中国語学習者のブログ

これって中国語でどう言うの?様々な中国語表現を紹介します。読者の皆さんと一緒に勉強しましょう。

『紅楼夢』第六回

2025年02月05日 | 紅楼夢
 さて第五回で、宝玉は警幻仙女から性の手ほどきを受け、賈蓉の妻の秦氏と契りを交わしますが、その後物語はどのような展開を見せるのか、第六回のはじまりです。

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賈宝玉は初めて雲雨の情を試し、
劉老老は一たび栄国府に進む

 さて、秦氏は宝玉が夢の中で彼女の幼名を呼んだことから、心の中で合点がいかなかったが、また細かく聞くのは差し控えた。この時宝玉は失禁をしたかのようで、戸惑っていた。遂に立ち上がって全身の着物を脱いだ。襲人がやって来て、宝玉のためズボンの帯を締めてやった時、ちょっと手を太ももまで伸ばしたところ、そのあたりがひんやり冷たく、ねばねば湿っているのを感じ、びっくりして慌てて太ももから手を離して、尋ねた。「どうされたんですか。」宝玉は顔を赤くし、彼女の手を捻(ひね)った。襲人は元々聡明な女子で、歳も宝玉より二歳上なので、最近は次第に世間のことが分かってきて、今宝玉のこのような光景を見て、心の中では半ば事情を飲み込んでいたが、思わず恥ずかしくて顔を真っ赤にし、遂にそれ以上尋ねることができなかった。そのまま続けて宝玉に着物を着せてやると、ついでに賈のお婆様のところへ行き、慌ただしく晩飯をかっ込むと、こちらに戻って来て、ちょうど召使の女たちが宝玉のお傍にいない時を見計らい、替えの下着を取り出すと、宝玉に履き替えさせた。

 宝玉は恥ずかし気に懇願して言った。「姉さん、後生だから、決して他の人に言わないで。」襲人も恥じらいを含み、声を潜め笑って尋ねた。「あなた、どうして……」ここまで言うと、眼であたりを見回すと、また尋ねた。「これはどこで出たの。」宝玉はひたすら顔を赤らめるばかりで何も言わず、襲人はただ宝玉を見つめて微笑んでいたが、しばらくして、宝玉は夢の中のことを詳しく襲人に言って聞いてもらった。話が雲雨私情のことに及ぶと、襲人は恥ずかしくて顔を覆い身を伏して笑った。宝玉も素より襲人がしとやかでなまめかしく綺麗なのが好きで、遂に襲人を引っ張って警幻が教えたのと同じ行為に及んだのであった。襲人は賈のお婆様が曾て自分を宝玉に与えたことを知っており、また断ることもできないので、しばらくもじもじしていたが、どうすることもできず、宝玉と一回むつみ合うしかなかった。これより宝玉が襲人を見る眼は一層これまでとは異なり、襲人の宝玉へのお世話も益々励み尽くすようになったが、この話はしばし置く。

 さて栄国府の中を合計すると、上から下まで、三百人余りの人がおり、一日に十件、二十件の事件が起こり、もつれて筋道が立たぬようになり、対処する原則を作る糸口も見出せなかった。本当にどの事件をどの人物から書き出せばうまくいくのだろうか。ちょうどうまいことに突然千里の外から、ごく些細なことだが、ごく小さな一家が、栄国府の遠い親戚の関係であったため、この日ちょうど栄府に向けやって来た。それゆえこの一家のことから話を始めれば、ちょうど話の糸口になるだろう。

 実はこの小さな家は、姓を王、すなわち当地の人氏で、祖先もちょっとした都の役人をしたことがあり、曾ては鳳姉さん(鳳姐)の祖の王夫人の父と知り合いであった。王家が権勢を貪ったことで、同じ宗族としての付き合いが生じ、叔父、甥と認め合うようになった。当時、王夫人の兄である鳳姉さんの父親と王夫人が都での知己を通じてこの一族の遠い親戚を知っていたが、その他の者は誰も知らなかった。目下その祖先はとっくに故人となり、ただひとり息子が残され、名を王成といい、家業が左前となり、今は城外の郷村に引っ越して暮らしていた。王成も続いて亡くなり、幼名を狗兒という息子がおり、劉氏の女を娶り、幼名を板兒という子を生んだ。また娘を生み、名を青兒と言った。四人家族で、農業で生計を立てていた。狗兒は昼間は自分で働き生計を立て、劉氏も水汲みや米を搗くなどし、青兒、板兒の兄弟ふたりは、面倒を見てくれる者がいなかったので、狗兒は遂に姑(しゅうとめ)の劉婆さん(劉老老)を引き取り、ひとつ屋根で生活していた。

 この劉婆さんはすなわち老獪な未亡人であり、自分の生んだ息子もおらず、ただ二畝のやせた田畑を頼りに暮らしていた。今は娘婿が引き取って面倒を見てくれていたが、どうしてそれを望まないことがあろうか。遂に心をひとつにして、娘や娘婿を助けて生活をしていた。この年、秋が終わり冬に入り、天気が寒くなり、家中の冬の支度が終わらず、狗兒は心の中がいささかイライラし、何杯かやけ酒を飲んでは、家でイライラしていた。妻の劉氏は敢えて盾突くことはしなかった。このため劉婆さんは見かねて、こう言ってなだめた。「婿殿、あんた、わたしのおしゃべりに腹を立てなさんな。わたしたちは農家のもんだから、どの家も真面目に自分の飯茶碗の大きさを守って、食べれるだけの飯を食っているだよ。あんたは子供の頃、父さん母さんのお陰で、好き勝手に飲み食いさせてもらえたけど、今は金があると後先考えずに使ってしまい、金が無いとむやみに怒り出す。それで一人前の男と言えるかい。今わたしたちは都を離れて暮らしているが、それでも天子様のおひざ元であるのに違いはない。ここ「長安」城の中は、至る所銭が落ちてるだが、ただ残念ながら誰も取りに行けてないだけだよ。家で地団太踏んでいても意味がないよ。」狗兒はそれを聞いて言った。「あんたみたいな年寄りは、ただオンドルの上に座っていいかげんなことを言っているだけじゃないか。まさかおれに強盗をして来いとでも言うのかい。」劉婆さんは言った。「誰がおまえさんに強盗をして来いなんて言うもんかね。要は皆で方法を考えればいいのさ。そうでないと、どこの銀子が自分から我が家に飛んで来るものかね。」狗兒は冷ややかに笑って言った。「方法があるとしたら、やはり今を置いて無いだろう。おれには税金を収めているような親戚はいないし、役人をしている友人もいないが、いったいどんな方法を考えればいいんだ。たとえいたとしても、そいつらがおれたちの世話をしてくれる道理も無いじゃないか。」

 劉婆さんは言った。「それがそうでもないのさ。謀(はかりごと)をするは人にあり、事が成るかは天のみぞ知る、だよ。わたしたちが謀を決めたら、後は菩薩様のご加護に頼るまでで、少しでも機会があるかどうか、やってみないと分からない。わたしはもうおまえたちに替わってひとつ機会を思いついた。曾てあんたのとこは元々金陵の王家と同族のつきあいをしたことがあった。二十年前、あちらさんはあんたとこを親戚と認めていなさったのに、今じゃああんたとこがやせ我慢して、あちらさんと仲良くされんから、それから疎遠になってしもうた。思えばわたしと娘が一回伺ったことがあって、あちらの二番目のお嬢さんが、それは気持ちよくお世話してくれ、少しも偉そうになされなんだ。今は栄国府の賈の二番目の旦那様の奥様になられ、聞くところによると、今は年を取られて、ますます貧しい人に同情し老人をいたわるようになられ、また喜んで托鉢の坊さんにお布施をされるんだとか。今、王府は朝廷で昇進され、ひょっとすると二番目の旦那様の奥様がまだわたしたちのことを憶えてくださっておられるかもしれないのに、あんたはどうしてちょっと伺ってみようとされないんだい。ひょっとするとあちらさんはまだ昔のつきあいを憶えておられて、何か良いことがあるかもしれない。あちらさんがちょっとした親切心を起こしてくれさえすれば、産毛をほんの一本抜いてくれるだけでも、わたしたちの腰まわりよりまだ太いわい。」劉氏が続けて言った。「お母さんはいつも良いことを言われるが、わたしたちのこのようななりでは、どうしてあちらさんを訪ねて行けますかいの。ひょっとするとあちらのお屋敷の門番がちゃんと取り次いでくれないかもしれません。そうなったら無駄に恥を晒しに行くようなものですよ。」

 狗兒が名利を追い求めるに一途だとは誰知ろう、この話を聞いて、心の中で考えをめぐらせていたが、また彼の妻の話を聞いて、笑って言った。「母さんがそうおっしゃるし、まして以前おまえもその奥様に一度お目にかかったことがあるのだから、どうしておまえさんたちが明日一度あちらさんのところに行ってみて、先ず試しに様子を見て来ないのかね。」劉婆さんは言った。「あらまあ。だけどあちらのお屋敷は敷居が高すぎるわ。わたしがどんな者なの。あちらのお屋敷の方がわたしと分かっていただけなかったら、行っても無駄になるわ。」狗兒は言った。「大丈夫。おれに方法がある。あんたは板兒を連れて行って、先に奥様付の召使の周旦那を訪ねるんだ。周旦那に会えたら、脈ありだ。この周旦那というのが、昔おれの親父と交際があり、あの人とうちとはもともととても良い関係だったんだ。」劉婆さんは言った。「わたしも知っているよ。ただ長いこと往き来が無かったから、あの人が今どうされているか知っているのかい。それじゃあ話にならないよ。あんたは男で、そんななりじゃあ、行くわけにいかないね。うちの年若い嫁も、人様の前に顔を晒すわけにいかないから、やはりこの年寄りが身を捨て当たってみるしかないね。もし良い目が出たら、皆にも利益になるんだから。」その晩の相談はこうして定まった。

 翌日夜のまだ明けぬうちに、劉婆さんは起き出して身ごしらえし、また板兒に二言三言注意した。五つや六つの子供とて、都見物に連れて行ってくれると聞いて、嬉しさの余りなんでもはい、はい、と頷いた。それで劉婆さんは板兒を連れ、城門をくぐって寧府栄府が並ぶ通りにやって来た。栄国府のお屋敷の正門前の石の獅子の傍らに着くと、門前は駕籠や馬で一杯だった。劉婆さんは入って行く勇気がなかったので、衣服の土やほこりをはたくと、また板兒に二言三言小言をたれ、それから角門の前に歩み寄ると、何人か偉そうにふんぞり返り、あれこれ来訪者のあら捜しをする男たちが正門の前に座り、あれこれ話をしているのが見えた。劉婆さんは注意深く、内心びくびくしながら近寄って尋ねた。「兄さんたち、ごきげんよう。」男たちはしばらく値踏みしていたが、尋ねた。「どちらさんかね。」劉婆さんは作り笑いを浮かべて言った。「奥様のお付きの召使の周旦那にお目にかかりたいんです。兄さんたち、どなたかお取次ぎいただけませんか。」男たちは聞いていたが、皆相手にしてくれず、しばらくして、ようやくこう言った。「あんた、ずっと向こうのあの塀の角のところで待ってなさい。しばらくしたらあのお宅の人が出て来るよ。」男たちの中の年かさの男が言った。「わざわざあの旦那のことで間違ったことを言わなくてもいいじゃないか。」そして劉婆さんに言った。「周旦那は南の方へ行かれたんだ。あの人は後ろの方にお住まいで、あの家のお婆様がご在宅だ。あんた、こちろから回って、後ろの通りの門のところで尋ねればいいよ。」

 劉婆さんは礼を言って、板兒を連れて後ろの門に回ると、門のところでは物売りの担ぎ子が休んでいた。食べ物を売る者、おもちゃを売る者がいて、がやがや賑やかに三十人ほどの子供たちがそこにたむろしていた。劉婆さんはそれでそのうちひとりを引っ張ってきて尋ねた。「お兄ちゃん、ちょっと聞くけどね。周おばさんて方はご在宅かい。」その子供は腹を立て睨みながら言った。「どちらの周おばさんなの。ここには周おばさんは何人もいるんだ。何をしてる人だい。」劉婆さんは言った。「奥様のお付きの召使の方さ。」その子は言った。「だったら簡単だ。僕についておいで。」劉婆さんを連れて裏庭に入ると、ある家の塀のそばまで行って、指さしして言った。「ここがその人の家だよ。」そして大声で言った。「周おばさん、お婆さんが尋ねて来たよ。」




 周瑞の家内(周瑞家的)は中で急いで応対に出て来ると、尋ねた。「どちら様で。」劉婆さんはそれに対して笑って言った。「周のねえさん、お元気ですか。」周瑞の家内はしばらく考えてようやくそれと分かり、それから笑って言った。「劉のお婆様、ごきげんよう。どうされていたの、ここ数年お会いしていないものだから、忘れてしまいましたわ。どうぞ中でお座りください。」劉婆さんは、歩きながら笑って言った。「あんたはいつも「身分のお高い人はよく物忘れする」だからね。よくまだうちのことを憶えていたものね。」そう言っているうち、部屋に着き、周瑞の家の召使がお茶を淹れて一服をした。周瑞の家内はまた尋ねた。「板ちゃんはこんなに大きくなったのね。」また前回別れてからのよもやま話をしていたが、また劉婆さんに尋ねた。「今日は途中で寄られたの、それともわざわざ来られたの。」劉婆さんはそれで言った。「元々はちょっと姉さんの顔を見たいと思って来たんだよ。二つ目に奥様にご機嫌うかがいをしたくてね。もしわたしを連れて行ってもらってお会いできればそれが一番だけれど、だめなら姉さんの方からお伝えしてもらえばいいわ。」

 周瑞の家内はそう聞いて、ある程度来意を察した。彼女の夫は昔田地の購入を争い、狗兒の父親の助力を大いに受けたことがあり、今は劉婆さんのこのような有様を見て、心の中でむげに断るのは難しいと思った。また二つ目には自分の体面をひけらかしたいとも思った。それで笑って言った。「お婆さん、安心して。遠くからわざわざ誠心誠意来られたのに、どうしてあんたに本当の仏様にお会いいただかずにおけましょう。理屈から言うと、お客様が来られても、わたしとは関わり合いが無いのよ。このお屋敷では、皆それぞれ役割が決まっているの。男は春と秋の小作料の管理をして、閑な時は坊ちゃん方を連れての外出。わたしは奥様や大奥様と外出することだけ関わっているの。でもあんたは奥様の親戚だし、それにわたしを見込んで、うちに身を寄せて来られたのだから、わたしも慣例を破ってあんたのことをお伝えするわ。でもひとつ、あんたがご存じないことがあるの。このお屋敷は五年前と違って、今奥様は屋敷内の事務を差配しておられず、皆お子さんの璉様の奥様が取り仕切っておられるの。あんた、璉様の奥様ってどなただと思う。奥様の姪御さんで、お兄様の娘さん、幼名を鳳哥と言われるの。」

 劉婆さんはそれを聞いて、急いで尋ねた。「どなたかと思えばあのお方ですか。道理で、わたしも当時あの方は大したものだと思っていましたの。そうおっしゃるなら、わたし今日その方にもお目にかかれますか。」周瑞の家内は言った。「それはもちろん、今お客がいらしたら、必ず鳳様が接待の周旋をされますから、今日たとえ奥様にお会いできなくても、あの方に一目お会いされれば、今回来られたのも無駄にならずに済みますわ。」劉婆さんは言った。「南無阿弥陀仏。これも皆姉さんの便宜のお陰ですわい。」周瑞の家内は言った。「お婆さん、何をおっしゃいます。諺にも言うじゃないですか、「人に便宜をはかれば、自分にも具合が良い」と。でもわたしについて言えば、わたしが何ら関わることじゃありませんのよ。」そう言うと、若い召使を呼んで倒庁(母屋の北側の裏庭に面した付属の部屋)に行き、こっそり奥様の部屋に食事の支度がされたか聞いて来るよう言いつけた。若い召使が出て行った。

 ここでふたりはまたしばらく無駄話をした。劉婆さんはそれで言った。「この鳳お嬢様は、今年やっとまだ十八九に過ぎないのに、このように才能がおありになって、このようなお屋敷では、しかし得難い方ですね。」周瑞の家内はそれを聞くと言った。「ああ、お婆さん、あまり人様には申し上げられないことですわ。この鳳お嬢様は年はまだお若いのに、事務を処理することにかけては、他の誰より長けていらっしゃるの。今ようやくお年頃になられたばかりなのに、少なく見積もっても一万もの才覚をお持ちです。更に口も達者で、十人のよくしゃべる男でもあの方を言い負かすことなんてできません。あの方にお会いになれば分かります。ただひとつ、下の者に対してはやや厳しいかもしれませんわ。」話していると、若い召使が戻って来て言った。「奥様のお部屋に食事の支度ができています。若奥様は奥様のお部屋におられます。」

 周瑞の家内はそれを聞いて、慌てて立ち上がると、劉婆さんをせきたてた。「早く行きましょう。この時間は食事を取られる間だけが空いていますから、わたしたち先に行って待っていましょう。もし一足遅れたら、用事のある方がたくさんいて、お話しするのが難しくなります。その後はお昼寝の時間になって、益々時間がなくなります。」そう言いながら、一緒にオンドルに座ると、身づくろいして、また板兒に二言三言教え諭し、周瑞の家内に付いて、くねくね曲がった通路を通り賈璉の家にやって来た。先ず倒庁に行き、周瑞の家内は劉婆さんをそこに待たせておいて、自分は先に影壁(目隠しの壁)を通って、門の中に入り、鳳姐がまだ出て来ていないと知ると、先に鳳姐の腹心の召使で、名を平兒と言うのを捜して来た。周瑞の家内は先ず劉婆さんの来歴を最初から説明すると、こう言った。「今日は遠方からご機嫌うかがいに来られました。昔は奥様がいつもお目にかかられていたので、わたしがこの方をお連れしました。奥様が出て来られましたら、わたしが詳しくご説明します。きっと奥様もお怒りになって後先無く振る舞われることはないと思います。」

 平兒はそれを聞いて、こう提案した。「その方たちに入っていただいて、先にここに座っていただいてくださればいいですわ。」周瑞の家内はそれでようやく出て行き、劉婆さんたちを連れて入って来た。母屋の階(きざはし)を上ると、若い召使が緋色の緞子のカーテンを開けてくれ、ようやく広間に入ることができた。部屋の中では良い香りが一斉に顔に降りかかった。何の香りかは分からなかったが、身体がまるで雲の端にいるかのような心地がした。部屋中の調度が皆輝いて眼に眩しく、そこにいると頭がぼうっとして眼がくらくらした。劉婆さんはこの時はひたすら頷いて舌打しながら念仏を唱えるばかりだった。そして東側の部屋に入ると、そこは賈璉の娘の寝室であった。平兒はオンドルの縁に立ち、劉婆さんを両眼で見つめて観察したが、挨拶をして座ってもらうしかなかった。劉婆さんは平兒を見ると、全身絹の衣服に、金銀の装飾品を身に着け、花や月のように綺麗な容貌であったので、この方が鳳お嬢様だと思い、若奥様と呼ぼうとしていると、周瑞の家内が「この方は平様です。」と言った。すると平兒が周瑞の家内をすかさず「周おばさん」と呼んだので、それでようやくこの人が地位のある召使だと分かった。それで劉婆さんと板兒をオンドルの上に座らせ、平兒と周瑞の家内はオンドルの縁に沿って対面に座り、若い召使たちがお茶を淹れて一服してもらった。

 劉婆さんはカタンカタンという音が聞こえ、小麦を篩にかけているようだったので、きょろきょろ見渡すと、ふと広間の中の柱の上に箱がひとつ掛けられ、箱の底から秤(はかり)の分銅のようなものがぶら下がり、絶えず止まらずに揺れ動いていたので、劉婆さんは心の中でこう思った。「これは何だろう。何をするものだろう。」思わずポカンとしていると、突然「ゴオン」という音が聞こえ、まるで釣鐘か銅磬(けい。吊り下げて撞木(しゅもく)で打ち鳴らす楽器)が鳴ったようで、びっくりして眼を見開いた。続いて連続でまた八九回鳴ったので、これが何か尋ねようとしていた時、若い召使たちが一斉に走って来て言った。「奥様がお出ましです。」平兒と周瑞の家内は急いで立ち上がり、言った。「お婆さん、座っていればいいんだよ。適当なタイミングで、わたしたちがお呼びするから。」そう言いながら、お出迎えに行った。

 劉婆さんは音を立てずに聞き耳をたてて黙って待っていると、遠くから人の笑い声が聞こえ、二十人近くの婦人たちが、スカートのすそをサラサラ擦りながら、次第に広間に入って来て、あちらの部屋の中に向かった。また二三人の婦人が、赤い塗料で塗られた蓋付きの箱を捧げ持ち、こちら側に入って来て控えた。あちら側で「料理を並べて」と言うのが聞こえると、だんだんと人がぱらぱらと出て行き、料理を持ち控えている何人かだけが残った。しばらくの間、物音ひとつしなかった。ふとふたりの人がオンドル用のテーブルを一台担いで来て、こちらのオンドルの上に置くと、テーブルの上にお碗や大皿を並べたが、どれも魚や肉が一杯に盛られていて、多少料理の内容が異なるだけであった。板兒は一目見るなり、肉が食べたいと叫んだが、劉婆さんが手のひらで板兒を叩いた。ふと周瑞の家内がにこにこしながらやって来て、手招きして劉婆さんを呼んだので、劉婆さんはそれと察し、板兒を連れてオンドルを降り、広間の真ん中に行くと、周瑞の家内がまた劉婆さんにちょっとささやくと、ようやくゆっくりとこちらの部屋の中に入って行った。

 入口の外の銅の掛け金には赤地に刺繍を施したカーテンが掛けられ、南側の窓の下はオンドルで、オンドルの上には赤い毛氈が敷かれ、東側の板壁に寄りかけ鎖模様の入った錦の座椅子と脇息が置かれ、金糸で織ってきらきらした座布団が敷かれ、その横には銀の痰壺が置かれていた。かの鳳姐は日常使いのクロテン(紫貂)の昭君套(髻(もとどり(まげ))の下を覆う帽子状の防寒を兼ねた飾り)を付け、真珠を金糸や銀糸で連ねた額と耳の覆い(勒子lēi zi)を巻き、桃色の地に刺繍を施した上着を着て、深い藍色のつづれ織りを施した鼠色の外套に、赤い舶来のシロリスの毛皮のスカートを身に着けていた。肌はおしろいで真っ白、唇には紅が艶っぽく塗られ、あちらにきちんと座り、手には小さな銅の火箸を持って、手炙りの中の灰をいじっていた。板兒はオンドルの端に沿って立ち、小さな填漆(てんしつ)の茶盆を捧げ持ち、盆には小さな蓋付きの茶碗を乗せていた。鳳姐はまだ茶をもらわず、俯いたまま、ずっと灰をいじりながら、ゆっくりと言った。「どうしてまだ入ってもらわないの。」そう言いながら、頭を上げて茶をもらおうとすると、周瑞の家内が既にふたりを連れて前の方に立っているのが見えたので、それでようやく急いで立ち上がろうとして、まだ立ち上がらないうちに、顔中笑みを浮かべてふたりに挨拶し、また周瑞の家内に対し、腹立たし気に「どうして早く言わないの」と言った。劉婆さんは既に床に座って何度か額をつけてお辞儀し、若奥様に挨拶をした。鳳姐は慌てて言った。「周姉さん、すぐ手をお取りしてお辞儀をやめて頂いて。わたしは年端もいかないもので、(礼儀作法を)あまりよく知りません。また(お婆さんが長幼の順序で)どの年代の方かも存じ上げないので、どうお呼びしたらよいか分からないのです。」周瑞の家内は急いで答えた。「この方が先ほど申し上げたお婆様です。」鳳姐は頷き、劉婆さんは既にオンドルの縁に座っていた。板兒は劉婆さんの背後に隠れ、手を尽くして出て来て挨拶するよう言っても、決して出て来ようとはしなかった。


 鳳姐は笑って言った。「親戚の方たちはあまり往き来されないので、皆疎遠になっています。知っている人たちは、あなたのところがわたしたちを嫌って相手にしないと言って、あまり来ようとしないのです。情況を知らない人たちは、わたしたちがその方たちを見下して相手にしていないと誤解されているようなのです。」劉婆さんはひたすら念仏を唱えて言った。「うちは暮らし向きが苦しく、(路銀が無く)出て来ることさえままならなかったのです。ここに出て来たのも、(手土産も持たずに来て)若奥様のお顔をつぶそうと思ったのではなく、お屋敷の皆さんにわざと貧乏を装っているように感じさせようとしたのでもありません。」鳳姐は笑って言った。「大丈夫、誰も気を悪くしていませんよ。でも(この家は)お爺様の名声に頼って、朝廷の役職を保っている貧しい役人に過ぎなくて、何様でも無いのですよ。見掛け倒しに過ぎません。ことわざにも言うじゃないですか、「どんな富貴な家にも貧しい親戚がいる」とね。ましてやお宅とうちの間柄じゃないですか。」そう言いながら、また周瑞の家内に尋ねた。「お母さまはもう戻られて。」周瑞の家内が言った。「奥様のご指示のままに。」鳳姐は言った。「ちょっと見て来ておくれ。もしお客様がおられたらそれでいい。もしお暇なようなら、戻って来て、どうおっしゃっているか教えておくれ。」周瑞の家内は「はい」と答えてそちらへ向かった。

 こちらでは鳳姐が人に言いつけて、お菓子を少し持って来させて板兒に与え、ちょうど二言三言世間話でもしようとしていると、いくつかの家族のお嫁さんや執事が取り次ぎを頼みに来た。平兒が戻って来たので、鳳姐は言った。「わたしは今お客のお相手をしているので、夜にまた来てちょうだい。もしお急ぎなら、あなたがここにお連れしてくれればすぐに対応するわ。」平兒は出て行って、しばらくして入って来て言った。「お尋ねましたら、急ぎの用件は無いです。あの方たちには戻るよう申し上げました。」鳳姐は頷いた。すると周瑞の家内が戻って来て、鳳姐に言った。「奥様は、「今日は時間が無い、若奥様がお相手しても同じことで、お心がけに感謝する。もしただ遊びに来られただけならそれでいい。何か話があるなら、若奥様に言ってもらえばそれでいい。」とおっしゃっていました。」劉婆さんは言った。「別に何もお話しすることは無いですよ。奥様や若奥様のお顔をちょっと拝みに伺っただけで、親戚のよしみですよ。」周瑞の家内が言った。「何も言うことが無ければそれでもいいのよ。もし話があるなら、若奥様に相談しさえすれば、奥様と同じことなのよ。」そう言いながら、目くばせした。

 劉婆さんは意を察して、言葉が出ないうちに先に顔を赤らめた。今言わなかったら、今日何のために来たのだろう。それで無理やり口を開かざるを得なかった。「今日初めてお目にかかって、元々言うまいと思っていたのですが、遠くからこちらさんに駆け込んで来た以上は、申し上げない訳にはいかないのです……」ここまで言った時、母屋の入口から小僧たちが入って来てこう言うのが聞こえた。「東府の若様がお越しになりました。」鳳姐は急いで劉婆さんに手を振って言った。「言う必要はありませんよ。」一方で尋ねた。「蓉叔父様はどちらにおられるの。」するとこちらに歩いて来る靴音が聞こえ、17、8歳の少年が入って来た。眉目秀麗で、体つきがスラッとし、綺麗な衣服に華やかな冠を付け、軽い皮の上着と宝石の飾りを身に着けていた。お婆さんはこの時、座るでもなく、立つでもなく、隠れように隠れるところがなく、身をかわそうにも、適当な場所が無かった。鳳姐は笑って言った。「お婆さんは座っていらっしゃって。この人はわたしの甥だから。」劉婆さんはもじもじとオンドルの縁に身体を斜めにして座った。

 かの賈蓉は挨拶を交わし、笑って言った。「わたしの親父からおばさんに頼むよう言われて来ました。この前叔父の奥さんがおばさんにくださったあのガラスのオンドル用の衝立ですが、明日大切なお客さんの接待があるので、ちょっと並べておきたいんです。すぐお返ししますから。」鳳姐は言った。「来られるのが遅かったですわ。昨日もう人にあげてしまったの。」賈蓉はそう聞いて、にこにこ笑ってオンドルの端に片膝をついて言った。「おばさんが貸してくれないなら、親父はわたしが人に頼み事もできないと言って、一発殴られてしまいます。おばさん、後生だから、わたしを可哀そうと思って。」鳳姐は笑って言った。「こちらにある王家のものは何でも上等だと思っていらっしゃるのではないわよね。あんたのとこにもあんな上等なものが置かれているのに、うちのものだけが良いと思わないでほしいわ。一目見るなり、持って帰ろうと思うなんて。」賈蓉は笑って言った。「どうかおばさん、お慈悲を施しください。」鳳姐は言った。「ちょっとでもぶつけて壊したら、あんた、ただでは済まないわよ。」そう言って平兒に命じて、玄関のところの鍵を持って来させ、何人か適当な人を呼んで担いで行かせようとした。賈蓉は喜んで相好を崩し、慌てて言った。「わたしが自分で人を連れて持って行きますよ。乱暴に扱ってぶつけさせないで。」そう言いながら、立ち上がって出て行った。

 この鳳姐はふとある用事を思い出し、窓の外に向かって大声で言った。「蓉ちゃん、戻って来て。」外にいた何人かがその声に次いで言った。「蓉旦那様、お戻りください。」賈蓉は急いで戻って来て、満面の笑顔で鳳姐を見つめながら、どんな用件か聞いた。かの鳳姐はただゆっくりと茶を飲むばかりで、しばらく神経を何かに集中し、黙っていたが、ふと顔を赤らめると、笑って言った。「もういいわ。あなた、先にお帰りになって。夕食後、あなたが来られたらまた言いますわ。今は人がいるから、わたしもその気にならないわ。」賈蓉は「はい」と答え、口をすぼめて笑い、それからしばらくしてゆっくりと退出した。

 この劉婆さんはようやく落ち着いたので、こう言った。「わたしが今日あなたの甥を連れて来たのは、他でもなく、この子の両親は食べるものも無く、季節も寒くなってきたものですから、仕方なく甥っ子を連れてこちらに駆け込んで来ざるを得なかったのです。」そう言いながら、板兒の肩を押して言った。「あんたの父さんは家でどうあんたに教えたの。わたしたちにこちらに来て何をするよう言ったの。お菓子を食べることばかり考えてちゃだめよ。」鳳姐はとっくに来意を察していたので、板兒が話ができないでいるのを見て、笑って言った。「言う必要ないわよ。分かっているから。」それで周瑞の家内に尋ねて言った。「このお婆さんは朝ごはんは食べられたの。」劉婆さんは急いで言った。「朝一番でこちらに伺ったので、飯を食ってる時間もありませなんだ。」鳳姐はそれで「すぐに食事をお持ちして。」と命じた。

 しばらくして周瑞の家内はお客をもてなす料理を一卓運ばせて、東の部屋に並べさせ、こちらに戻ると劉婆さんと板兒を連れて行って食べさせた。鳳姐はこちらで言った。「周姉さんがちゃんとお世話をしてあげてね。わたしは付いてあげられないから。」一方でまた周瑞の家内を呼んで近くに来させて尋ねた。「先ほど奥様のところから戻って来られたけど、奥様はどうおっしゃっていたの。」周瑞の家内は言った。「奥様はこうおっしゃっていました。「あの人たちは元々同じ一族ではありません。曾て、あの人たちのご祖先と大爺様が同じ役所に勤めておられたので、同族のよしみを結んだのです。ここ数年はあまり往き来がありませんでした。当時はあの方たちが来られるのは、必ず何か用事があってのことでした。今私たちに会いに来られたのも、あちらさんの善意ですから、失礼があってはいけません。どう申し上げるかは、若奥様が決められればよろしいです。」」鳳姐はそれを聞いて言った。「道理で同じ一族と言いながら、わたしが見たことも聞いたことも無い訳だね。」

 このように話している間に、劉婆さんは既に食事を食べ終え、板兒を連れてやって来て、舌なめずりしながらお礼を言った。鳳姐は笑って言った。「ちょっとお座りになって。わたしが言うことをお聞きになって。先ほど言われたご用件、了解しました。親戚のよしみで言えば、元々尋ねて来られるのを待たずに応対するのが筋ですが、ただ今は家の中でやらないといけないことが多過ぎて、奥様もお歳をめされ、すぐには想いが廻(めぐ)らないこともあるのです。わたしは今家のことを引継ぎましたが、こうした親戚関係のことはあまり存じ上げないし、ましてや表面的にはとてもにぎやかに見えても、大きな家にはもた違った難しさがあって、それを人に言ってもなかなか信じてもらえないのです。お婆さんは遠くからお越しになり、またいの一番にわたしのところに尋ねて来られたのに、どうして手ぶらでお帰しできるでしょうか。ちょうど昨日奥様がうちの召使たちに衣裳を作るのにくださった二十両の銀子がまだ手つかずです。少なくて申し訳ないのですが、とりあえず持ち帰って使ってください。」

 かの劉婆さんは先ほど自分たちが生活が困窮していると話したが、助けてもらえる希望が無いと思っていたところ、二十両の銀子をいただけると聞き、嬉しくて相好を崩して言った。「うちでもそちら様がご苦労されているとは伺っておりましたが、ただ諺にも「痩せ死にした駱駝でも馬より大きい」と申しますわな。どう比べても、おたくが抜いた産毛一本だって、うちらの腰回りよりまだ太いですからの。」周瑞の家内は傍で聞いても婆さんの言が粗野なものだから、ひたすら目くばせして婆さんが言うのを止めさせた。鳳姐は笑って気にもかけず、平兒に昨日のあの銀子の包みを持って来させ、更にひとさしの銅銭を取り出し、それらを皆劉婆さんのそばに持って行ってやった。鳳姐は言った。「これが二十両の銀子です。とりあえずこの子に冬の衣服でも作ってやってください。後日何もなければ、こちらに都見物にいらしていただければ、それでこそ親戚どおしと言うものです。今日はもう時間も遅いので、無駄にあなたがたをお引止めしません。お家に戻られたら、皆さんによろしくお伝えください。」そう言いながら、立ち上がった。

 劉婆さんはただひたすら恩義を感じて感謝し、銀子と銅銭を手に、周瑞の家内と一緒に家の外に出た。周瑞の家内は言った。「おやまあ、あなたはどうしてあの方にお会いしてもちゃんと話を申し上げなかったの。口を開けば「あなたの甥」だなんて。たとえ実の甥だって、話をするときはことばに注意して、もう少し優しく言わないと。あの蓉旦那様こそあの方の甥御さんなのに、あんたはどうして「あなたの甥」なんて無茶な言い方をしたの。」劉婆さんは笑って言った。「姉さん。わたしはあの方にお会いして、内心あの方が好きでたまらなくなったのだけど、その気持ちがことばで表せなくなったのよ。」ふたりは話しながら、また周瑞の家に戻ってしばらく座っていたが、劉婆さんは銀子を一個周瑞の家内に渡し、周家の子供たちにお菓子を買って食べさせるよう言ったが、周瑞の家内はそんなものは眼中に無く、決して受け取ろうとしなかった。劉婆さんはどんなに感謝してもし尽くせなかったが、また屋敷の裏門から帰って行った。劉婆さんが帰った後にどうなったか、次回で解き明かします。

 以上で第六回は終了。今回鳳姐が劉婆さんにかけた恩により、あとあと鳳姐の娘がお返しで助けられるということが第五回に書かれていましたが、それはまた後のお話。この後、物語がどのように展開するかは、第七回のお楽しみです。

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