新古今和歌集の部屋

源氏物語 湖月抄 手習 尼になさせ給ひてよ


     手習君の返事也。箋身をなげんとせし事也
んとの給。世中に侍らじと思たち侍し身
の、いとあやしくて今まで侍るをこゝろ
うしと思侍る物から、よろづにものせさせ
給ける御こゝろばへをなんいふかひなきこゝ
ちにも、思たまへしらるゝを、猶よづかずの
み、つゐにえとまるまじく思たまへらるゝ
を、あまになさせ給ひてよ。世中に侍るとも
れいの人まで、ながらふべくも侍らぬ身
         僧都の詞也
になどきこえ給。まだいと行さきとをげ
なる御程に、いかでかはひたみちに、しかばお
ぼしたゝん。かへりてつみあることなり。思た
ちて、心をおこし給ほどはつよくおぼせ
 
 
頭注
よろづに物せさせ給ける
皆々戀にし給ふと也。
僧都の御心は人のあり
がたきと也。いのりなど
したまひしこと也。
つゐにえとまるましく
終に世に生とまる
まじきなれば尼にな
してと也。
 
れいの人にてながらふべくも
侍らぬ 女のかたちにて
はあらじと思ふと也。
 
いかでひたみちにしるは
おぼしたらん 若きほど
にいかで一向にさやうに
は思しめしたるつべきと也。出
家は御無用との心也。
かへりてはつみあることなり。

頭注
出家の末とげねばかへ
りて罪なりと也。
 女の身は年月をふれば不慮もある物と也
ど、年月ふれば女の御身といふもの、いと
                     手習の返事也
たい/"\しきものになどの給へば、おさなく
侍しほどより、物をのみ思ふべき有さまに
                   見
て、おやなどに、あまになしてや、みましなどな
ん思の給し。ましてすこし物思しりて後は、
          のち
例の人ざまならで後の世をだにと思ふ
こゝろふかく侍しを、なくなるべき程のやう
やうちかくなり侍るにや。心ちのいとよはく
のみなり侍るを、なをいかでとてうちなき
     僧都の心中也
つゝの給。あやしくかゝるかたちありさまを、
などて身をいとはしく思はじめ給ひけん。物
のけもさこそいふなりしかと、思あはする
 
頭注
思ひたちて心をおこし給
ふほどは 行さき遠き
若き人の後悔の心あら
ばかへりてつみふかくなるべし。
おさなく侍しより
宿木巻にや母の手習
を尼にやなさましなどい
ひし事あり。
 
 
なくなるべきほどのやう/\
ちかく 手習君の残りす
くなく心ぼそきよし也。
なをいかでとて 心も
よはく成たれば出家し
たきと也。何とぞ
して出家せまほしき
と也。
物のけもさこそ
以前祈しときの事也。
師此人は心と世をうらみ

頭注
給ふてとよりましのいひ
しことを僧都の思ひ合
せ給ふ也。
  其子細こそあるらめと也
に、さるやうこそはあらめ。いままでいきた
         物のけの事也
るべき人かは。あしきものゝみつけそめたる
に、いとおそろしくあやうきことなりと覚
   僧都の詞
して、とまれかくまれおぼしたちての給を、
さんばう                 法師とし
三寶のいとかしこくほめ給ことなり。法し
て是を無用といふべきにあらずと也
にて聞え返すべきことにあらず御いむ
   出家させ申さんはやすき事なれどゝ也
ことはいとやすくさづけ奉るべきを、きう
                    かの 中宮へ也
なることにてまかでたれば、こよひは彼宮
に參るべく侍りあすよりや御ず法はじ
               歸路の時出家させ申さんと也
まるべく侍らん。七日はてゝまかでんに、つか
                 手習君の心中也
うまつらんとのたまへば、かのあま君おはし
なば、かならずいひさまたげてんといとく
 
 
 
頭注
三寶のいとかしこく
仏の出家する事はほ
むる事と也。仏法
僧を三寶といへばいづ
れも仏といふ心也。
きうなる事にて
公請にて急なる事
なれば也。急て參内
するほどにと也。三一
品の御物のけ故也。
 
かの尼君 手習ノ君の心
中也。七日すぎばかの尼
君還向有べしと也。

ちおしくて、みだり心゙ちのあしかりし
           是より詞也
程にしたるやうにて、いとくるしく侍れ
ば、をもくならばいむことかひなくや侍らん。
猶けふはうれしきおりとこそ思侍れとて、
            僧都心也
いみじくなき給へば、ひじり心゙にいと/\お
       僧都の詞也。面白き書さま也
しく思ひて、夜やふけ侍ぬらん。やま
よりおり侍ること、むかしはこととも覚え
             老也
給はざりしを、としのをふるまゝには、たへが
たく侍ければ、うちやすみて内にはまいら
んと思侍るを、しかおぼしいそぐことなれば、
                   手習君の心也
けふつかうまつりてんとの給ふに、いとうれし
くなりぬ。はさみとりて、くしの箱のふた
頭注
みだり心ち 是より
やうにてといふ迄心の
中也。心ちつよくわづ
らふ故にしたる分に
て有べしと心がまへ
をしたる也。
 
 
 
 
 
 
うちやすみて内には
休息して參内せん
となり。
 
 
 

ん」と宣ふ。
「世の中に侍らじと、思ひ立ち侍りし身の、いとあやしくて今まで
侍るを、心憂しと思ひ侍る物から、万づに物させ給ひける御心映へ
を、なん言ふ甲斐無き心地にも、思ひ給へ知らるるを、猶世付かず
のみ、遂に、え留まるまじく思ひ給へ知らるるを、尼になさせ給ひ
てよ。世の中に侍るとも、例の人まで、長らふべくも侍らぬ身に」
など聞こえ給ふ。
「未だ、いと行き先遠げなる御程に、いかでかはひたみちに、しか
ば思したたん。却へりて罪有る事なり。思ひ立ちて、心を起こし給
ふほどは、強くおぼせど、年月経れば、女の御身といふもの、いと
たいだいしきものに」など宣へば、
「幼く侍し程より、物をのみ思ふべき有樣にて、親などに、尼にな
してや見ましなどなん思ひ宣ひし。まして少し物思ひ知りて後は、
例の人樣ならで、後の世をだにと思ふ心深く侍しを、亡くなるべき
程のやうやう近くなり侍るにや。心地のいと弱くのみなり侍るを、
猶いかで」とてうち泣きつつ宣ふ。あやしくかかる形姿有樣を、な
どて身を厭はしく思ひ始め給ひけん。物の怪もさこそ言ふなりしか
と、思ひ合はするに、然るやうこそはあらめ。今まで生きたるべき
人かは。悪しき物の見付け初めたるに、いと恐ろしく危うき事なり
と覚して、
「とまれ、かくまれ、思し立ちて宣ふを、三宝のいとかしこく褒め
給ふ事なり。法師にて聞え返すべき事にあらず。御忌む事は、いと
易く授け奉るべきを、急なる事にて、まかンでたれば、今宵は彼の
宮に參るべく侍り。明日よりや御修法始まるべく侍らん。七日果て
てまかンでんに、仕うまつらん」と宣へば、彼の尼君御座しなば、
必ず言ひ妨げてんと、いと口惜しくて、みだり心地の悪しかりし程
にしたるやうにて、
「いと苦しく侍れば、重くならば忌む事甲斐無くや侍らん。猶、今
日は嬉しき折りとこそ思ひ侍れ」とて、いみじく泣き給へば、聖、
心にいと愛をしく思ひて、
「夜や更け侍ぬらん。山より下り侍る事、昔はこととも覚え給はざ
りしを、歳の老ふるままには、堪へ難く侍りければ、打休みて、内
には參らんと思ひ侍るを、しか思し急ぐ事なれば、今日仕うまつり
てん」と宣ふに、いと嬉しくなりぬ。鋏取りて、櫛の箱の蓋
 
 
略語
※奥入 源氏奥入 藤原伊行
※孟 孟律抄  九条禅閣植通
※河 河海抄  四辻左大臣善成
※細 細流抄  西三条右大臣公条
※花 花鳥余情 一条禅閣兼良
※哢 哢花抄  牡丹花肖柏
※和 和秘抄  一条禅閣兼良
※明 明星抄  西三条右大臣公条
※珉 珉江入楚の一説 西三条実澄の説
※師 師(簑形如庵)の説
※拾 源注拾遺
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