二鶴工芸です。
画像は伝上杉謙信所要金銀襴緞子等縫合胴服です。
羽織の原型のようなもの。
画像は拝借しました<m(__)m>
実は今は亡き師匠がこの胴服のオマージュ作品を作っていました。
当時、この作品を制作した意図を詳しく聞いていませんでした。
上杉謙信のファンだったのか、単に胴服が斬新でモダンだったから模倣したのか。
常に他の工芸には絶対負けないと言っていて、琳派やアールヌーボー、蒔絵、正倉院の宝物などテーマにしたオマージュ作品を制作していました。
その中でも当方は奇抜な作品だったなとずっと思っていました。
ところが、今年当方が講演をする機会をいただき、そのために色々調べていた時にこの胴服にたどり着きました。
関西弁で言う「さぶいぼが」出ました。
嗚於!!なるほどと。
深い!!深すぎる!!それに尽きる。
一般的にはこの胴服と金彩との関係性は無いように思われます。
が!!しかし、・・・説明すると長くなるので割愛します。
すみません(;´Д`)
作品、それはおそらく先人に対する敬意を本人の視点で解釈し、着物に表現したことです。
そう思いたい(;^ω^)
その行動力に凄いというか、マニアックというか。
深堀りしていかないと繋がらない。
何をわけのわからないことを言っているんだという話ですが・・・。
修業時代は現在だとパワハラやな!!というくらい理不尽に怒られ、ずっとこのやろうと思っていました。
兄弟子たちはもっと嫌な目にあっていたかと思います。
今となってはもうそんな思いも消え、そういう事もあったんだというくらいの思い出になっています。
この歳になって、振り返る機会をいただき長年の謎が解けたような気がしますし、アプローチは違うと思いますが、考察が近いことに何か嬉しくもあります。
そして、古典(国語ではない)を知ることが、新しいもの作りにもいかされるのだと再度教えてもらったような気がします。
※修行時代に「お前とはよう似とるとこがある」と言われていましたが、結局マニアックなところだと気が付きました。