ゆらゆらと閉伊川ブルーの青く澄み切った透明度の高い水深2mの川底で,なにやら白い物体が横たわっている。一見すると細長い水晶石のように見える。しかし,目を懲らすと生物体であった。生きてはいない,魚の死骸だ。魚の死骸がシッカリと姿形を残して沈んでいる。———サクラマスだ。サケよりも丸顔で黒ずんでいる。産卵床を掘るためなのだろう,尻鰭の筋肉が良く発達して見える。例年になく、数が多い。いつも活動する場所を見回すと、目視観察で少なくとも数時間で5匹も確認できた。台風の後,数々の死骸をみかけた。地元の釣り師によると、秋口にもサケに混じってサクラマスがかかるという。もしかしたら,台風でサケ網が外れてのぼってきた秋遡上のサクラマスか。
この雌のサクラマスは、卵を一つも持っていない。通常サケの仲間は3000粒の卵を抱えている。この雌は無事自然産卵したのであろう。体どこで産卵したのだろうか、産卵行動を見逃した。(というか、その方が彼らにとっては都合良いことだが)台風のおかげなのか、数多くのサクラマスが、山から供給された、サラサラの砂礫がある上流から下流域までのあちらこちらに命を産み落としたに違いない。
サクラマスは,1年半ヤマメとして川で生活し,2年目の春にヒカリとなって海へと下り、そして再び1年後の春に海から川へと戻ってくる。その春に川に遡上する間際のサクラマスは,体全体にたっぷりと栄養を蓄え「りりしい顔立ち」をしている。この時期のサクラマスのお腹には未熟な卵が入っているが,秋口になるまでせっせと川を上り続けながら,卵を大きくしていく。その間は、餌を食べない。秋口になると最適な条件を選んで産卵するのである。それが冒頭の姿となる。そして,最後は川の上流で死骸となる。その死骸は昨年生まれの10cm足らずのヤマメたちの餌となる。1ヶ月後には死骸は跡形もなくなった。
1000億円を越える被害を出したあの台風10号は、サクラマスにとっては豊かな産卵場が提供され新しい命を育むありがたいものだったに違いない。