった古代日本でも同じようなものだったのだろう。
対して中国の「麹」は、数センチの深さがある麦の塊の中心までびっしりと根っこが張っている。
この「栄養の吸い上げかたの違い」が、
日本と中国のカビ発酵文化に決定的な味の違いをもたらした。
ここまで整理してみると、
日中のデザインにおけるマーケティングの違いが見えてくる。
中国の「麦のお餅スタイル」は、クモノスカビの好みを反映させた結果生まれたデザインだ。
彼らの好きな材料を使い、根っこ(菌糸)を強く張り巡らせるために、
深さのある地面(お餅は厚みがある)を用意する。
そして空気のない状態でも、へっちゃらなクモノスカビは、
餅の地面深くもぐって成長を続けることができる。
対して日本の「米粒バラしスタイル」は、
ニホンコウジカビの好みを反映させた結果生まれたデザインと言える。
お米1粒1粒をバラすのは、胞子を長く伸ばすための「表面積」がたくさん必要だからだ。
そのかわりに「お餅スタイル」における「深さ」を犠牲にする。
しかし、成長するためにたくさんの酸素を呼吸するニホンコウジカビには、
空気と触れる面が多い「バラしスタイル」が有効だった。
自分で手づくりしてみるとわかるのだが、「バラしスタイル」は、表面積を最大確保するために、お米を1粒1粒バラさなければいけない。
そのためには「炊き米」ではなく「蒸米」がいい。
普段食べて食べ慣れている「炊き米」は、やわらかくべとべとになりすぎて、米同士がくっついてしまう。
対して「蒸米」は、米粒の中はしっとりやわらかくなりつつ、
表面はパサパサで米同士がくっつかない。
このように、うまく蒸し上げると、触ったそばから米粒がパラパラとほぐれていく。
日本式の「糀」、ニホンコウジカビに向いているのは「戸建て主義」だ。
米粒同士がくっついた「集団住宅」では息苦しくて、
のびのびと生きていくことができない。
…って、これは微生物の話で、人間の話じゃないからね。
(興味ある人には、つづく)
(「発酵文化人類学」小倉ヒラクさんより)
お米にニホンコウジカビがくっついてモコモコしたものを「糀」と書き表すことがある。
お米に白い胞子がまるで花咲くように生えているので、この漢字になった。
なかなかロマンチックな感性だよね。
でも一般的には「糀」という漢字は使われず、麦偏の「麹」という漢字がスタンダードになっている。
この「麹」は、お米や麦、大豆など穀物一般に、発酵カビを生やしたものを指し、
中国で生まれた漢字
(現代中国では「曲」という漢字に取って代わられた。
古代中国には日本の「糀」の原型である「蘖(よねのもやし)」という漢字があったが今は使われていない)。
対して、「糀」という漢字は、穀物のなかでもとりわけお米に、
発酵カビのなかでもとりわけニホンコウジカビだけにあてられる漢字。
日本だけで使われている和製漢字だ。
日中のこの2つの漢字を比較してみると、食文化のアイデンティティーが浮かび上がってくる。
それは、いったいどういうことなのであろうか。
中国で一般に使われる「麹」は、小麦や大麦、モロコシなどの雑多な穀物や薬草類を粉に挽いて、
それを水で捏ねてつくられたお団子、あるいはお餅のようなものに、
クモノスカビ、あるいはケカビというニホンコウジカビとは別種の発酵カビを繁殖させて作る。
「餅麹(もちこうじ)」という製法に分類され、
中国の市場をよーく見ていると、ときたま発見できるが、
日本のように、どこのスーパーでも売っているものではない。
この「麹」の用途は、主に紹興酒や白酒と呼ばれるアルコール度数が超強い焼酎の製造。
醸造の原理は「お米がカビた酒」と概ね一緒
(日中ともにいろんなお酒の製法があるから一概には言えないけどね)。
日本のように調味料や漬物に使われることはほとんどない。
対して日本の「糀」は、バラバラにバラした蒸米1粒1粒にニホンコウジカビを繁殖させる。
中国の「お餅スタイル」ではなく、「米粒ばらしスタイル」なので、
「散麹(ばらこうじ)」という技法に分類される。
日本東西南北津々浦々まで普及しまくっており、和食のなかで最も重要な食材と言っても過言ではない。
街場のごく普通のスーパーでも簡単に見つけられる。
「麹」の用途は、酒はもちろん、調味料やスイーツ(甘酒)や漬物の床など多岐にわたり、
もし糀が日本から消えたなら、
日本人は何を料理していいのか途方に暮れ、
レトルト食をレンチンしているあいだにYouTubeでネコ動画をぼんやり眺めるだけの民族になり果てるだろう。
ちなみに日本でも、麦や大豆にニホンコウジカビを繁殖させる「麹」が存在するが、
お餅スタイルではなく、バラしスタイルで発酵させる。
さらに、ディープに掘り下げてみよう。
中国の「麹は」クモノスカビ(ケカビの場合もあるのだが、文脈をわかりやすくするために以降クモノスカビに統一)を使い、
日本の糀はニホンコウジカビを使う。
同じ発酵カビとはいえ、この2つのカビには明確な違いがある。
まず、大陸のクモノスカビは米よりも麦や雑穀を好む。
実際に麦の穂の表面にいっぱい棲息している。
そして、熱を加えたり穀物よりも生の穀物のほうが取り付けやすい。
葉っぱ(胞子)はそこまで長く伸ばさず、根っこ(菌糸)を深く張り巡らせる。
だから中国の「麹」は、日本の「糀」ほど表面がモコモコしておらず、
深く根が張って乾燥したレンガのようなテクスチャーをしている。
対して島国のニホンコウジカビは田んぼに住んでいてお米が大好き。
生よりも熱を加えたお米の方が取り付けやすく、一般的なカビよりも乾いた環境を好む。
葉っぱ(胞子)をモッサモサに長く伸ばし、根っこ(菌糸)の張りはまあまあ。
米の表面に生えたモコモコが絡み合って、ペルシャ猫の毛のようなテクスチャーになる。
このテクスチャーの違いは、カビの種類の違いによるものだ。
僕は素人でも「糀」をつくることができるワークショップを数年来開催している。
素人がつく作った「糀」は、表面はモコモコしていても中を割ってみると根っこ(菌糸)が米粒の中心まで食い込んでいなかったりする。
おそらく、そんなに技術が発達していなかった古代日本でも同じようなものだったのだろう。
対して中国の「麹」は、数センチの深さがある麦の塊の中心までびっしりと根っこが張っている。
この「栄養の吸い上げかたの違い」が、
日本と中国のカビ発酵文化に決定的な味の違いをもたらした。
ここまで整理してみると、
日中のデザインにおけるマーケティングの違いが見えてくる。
中国の「麦のお餅スタイル」は、クモノスカビの好みを反映させた結果生まれたデザインだ。
彼らの好きな材料を使い、根っこ(菌糸)を強く張り巡らせるために、
深さのある地面(お餅は厚みがある)を用意する。
そして空気のない状態でも、へっちゃらなクモノスカビは、
餅の地面深くもぐって成長を続けることができる。
対して日本の「米粒バラしスタイル」は、
ニホンコウジカビの好みを反映させた結果生まれたデザインと言える。
お米1粒1粒をバラすのは、胞子を長く伸ばすための「表面積」がたくさん必要だからだ。
そのかわりに「お餅スタイル」における「深さ」を犠牲にする。
しかし、成長するためにたくさんの酸素を呼吸するニホンコウジカビには、
空気と触れる面が多い「バラしスタイル」が有効だった。
自分で手づくりしてみるとわかるのだが、「バラしスタイル」は、表面積を最大確保するために、お米を1粒1粒バラさなければいけない。
そのためには「炊き米」ではなく「蒸米」がいい。
普段食べて食べ慣れている「炊き米」は、やわらかくべとべとになりすぎて、米同士がくっついてしまう。
対して「蒸米」は、米粒の中はしっとりやわらかくなりつつ、
表面はパサパサで米同士がくっつかない。
このように、うまく蒸し上げると、触ったそばから米粒がパラパラとほぐれていく。
日本式の「糀」、ニホンコウジカビに向いているのは「戸建て主義」だ。
米粒同士がくっついた「集団住宅」では息苦しくて、
のびのびと生きていくことができない。
…って、これは微生物の話で、人間の話じゃないからね。
(興味ある人には、つづく)
(「発酵文化人類学」小倉ヒラクさんより)