医学部生は、Poliklinik(ポリクリニック)臨地実習では
受け持ち患者症例を元に「どうやって治療するか?」というゴールを学びます。
看護学生の実習では「どうやって自立した生活をしてもらうか?」という生活復帰の道筋を学びます。
「看護は感性」という言葉の意味を解釈していきます。
感性とは価値観、感情です。
じゃあ、誰の価値観か分かりますか?
「実習指導者、指導教員」の価値観です。
受け持ち患者に対して、実習指導者や指導教員がどうやって自立させていこうか?
そのために実習期間中、どのような援助ができるか?
という、指導者、教員なりのゴールやアプローチの考え、価値観のことです。
ですから、指導者や教員が変われば「感性」はコロコロ変わります。
「疾患治療、リハビリ中の人を自立に向かわせる手伝い」をするのが看護学の考え方です。
実習に行くと、「疾患治療、リハビリ」をかなり勉強して、それらの「治療やリハビリが患者に及ぼす影響を考慮しながら」
将来の自立した生活をどうやっていくか?を考えるのが臨地実習なのです。
①疾患治療+②生活背景+③退院後の望ましいADL
を情報収集して、指導者や教員がどう考えているか?を突き止めれば、実習は合格します。
これが「看護は感性」の正体なのです。
では、どうやってその指導者や教員の感性を聞き出すか?
正解を聞き出すか?というと
「いきなり、答えを教えて下さい」「この場合、どうすればいいですか?」
「これでいいですか?」ではNGです。
「①現在の疾患治療、それらが患者の生活に及ぼす生活制限や影響について説明できる
②入院前の生活について説明できる
③本人が望んでいる生活を説明できる
④受け持ち期間中、入院前の生活に近づけるための具体的目標が言える
⑤④を達成するための具体的計画が言える」
この①~⑤が全て説明できて、指導者や教員は「私ならこうするな」という感性を教えてくれます。
これが「看護の方向性」なんて言い方をします。
この看護の方向性が、指導者や教員によって千差万別なのです。
それを看護観なんていったり、感性なんて言葉を使うから、看護学生、特に男子学生は
看護が難しく感じるのです。
看護学を学んでも、臨床では学生指導しない限り役に立ちません。
看護学に関わらず、学問と実践が乖離しているのが、日本の学問の特徴です。
専門家を育てるためでなく、国家資格受験の単位を取るための学問なんですね。
臨地実習で知りたいことがあればご質問ください。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます