新古今和歌集の部屋

方丈記における和歌的表現、漢詩的表現 1

(ウェッブリブログ 2014年11月29日~)

1 はじめに
方丈記は、池亭記に近く、それを模倣したとも云われる。しかし、文章に出てくる流れるような分脈が、後世に多くの影響を及ぼした。特に鴨長明の多くの知識がこの文を支えている。
方丈記の中には、俊恵の弟子として歌林苑に参加した和歌に精通していないと書けないもの、漢詩、特に白居易の知識がないと書けないもの、仏典に由来するものが多数散り乱れている。文章自体も対句を多用して漢詩的な要素を取り込んでいる。
しかし、こと四大災害一変事においては、それらの文学的要素は少なく、また、本来の下鴨神社の神職である神道の知識はほとんど見られない。
そこで、方丈記の文章の内、和歌的な表現と漢詩的な表現を抽出し、長明のそれらについて分析することとした。

2 和歌的表現、漢詩的表現
方丈記の文の内、和歌的な知識の元に書かれた部分、漢詩的な知識の元に書かれた部分を抽出してみると、以下のとおりである。

玉敷きの都の(1)うちに棟を並べ…
いづれの所をしめて、いかなるわざをしてか、しばしもこの身をやどし、たまゆら(2)もこころを やすむべき。
我が身、父方の祖母の家を伝へて、久しく彼の所に住む。その後、縁欠けて、身衰へ、しのぶ かたがたしげかりしかど(3)、つひに屋とどむる事をえず。…
所、河原近ければ水難も深く、白波の恐れもさはがし(4)。…
こに六十の露消えがた(5)に及びて、更に末葉の宿り(6)をむすべる事あり。…
いま、日野山の奥に跡を隠してのち、東に三尺余の庇をさして、柴折りくぶる(7)よすがとす。…東の際に蕨のほとろ(8)を敷きて夜の床とす。
まさきのかづら、跡うづめり(9)。谷しげければ、西はれたり。観念のたより、なきにしもあらず。春は藤波を見る。紫雲(10)のごとくして西方に匂ふ。夏は郭公を聞く。語らふごとに死出の山路を契る(11)。秋はひぐらしの声耳に満てり。うつせみの世を悲しむ(12)ほど聞こゆ。冬は雪をあはれぶ。積り消ゆるさま罪障(13)にたとへつべし。…

もし跡の白波にこの身を寄する(14)朝には、岡の屋(15)にゆきかふ船をながめて、満沙弥が風情(16)をぬすみ、もしかつらの風、葉を鳴らす夕べには、尋陽の江(17)を思ひやりて、源都督の行ひをならふ。もし余興あれば、しばしば松の響きに(18)秋風楽をたぐへ、水の音に流泉の曲をあやつる。…
或はすそわの田居にいたりて、落穂を拾ひて(19)穂組をつくる。…

うららかなれば、峰によぢのぼりて、はるかにふるさとの空をのぞみ(20)、木幡山、伏見の里、鳥羽、羽束師をみる。勝地は主なければ(21)、心をなぐさむるにさはりなし。…
もし夜しづかなれば、窓の月に故人をしのび(22)猿の声に袖をうるほす(23)。叢の蛍は遠く槙のかがり火にまがひ(24)暁の雨はおのづから木の葉吹く嵐に似たり(25)山鳥のほろと鳴くを聞きても、父か母かと疑ひ(26)、峰のかせぎの近く馴れたるにつけても、世に遠ざかるほどを知る(27)
或はまた、埋づみ火をかきおこして、老いの寝覚めの友とす(28)。恐ろしき山ならねば、ふくろふの声をあはれむ(29)につけても、山中の景気、折につけて就くる事なし。いはむや、深く思ひ、ふかく知らむ人のためには、これにしも限るべからず。…
みさごは荒磯にゐる(29)。すなはち人を恐るるがゆゑなり。…
今一身を分かちて、二の用をなす。手の奴、足の乗物、よくわが心にかなへり。心、身の苦しみを知れば、苦しむ時は休めつ、まめなれは使ふ。使ふとても、たびたび過ぐさず。物うしとても、心を動かす事なし。(30)

また同じ藤の衣(31)麻の衾(32)、得るにしたがひて、肌を隠し、野辺のおはぎ(33)、峰の木の実、わづかに命をつぐばかりなり。…

閑居の気味(34)もまた同じ。…
そもそも一期の月傾きて(35)余算の山の端に近し(36)。…今、草庵を愛するも(37)閑寂に着する(38)も、さばかりなるべし。

静かなる暁(37)、このことわりを思ひ続けて、みづから心に問ひていはく「世を逃れて山 林にまじはるは、心ををさめて道を行はむとなり。…

 

(1)たま敷きの都の
たましきとは、みやこなり 能因歌枕
(参考)
玉敷きの露の台も時にあひて千代の始めの秋は来にけり 藤原為家 新続古今集 夫木抄
玉敷きの都に春は立ちにけり東の方や先づ霞むらむ 道助法親王五十首

(2)たまゆら
暫といふ事をば、たまゆらといふ 能因歌枕
久方の天の香具山の郭公玉響き啼け神のまにまに 源師時 堀河院御時百首

(3)偲ぶ方々
住み侘びて我さへ軒のしのぶ草偲ぶ方々しげき宿かな 周防内侍 金葉集
周防内侍、我さへ軒のと書き付けける古郷にて、人々思ひをのべけるに
いにしへはついゐし宿もあるものを何をか忍ぶしるしにはせむ 西行 山家集

(4)白波の恐れも騒がし
ふちせどもいさやしら浪立ち騒ぐわか身ひとつは寄る方もなし よみ人しらず 後撰集

(5)六十の露消えがたに及びて
長き世の末思ふこそ悲しけれ法の灯火消え方の頃 九条良経 秋篠月清集西洞隠士百首

(6)末葉の宿り
朝な朝な志賀のしからむはきかえの末葉の露の有り難の世や 増基 千載集

(7)柴折りくぶる
寂しさに煙をだにも立たじとて柴折りくぶる冬の山里 和泉式部  後拾遺集

(8)蕨のほどろを敷き
なほざりに焼き捨てし野の早蕨は折る人なくてほどろとやなる 西行 山家集

(9)まさきのかづら、跡うづめり
松にはふまさきのかつらちりぬなり外山の秋は風すさむらん 西行 西行法師集

(10)春は藤波を見る。紫雲のごとくして
おしなべてむなしき空とおもひしに藤咲きぬれば紫の雲 慈円 新古今集
西を待つ心に藤を懸けてこそゝの紫の雲を思はめ 西行 山家集

(11)夏は郭公を聞く。語らふごとに死出の山路を契る
待賢門院の女房堀川のつぼねもとよりいひおくられける 待賢門院の女房堀川のつぼね
この世にて語らひおかんほとときす死出の山路のしるべともなれ 待賢門院堀河
かへし
ほとときすなく/\こそはかたらはめしでの山路に君しかからば 西行 山家集
鳴き帰る死出の山路のほととぎす憂き世に迷ふ我を誘へ 相模 相模集

(12)秋はひぐらしの声耳に満てり。うつせみの世を悲しむほど聞こゆ
ひぐらしの声ばかりする柴の戸は入り日のさすに任せてぞ見る 藤原顕季 金葉集
ひぐらしに鳴くほととぎす鴬もしかや悲しき空蝉の世に 斎院女御 斎院女御

(13)冬は雪をあはれぶ。積り消ゆるさま罪障にたとへつべし
年の内に積もれる罪はかきくらし降る白雪とともに消えなん 紀貫之 拾遺集

(13)跡の白波にこの身を寄する朝には
白波の寄する渚に世をすぐす海士の子なれば宿もさだめず よみ人知らず 和漢朗詠集 新古今集

(15)岡の屋にゆきかふ船をながめて
伏見過ぎぬ岡の屋に猶止まらじ日野まで行きて駒こころみむ 西行 山家集

(16)満沙弥が風情をぬすみ
世の中をなににたとへむあさほらけこきゆく舟のあとのしら浪 沙弥満誓 拾遺集

(17)桂風、葉を鳴らす夕には、潯陽の江を思ひやりて、源都叔の行ひを習ふ
  琵琶行 白居易 白氏文集
潯陽江頭夜送客 楓葉荻花秋瑟瑟
主人下馬客在船 舉酒欲飮無管絃
醉不成歡慘將別 別時茫茫江浸月
忽聞水上琵琶聲 主人忘歸客不發
尋聲闇問彈者誰 琵琶聲停欲語遲
移船相近邀相見 添酒迴燈重開宴
千呼萬喚始出來 猶抱琵琶半遮面

(18)しばしば松の響きに秋風楽をたぐへ
ことのねに峯の松風かよふらしいつれのをよりしらへそめけん 斎宮女御 拾遺集
琴の音に響き通へる松風に調べても鳴く蝉の声かな 読み人知らず 古今六帖
住吉の松のうれより響き来て遠里小野に秋風ぞ吹く 後徳大寺実定
松風に大和琴音響き合ひて庭井の笛も空に澄むなり 藤原俊成

(19)或はすそわの田居にいたりて、落穂を拾ひて穂組をつくる
吾妹子が裾わの田ゐに引き連れてたこの手間無く取る早苗かな 藤原顕季 堀河院百首

(20)峰によぢのぼりて、はるかにふるさとの空をのぞみ
山深く入りぬる峰に雲晴れて麓と見ゆるふる里の庵 藤原隆信 御室五十首歌

(21)勝地は主なければ、心をなぐさむるにさはりなし
遊雲居寺贈穆三十六地主 白居易 白氏文集 和漢朗詠集
亂峰深處雲居路 共蹋花行獨惜春
勝地本來無定主 大都山屬愛山人

(22)窓の月に故人をしのび
三五夜中新月色 二千里外故人心 白居易 白氏文集 和漢朗詠集 

(23)猿の声に袖をうるほす
胡雁一聲秋破商客之夢
巴猿三叫暁霑行人之裳 江相公 和漢朗詠集

(24)叢の蛍は遠く槙のかがり火にまがひ
晴るる夜の星か河邊の螢かもわが住む方に海人のたく火か 在原業平 伊勢物語 新古今集
宇治川の瀬々の網代に鵜飼舟哀れとや見る槇の島人 慈円 拾玉集

(25)暁の雨はおのづから木の葉吹く嵐に似たり
時雨かと目覚めの床に聞こゆるは嵐にたへぬ木の葉なりけり 山家集 西行
神無月寝覚めに聞けば山里のあらしの声は木の葉なりけり 能因 後拾遺集

(26)山鳥のほろと鳴くを聞きても、父か母かと疑ひ
山鳥のほろほろとなく声聞けば父かとぞ思ふ母かとぞ思ふ 行基菩薩

(27)峰のかせぎの近く馴れたるにつけても、世に遠ざかるほどを知る
山深み馴るるかせぎの気近さに世を遠ざかるほどぞ知らるる 西行 山家集

(28)埋づみ火をかきおこして、老いの寝覚めの友とす
埋み火の無からましかば冬の夜の老いの寝覚めは誰かとはまし 俊成祇園百首
参考
友と見る老の目覚めの埋み火は掻き熾されてあはれなるかな 為家五社百首

(29)恐ろしき山ならねば、ふくろふの声をあはれむ
山深み気近き鳥の音はせで物怖ろしき梟の声 山家集 西行

(29)みさごは荒磯にゐる
夕まぐれ鷹と見つれば荒磯の波間を分くるみさごなりける 源俊頼 散木奇集
荒磯の波にそなれて這ふ松はみさごのゐるぞ頼りなりける 西行 山家集
荒磯のさきつる岩に居るみさご絶えずや波の花を見るらむ 静空 正治初度百首

(30)今一身を分かちて、二の用をなす。手の奴、足の乗物、よくわが心にかなへり。心、身の苦しみを知れば、苦しむ時は休めつ、まめなれは使ふ。使ふとても、たびたび過ぐさず。物うしとても、心を動かす事なし。
風雪中作 白居易 白氏文集
歲暮風動地夜寒雪連天
老夫何處宿暖帳溫爐前
兩重褐綺衾一領花茸氈
粥熟呼不起日高安穩眠
是時心與身了無閑事牽
以此度風雪閑居來六年
忽思遠遊客復想早朝士
蹋凍侵夜行凌寒未明起
心爲身君父身爲心臣子
不得身自由皆爲心所使
我心既知足我身自安止
方寸語形骸吾應不負爾

(31)藤の衣
右大将公能、父の服のうちにははなくなりぬとききて、高野よりとふらひ申しける
重ね着る藤の衣を頼りにて心の色も染めよとぞ思ふ 西行 山家集

(32)麻の衾
冬寒み霜冴ゆる夜は明けぬれど麻の衾ぞぬかれざりける 源顕仲 永久四年百首
君来ばと埴生の小屋の床の上に麻手小衾引きてこそをれ 源俊頼 永久四年百首

(33)野辺のおはぎ
春日野に煙立つ見ゆ乙女こし春野のをはぎ摘みてくるらし 古今和歌六帖
君をこそあさばの原にをはぎ摘む賤のいしみのしみ深く思へ 源俊頼 散木奇集
賤の妻がをはぎ摘みてし春の野に夏は草根を分けて宿りぬ 源顕仲 永久四年百首

(34)閑居の気味
老來生計 白居易 白氏文集 和漢朗詠集
老來生計君看取白日遊行夜醉吟
陶令有田唯種黍鄧家無子不留金
人間榮耀因緣淺林下幽閑氣味深
煩慮漸消虛白長一年心勝一年心

(35)一期の月傾きて
眺むれば月傾きぬあはれ我がこのよの程もかはかりぞかし 深覚 後撰集
眺むれば更け行く空の月よりも我がよはひこそかたぶきにけれ 祝部成仲 続後撰集
もろともに行くべき道のしるべとて月も傾く西の山の端 円空上人 玉葉集

(36)余算の山の端に近し
菅原雅規 和漢朗詠集 老人
醉対落花心自静
眠思余算涙先紅

(37)草庵を愛するも
けふ見れは玉のうてなもなかりけりあやめの草のいほりのみして 読み人知らず 拾遺集

(38)閑寂に着するも
栽秋花 菅原文時 和漢朗詠集
多見栽花悦目儔
先時予養待開遊
自吾閑寂家僮倦
春樹春栽秋草秋

(37)静かなる暁
東南行一百韻寄通州元九侍御澧州李十一舍人果州崔二十二使君開州韋大員外庾三十二補闕杜十四拾遺李二十助教員外竇七校書 白居易 白楽天詩集 
黄昏鐘寂寂清曉角嗚嗚

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