中国語学習者のブログ

これって中国語でどう言うの?様々な中国語表現を紹介します。読者の皆さんと一緒に勉強しましょう。

中国語検定準1級第80回の結果

2013年07月13日 | 中国語

  6月にあった中国語検定第80回の結果が出ました。

  準1級については、今回は受験者数776人に対し、合格者186人、合格率24%と、通常の合格率が14~5%ですから、なんと10%ほど合格率が上がっていました。平均点も、リスニング69.3点、筆記67.7点と、通常より5点ほど上回っていました。

  実際に受験した感想としては、問題そのものの難易度は、従来と同じくらいと感じましたので、受験者のレベルが上がったか、採点が多少甘めであったか。次回の11月実施から、準1級も2次試験を実施する、ということが、微妙に影響したのかもしれません。

  さて、かくいう私も、中国語検定準1級は、3度目の正直で合格させていただきました。前回第79回は、リスニングは90点でしたが、筆記が73点で、[1]~[3]の選択問題か、[4]のピンインの漢字表記か、どれかであと1問間違いを減らせば合格だったので、たいへんくやしい思いをしましたが、今回は結果が出てよかったです。

  今回は、リスニングが、[1]50点、[2]46点。筆記は[1]16点、[2]16点、[3]14点、[4]21点、[5]16点と、
毎回辛い採点に泣かされる[5]もまずますでした。
とはいえ、今後1級に合格するには、筆記の[1]~[3]で今回は計5問間違えましたが、これをあと3問くらい減らさないと厳しいと感じています。

  ざっと問題をおさらいしますと、リスニングの[1]の1番目の中国語は、大みそかの年夜飯の話題で、わりと分かりやすかったのでは、2番目はという言葉が思いつくかどうかがポイントであったと思います。

  リスニングの[2]の書き取りですが、(4)のが出てこなかった以外は、ほぼ何とか書けたものの、ペンが思うほどのスピードで進んでくれず、句読点で休みの間に前の文が書ききれず、文が次節に進んでしまう、という状態で、正直あせりました。

  筆記の[1]の読解では、(6)の空欄の選択が①か②か迷い、①にして間違い。(8)で季節の移り変わりなので③だとばかり思いましたが、④の輪廻を使うのだと、後で知った次第。

  [2]では(1)でいきなり引っかかってしまい、「十大ニュースを公表する」というところ、①が思いつかず、③にしてしまったのですが、③だと「暴露する」となってしまい、大失敗。(8)も分からなかったのですが、後で調べると、②で「生活が逼迫する」という表現があるのですね。①にしてしまいました。

  [3]は(1)で②か③か迷い、③を選んでしまって失敗。

  [4]は漢字は二問とも書けましたが、和訳で(c)をどう訳すかで悩みました。
後で回答例で「触らぬ神に祟りなし」とあるのを見て、妙に納得してしまいました。ここは、変な訳をするよりは直訳を、と思い、「多事は少事に如かず」と書いておいたので、もちろん「×」ですが、和訳の減点が3点だけでとどまり、ほっとしました。

  で、最後に、私の中国語検定攻略の勉強法のご紹介ですが、実はたいへん重宝したテキストがあります。もう10年くらい前、上海の外文書店で買ったのですが、北京大学出版社の《高級漢語口語》上下冊と、《漢語高級教程》第一、第二冊。北京大学の先生が編纂された、留学生向けのテキストですが、テキストとともに、当時はカセットテープでしたが、テープも併せて購入していたものを、今でも活用しています。テキストは、生詞を中心に、本文で出てきた分からない言葉をピックアップし、EXCELで単語リストを作り、ピンイン、訳文、それから使われた文章を例文としてピックアップしてインプット。それを打ち出して、ピンインを見て漢字を書きだす練習をひたすらやりました。またテープは、無料ソフトを使ってMP3に焼きなおして、IPODで通勤途上などで毎日聞きました。今は、新版が出ているかもしれません。

  特にお薦めが《高級漢語口語》。成語、慣用句、北京地方の方言などを実にうまく課文の中に取り込んでいて、ここで出てくる成語や慣用句をマスターすれば、たぶんたいていの検定試験で出てくる成語問題のかなりの部分はできてしまいます。
  今回の問題でも、が出ていました。

  今回は、以上です。

 

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中国語の音韻の修辞技法、平仄について考える (3)

2011年10月20日 | 中国語

【5】平仄の現代漢語での活用

 以上述べたように、平仄で縛られるのは古代の律詩であるが、元々、平仄は中国語の音韻の特性に基づき、読みやすく、聴いて耳に快い感覚から生まれたものであるので、現代文にもこの平仄の技法は活かされている。

 例えば、多くの四字格の成語では:
① 前功尽棄/餐風飲露/単槍匹馬/来龍去脈/銅墻鉄壁/偸工減料
② 視死如帰/異想天開/画餅充飢/問道于盲/断簡残編/痛改前非

 例①の成語は平平仄仄、例②は仄仄平平である。どちらも、平仄が相対していて、読んでみると調子が良く、聴くと耳に心地よい。

 現代の韻文は一般に句中の音節の平仄は問わないが、句末の音節の平仄には気をつける。これには二つの型がある:一つは“上仄下平”で、これは戯曲の歌の歌詞の基本的な型である。もう一つは“同調相押”、または“一条龍”と呼ばれ、韻脚(句末の韻)に同じ声調の同じ韻の文字だけを用いるもので、快板書、歌謡などがこの方式を常用している。

 老舎はこう言った:「中国語の中で、文字は平仄に分かれる。平仄を変えることは、私たちの詩の様式の発展の上で大きな役割を果たした。私たちは今日既に散文を書いたり芝居を書く時に、この点を無視しがちで、話を書くことばかり考え、声調の美しさに注意するのを忘れている。しかし実は、たとえ散文を書く場合でも、平仄の排列にも気をつけるべきである。」(《戯話浅論》)

 例えば:
③ 一張白紙,没有負担。
④ 好写最新最美的文字,好画最新最美的画図。

 例③の上の句、“白紙”は平仄、下の句“負担”は仄平。例④の上の句“文字”は平仄、下の句の“画図”は仄平。平仄の調和をとるため、個別の語句の語順を変え、“画図”と言って、図画とは言わない。文章全体に抑揚や強弱がつき、調和がとれて、読みやすい。

 以上をまとめると、現代の散文の平仄の調和は主に二つの面で表現される:一つは語句の末尾は平仄が呼応しているかどうか注意する。一般には前が仄声、後ろが平声である;もう一つは、平仄の重複、変化に注意する。一般には二文字ごとに変化させる。

(本稿 了)

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中国語の音韻の修辞技法、平仄について考える (2)

2011年10月19日 | 中国語

【3】近代の中国語音韻の変化

 中古の音韻が近代の北方語系に発展する中で、g、d、pの入声は失われた。大部分の北方区域では、入声は既に消失した。韻尾のmはnの中に包含された。声母では、濁音声母は清音に含められ、また声母の舌前化、主韻母の母音の混同化の傾向がある。このように語音系統に大量の同音文字が増加している。例えば、七、戚、妻、欺は中古代の音韻では区別されていたが、入声の消失に、声母の舌前化、母音の混同化の結果、現代漢語では何れもqiと読まれるようになった。また例えば、“男”と“難”、“甘”と“干”は現在は皆nan、ganと読むが、これは韻尾の-mが-nに編入された結果である。“到”と“盗”、“半”と“伴”は現在は皆dao、banと読むが、これは濁音が清音に編入された結果である。

 読音系統と音節の単純化の結果、元々声母と韻母、或いは声調の上で区別されていた文字が、現代漢語では区別が無くなってしまった。現代漢語は同音の増加によって引き起こされる語義の混同の問題をどのように解決しているのか。それは、語彙の双音節化である。例えば、勢→勢力、逝→消逝、嗜→嗜好、柿→柿子、事→事情などがそうである。

【4】律詩での平仄の運用

 中国の詩歌は斉梁の時代に到り、意識的に平仄と音律の追求が求められ始めた。唐代に到り、平仄、対句形式の格律詩が正式に形成された。それ以前の平仄、対句、脚韻などの要求が厳格でない、或いは要求されない詩を“古体詩”と呼び、簡単に“古詩”、或いは“古風”と言った。これに相対する格律詩を、“近体詩”と呼んだ。

 平仄は律詩の重要な組成部分である。平仄を強調するのは、詩句に抑揚と強弱を持たせ、音律と脚韻の美を持たせるためである。律詩は一般に8句で構成され、2句ごとが一聯である。8句中、第1、2句が“首聯”、第3、4句が“頷聯”、第5、6句が“頸聯”。第7、8句が“尾聯”である。首聯、頸聯はまた上聯とも言う。頷聯、尾聯はまた下聯とも言う。各聯の上の句が“出句”、下の句が“対句”である。李商穏の《錦瑟》を例にすると:

         出句         対句
     錦瑟無端五十弦, 一弦一柱思華年。 (首聯)
     庄生暁夢迷蝴蝶, 蜀帝春心托杜鵑。 (頷聯)
     滄海月明珠有涙, 藍田日暖玉生煙。 (頸聯)
     此情可待成追憶, 只是当時已惘然。 (尾聯)

 律詩は“黏”、“対”を重んじる。もし詩中の平仄の形式が“黏”、“対”の規律に合っていないと、それを“失黏”、“失対”と称し、何れも律詩の忌み嫌うところである。

 いわゆる“黏”とは、上聯の対句の二番目の文字の平仄と下聯の出句の二番目の文字の平仄が同じことを指す。上で挙げた李商穏の《錦瑟》を例にすると、首聯の対句の二番目の文字は“弦”で平声で、頷聯の出句の二番目の文字が“生”で、これも平声である。頷聯の対句の二番目の文字は“帝”で、仄声で、頸聯の出句の二番目の文字は“海”で、これも仄声である。頸聯の対句の二番目の文字は“田”で平声であり、尾聯の出句の二番目の文字は“情”で、これも平声である。これらのことがいわゆる“黏”である。

 いわゆる“対”とは、一つの聯の中の出句と対句の二番目の文字の平仄が相反することを指す。上の律詩を例にすると:首聯の出句の二番目の文字は“瑟”で、仄声である。対句の二番目の文字は“弦”で、平声である。頷聯で出句の二番目の文字は“生”で、平声である。対句の二番目の文字は“帝”で、仄声である。頸聯の出句の二番目の文字は“海”で、仄声である。対句の二番目の文字は“田”で平声である。尾聯の出句の二番目の文字は“情”で、平声である。出句の二番目の文字は“是”で、仄声である。

 律詩の全ての句では、平仄の句式は何れも固定されている。

 そのうち、五言律詩には2分類・計4種がある。
仄声で始まるもの:甲1 仄仄仄平平 甲2 仄仄平平仄
平声で始まるもの:乙 1 平平仄仄平 乙2 平平平仄仄

 七言律詩も、二分類・計4種がある。
平声で始まるもの:甲1 平平仄仄仄平平 甲2平平仄仄平平仄
仄声で始まるもの:乙1 仄仄平平仄仄平 乙2仄仄平平平仄仄

 律詩が韻字を用いる時の平仄にも規定があり、一般に平声に韻字を用いる(極めて少数だが、仄声に韻字を用いることもある)。古体詩では、平声で韻字を用いることができ、仄声にも韻字を用いることができる。

 律詩の“黏”、“対”の規則と入韻の原則(平声の韻字は入韻し、仄声の韻字は一般に入韻しない)の規定に基づき、上記の4種の句型の適切な配列が、律詩の平仄の格律である。

1.最初の首の句が入韻する
五言。 七言
平平仄仄平,仄仄仄平平。 平平仄仄仄平平,仄仄平平仄仄平。
仄仄平平仄,平平仄仄平。 仄仄平平平仄仄,平平仄仄仄平平。
平平平仄仄,仄仄仄平平。 平平仄仄平平仄,仄仄平平仄仄平。
仄仄平平仄,平平仄仄平。 仄仄平平平仄仄,平平仄仄仄平平。

2.平声から始まる最初の句が入韻しない
五言。 七言
平平平仄仄,仄仄仄平平。 平平仄仄平平仄,仄仄平平仄仄平。
仄仄平平仄,平平仄仄平。 仄仄平平平仄仄,平平仄仄仄平平。
平平平仄仄,仄仄仄平平。 平平仄仄平平仄,仄仄平平仄仄平。
仄仄平平仄,平平仄仄平。 仄仄平平平仄仄,平平仄仄仄平平。

3.仄声から始まる最初の句が入韻する
五言 七言
仄仄仄平平,平平仄仄平。 仄仄平平仄仄平,平平仄仄仄平平。
平平平仄仄,仄仄仄平平。 平平仄仄平平仄,仄仄平平仄仄平。
仄仄平平仄,平平仄仄平。 仄仄平平平仄仄,平平仄仄仄平平。
平平平仄仄,仄仄仄平平。 平平仄仄平平仄,仄仄平平仄仄平。

4.仄声から始まる最初の句が入韻しない
五言 七言
仄仄平平仄,平平仄仄平。 仄仄平平平仄仄,平平仄仄仄平平。
平平平仄仄,仄仄仄平平。 平平仄仄平平仄,仄仄平平仄仄平。
仄仄平平仄,平平仄仄平。 仄仄平平平仄仄,平平仄仄仄平平。
平平平仄仄,仄仄仄平平。 平平仄仄平平仄,仄仄平平仄仄平。

 以上は格律詩の平仄の句の様式が定まった後の4分類8種の組合せの情況である。ただ、一句一句の平仄の決まりを必死で覚える必要はなく、規則に従っていけば、自然と推察することができる。

 律詩の平仄に対する要求はたいへん厳格であるが、一部が完全には上記の格律に合っていなくても許される場合がある。これを“変格”という。しかし変格にもルールがあって、詩句の1、3、5番目の字(五言詩は5番目の字は含まない)でのみ現れる。

(次回に続く)

 
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中国語の音韻の修辞技法、平仄について考える (1)

2011年10月18日 | 中国語

 中国語で、文法上の最小単位は“詞”であり、これは通常、2音節、ないしは3音節である。一方、これを表す文字、すなわち漢字は単音節である。一つの漢字の音節構造は、声母(子音)+韻母(母音)+声調である。

 声調は一般に語義を明確にする役割を持つが、音節の高低、昇降の変化をつけるため、その結果、ある意味で、音楽的な美しさを持たせている。この特徴を活かして、文の修辞技法としたのが、平仄(ひょうそく)である。

 ただ、平仄の規則が生まれたのが、古代漢語においてのため、現代漢語とは、文の音韻構造に違いがある。このことが、現代の我々からみると、平仄をいささか分かりにくくしている原因である。しかし、現代文の修辞技法にも、一部、平仄の考え方は生きている。本稿では、現代文にも通じる、平仄について、説明を試みたい。

【1】平仄とは

 客観的な聴覚と発音時の感覚の上で、私たちが以下の事実を受け入れるのは難しいことではない:

1. ある文字は発音の時、口を丸くし、発音する部分は力を緩めていて、発せられた音はゆったりして長く伸ばすことができる。一方、ある文字は発音の時、口をすぼめ、発音する部分に力が入り、発せられる音は短く、激しく、不明瞭である。(つまり、声母と韻母の異なった組合せにより作り出される)

2. 発音時に更に音の高低、アップダウンの違いがある。具体的に言うと、音の平らなもの、音が上がるもの、下がるもの、曲折したもの(すなわち声調の音の高さが異なるもの)がある。

 平仄の区分は正にこうした客観的な存在の上に形成されている。平仄が合理的に配置された詩の文句は、読んでみると緩急が交互に現れ、高低の起伏があり、長短が結合し、弛緩と緊張が交錯し、音楽感が自然に生じる。さもなければ、舌が回らなかったり、息継ぎができなかったりで、読みにくく、また聞いて耳障りな文になってしまう。

 平仄は古代の四声に相対して定められた。現代漢語の普通話の四声は陰平、陽平、上声、去声である。古代漢語が現代漢語に発展する中で、四声は既に大きく異なっている。けれども今日の四声と古代の四声は一つの血統が幾代にもわたり受け継がれてきたものである:古代の平声は今日の四声の陰平、陽平の二つの声調に分化した。古代の上声と古代の去声も、おおむね今日の四声の上声と去声に相当する。古代の入声の文字は消失し、いくつかの方言の中で、異なる程度に残されている。それでは、古代の入声はどこへ行ってしまったのか。それぞれ現代漢語の普通話の四声の中に移され、“入派三声”(「入声は三声に割り当てられた」。陰平と陽平は平声と通称され、これに上声と去声を加え、合わせて三声となる)と呼ばれる。このことが、今日の人々が平仄を識別するのに一定の困難さをもたらせている。

【2】古代の人々の音韻の探究と入声の成立

 古代の四声は声調を指すだけでなく、古代の声母、韻母とも関係がある。古人は、漢字の音節は声母、韻母、声調の三つの部分で構成されることを研究、分析していた。例えば、唐代には漢字の代表的な声母が知られており、30の字母を制定し、宋代にはそれが増補されて36の字母となった。古代の音韻学者は更に発音の部位に基づき声母を唇音、舌音、半舌音、歯音、半歯音、牙音、喉音に分け、「七音」と称した。また発音の方法に基づき声母を全清、次清、全濁、次濁の四つに分けた。韻母について言うと、宋、元の音韻学者は韻頭の有無と類別から漢字の音韻構造を区別した。次第に“四呼”、“洪細”などの理論が形作られた。韻尾の違いにより、韻母を陰声韻、陽声韻、入声韻に分類した。古人は声調の区別と認識について、長期間の模索と蓄積を経て、斉梁の時、沈約らが四声を発見し、更にそれを自覚的に文学の創作に運用し、音律の美しさを形作った。明代の音韻学者は、四声をこう描写した。「平声は平らに言って低昴(音が下がったり上がったりすること)が無く、上声は高く呼ばわって猛烈に強い。去声ははっきりと物悲しく長く言い、入声は短く急いで終わる。」しかし、こうした描写は中国語の四声の実際を正しく表現しておらず、本当に正しく四声が認識されたのは、近代のことである。

 入声について言えば、これは実は声調ではなく、一つの発音の方法である。他の三声が声調の高低、昇降の性質であるのと異なり、これは韻尾により確定する。伝統的に、入声はこう言われている:「入声は短く急いで終わる」。このことは、入声の文字は、b ,p ,g等の子音で終わることを指す。現代漢語の普通話には子音で終わる発音方法が無いので、昔の入声の読み方は、現代人には分かりにくい。私たちは今日では古音の読み方を正確に理解することはできないが、方言を通じて推測することはできる。 例えば広東語で、“白”は“bak”、“郭”は“guok”、“別”は“bit”で、語尾は何れも促音で終わるが、これが入声である。

 入声は発音方法の範疇であるのに、この分類がどうして一千数百年もの間影響してきたのか。実は、四声を最初に発見し、運用をしたのが、南朝の沈約であったことによる。そのため、古代の四声の区分を“沈分法”という。沈約は江浙(今の江蘇、浙江両省)の人で、四声の規則を区分、制定する際には、当然入声のある呉地方のなまりが基礎になった。彼は声調を分類する時、一種類の短い音がやや特別であることを発見し、それらを一つの種類にまとめ、一つの声調とし、これを“入声”と称した。これが入声という文字の由来である。沈約は大学者で、大官僚であり、その影響力は大変大きかった。ましてや沈約は「天の時」「地の利」を得ていた。「天の時」とは、南北朝の時、経済の中心が次第に黄河流域から長江流域に移ったことを指す。「地の利」とは、広大な東南地区が沈約の後ろ盾となり、江南の才子が沈分法に対し同意しやすかったことを指す。更に後に歴代の王朝の“韻書”が何れも“沈分法”を採用した。このように一旦社会に認められた習慣となり、そのうえ支配層の認可があったことで、この分類が代々受け継がれることとなったのである。

(次回に続く)


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中国語の修辞: 整句による表現(3) 頂真、及び錯綜

2011年01月20日 | 中国語

 構造的に整った文、“整句”を使った修辞表現の三回目は“頂真”です。それと、これまで3回の応用として、整句と散句を結合させる“錯綜”の表現技法を取り上げます。

(三) 頂真

  “頂真”は前後のいくつかの文の間で、同じ成分の語が前後の二つの句をつなげることにより、前句が受け渡したものを後の句が受けるようにする修辞手法である。それにより文の構造が緊密になり、語意がつながり合い、聞くとすらすら流れるように感じられる。“頂真”は大部分が後の句の最初の語が、前の句の末尾の語(言語成分)を受けたものである。こうした表現は、しばしば、物語の最初のところ、或いは話題を変える合い間のところで使われる。例えば:

   (16) 有個農村叫張家庄張家庄有個張木匠張木匠有個好老婆,
      外号叫“小飛蛾”。小飛蛾生了個女儿叫“艾艾”,……

   (17) 碎瓦刨光了,是一堆新土新土出清了,是一塊木板
      木板掲起来,是一個大瓦缸;把缸上的稻草拿掉以后,原是満満的一缸百米。

・刨 pao2 (くわ、つるはしなどで)掘る
・掲 jie1 (ふたなどを)とる。はがす。めくりとる
・瓦缸 wa3gang1 素焼の甕

 時には物事の道理を説明する際にも、頂真を使って結論を導くことがある。例えば:
   (18) 我們要改造民主風気,要改変文藝界的作風,首先要改変干部作風
      改変干部作風,首先要改変領導干部的作風改変領導干部的作風
      首先従我們几個人改起。

   (19) 這真是座活山啊。有山就有水有水有脉有脉就有苗,
      難怪人家説下面埋着聚宝盆。

・聚宝盆 ju4bao3pen2 いくら取っても尽きない宝物を盛った鉢。

 頂真は物事の間のつながりに重きを置く。これを用いて物事を描写することで、物事の間の時間や空間をはっきりと説明することができる。これを用いて物事の道理や感情を述べることで、物事の間に内在する関係を述べることができる。聞く人に一目瞭然で、厳密で抜けが無いように感じさせることができる。頂真は言語形式の上では、前後の文のつながりが緊密で、文の形式も比較的均整がとれていて、読むと一つ一つの句が互いに連なり、明快ですらすら流れるようで、情趣が次々に湧いてくる。

(四) 錯綜

 これまで、整句を使った修辞表現を見てきたが、“錯綜”は整句と散句の結合である。時には語句が平板で単調になるのを避けるため、本来であれば整句の文型で書けるものを、わざと長短不揃いにし、変化に富ませる。このような修辞手法を“錯綜”と呼ぶ。“錯綜”の構造は複雑である。以下の例文で見てみよう。

   (20) 通紅的太陽照満天,
        今天咱們多喜歓,
        報了仇,伸了冤,
        抬起了頭見青天,
        千年的鉄樹開了花
        万年的磐石把身翻

・伸冤 shen1yuan1 =申冤:冤罪をすすぐ。ぬれぎぬを晴らす
・鉄樹 tie3shu4 センネンソウ
・盤石 pan2shi2 大きな石。盤石(ばんじゃく)
・翻身 fan1shen1 生まれ変わる。解放されて立ち上がる

   (21) 看飛奔的列車已駛過古長城的垜口
      窓外明月照耀着積雪的祁連山頭……

・垜 duo3 塀の外や上に突き出た部分

   (22) 她一説開了頭,許多受過害的人也都搶着説起来:
      有給他們花過銭的有被他們逼着上過吊的也有産業被他們霸了的
      老婆被他們奸淫過的

・上吊 shang4diao4 首をつる。首をくくる
・霸 ba4 奪い取る
・奸淫 jian1yin2 姦淫(かんいん)する。強姦する。手込めにする

   (23) 我倒想起一个笑話:白人剛到非洲時,白人有《聖経》人有土地
      過不多久,人有《聖経》土地都落到白人手里了。

・聖経 sheng4jing1 聖書

   (24) 射箭要看靶子弾琴要看聴衆写文章做演説倒可
      不看読者不看聴衆麼

・靶子 ba3zi 的(まと)

  例(20)の“把身翻”は、本来は前の句で構成された対偶句を受け、“翻了身”としても良いはずである。しかし作者はこの詩(歌詞)の押韻を考慮し、つまり詩を吟唱する時の特徴を活かし、“把身翻”と書くことにより、前の“天”、“歓”、“冤”と韻を踏ませている。これにより、最後の二行だけで対偶句を構成していたものが、その前の句とも連なり合い、全体で錯綜句となった。例(21)の二つの文は二つの事物を表しており、文型や構造は似通っているが、使われている詞組(短語)の構造が異なるため、言葉の調子が変化する面白さがあり、しかしその中に一定のリズムがあり、言語の“散”の中に意味の“整”が浸透し、ことばは自然で洒脱である。例(22)は意味の上では排比句であるが、錯綜句を使って表現している。これは強調すべきポイントが異なるために作られた錯綜句で、異なる文型をそれぞれの句で使うことで、強調すべきポイントを際立たせている。例(23)は、本来は前段と後段を同じ文型にしても良いところである。しかし、後段を“白人有了土地”とは言わず、“土地都落到白人手里了”と改めることにより、白人の侵略者の陰険で狡猾な本質を際立たせ、“土地”を強調することで、アフリカの人々の災難の根源の所在を明確にしている。例(24)は語気の転換により修辞効果を強めている。前半の二つの句は排比の陳述句であるが、後半は語気が一変し、反語文を使うことで、読者の思索と関心を促している。こうすることで、単純に排比句を三つ並べて陳述するより、文が生き生きとし、説得力が生まれる。

 錯綜は文の構造の上では整句の中に散句が入り混じり、同質の文に変化を持たせ、文が単調平板になるのを回避し、ことばに変化を持たせ、文章の起伏を増加させる効果がある。


【出典】胡裕樹主編《現代漢語》重訂版・上海教育出版社 1995年


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