源氏物語 中院通勝他筆 慶長十三年本
桐壺
いづれの御時にか女御更衣あまた
いづれの御時にか女御更衣あまた
さぶらひ給ける中にいとやむごと
なきゝはにはあらぬがすぐれてとき
めき給ありけり。はじめよりわれはと
おもひあがり給へる御かた/"めざまし
きものにおとしめそねみ給。おなじほど
それより下臈ふの更衣たちはまして
やすからず。朝夕のみやづかへにつけても
人の心をのみうごかしうらみをおふつもり
にやありけむいとあつしくなりゆきもの
夕顔
よりもおちぬべければいでこのかつらぎ
よりもおちぬべければいでこのかつらぎ
のかみこそさがしうしをきたれとむつ
かりて物のぞきの心もさめぬめり。
君は御なをしすがたにて御随身ど
もゝありし。なにがしくれがしとかぞへしは
頭中将の随身そのことねりわらはを
なむしるしにいひ侍し。などきこゆ
ればたしかにそうの車をぞ見まし。との
たまひてもしかのあはれにわすれ
ざりし人にや。とおもほしよるもいとしら
まほしげなる御けしきをみてわた
くしのけさうもいとよくしをきてあ
ないものこる所なく見給へをきながら
ただわれどちとしらせて物などいふ
わかきおもとの侍るをそらおぼれして
なむ●かれまかりりく。いとよくか
くしたりと思ひてちいさきこどもな
どの侍がことあやまりしつべきも
いひまぎらはして又人なきさまをし
ひてつくり侍。などかたりてわらふ。尼君
柏木
あやしきとりのあとのやうにて、
ゆくゑなき空のけぶりとなりぬとも
おもふあたりをたちはゝなれじ。ゆふべは
わきてなめさせ給へ。とがめきこえさせ
たまはむ人めをもいまは心やすくおぼしなりて
かひなきあはれをだにもたへずかけさ給へ
などかきみだりて心地のくるしさまさりけれ
ばよしいたうふけぬさきにかへりまいりた
まひてかくかぎりのさまになむともきこえ
給へ。いまさらに人あやしと思あはせんを
我よのゝちさへ思こそくるしけれ。いかなるむか
しのちぎりにていとかゝることしも心にしみ
けんとなく/\ゐざりいりたまひぬればれい
はむこにむかへすゑてすゞろ事をさへいはせ
まほしうしたまふをことすくなにてもと思が
あはれなるにえもいでやらず。御ありさまを
めのともかたりていみじくなきまどふ。おとゞ
などのおぼしたるけしきぞいみじきや。昨日
けふすこしよろしかりつるをなどかいとよはげ
には見え給ふ。とさはぎ給ふ。なにかなをとま
すゑつむ花 あふひ
(末摘花) (葵)
こてふ うきふね
(胡蝶) (浮舟)
静嘉堂文庫美術館
平安文学、いとをかし
―国宝「源氏物語関屋澪標図屏風」と王朝美のあゆみ
2024年11月16日(土)~2025年1月13日(月・祝)
静嘉堂@丸の内 (明治生命館1階)