東京高裁平成13年5月24日判決(平成10年(行ケ)第267号審決取消請求事件)
(判時1777号130頁)
本判決の事実の概要は以下のとおり。
X(原告)は、発明の名称を「複合シートによるフラッシュパネル用芯材とその製造方法」とする特許発明の特許権者である。Y(被告)はXの発明は特許法29条の2・29条2項・36条5項に該当し特許を受けることができないとの理由で無効審判の請求をしたが、特許庁は特許請求の範囲第1項の第1発明は、複合シートを利用することを要件とするフラッシュパネル用芯材の発明であるのに、先願明細書等には複合シートについて何ら記載はなく、複合シートをコア材料として用いることが、先願発明において自明のことであるとは認められないとしてこの請求を不成立とする第1次審決をした。これを不服としてYが提起した審決取消訴訟の第1次判決(東京高判平成7・7・11判工〔2期〕393の28頁)は、先願発明の出願時に、複合シートはフラッシュパネル用芯材として周知であり抗圧性の点でも有利であることが当業者には自明であったから、第1次審決の判断は誤りであり、この誤りは第1発明と先願発明は同一ではないとした審決の結論に影響を及ぼすことは明らかとして第1次審決を取り消した。第1次判決確定後、特許庁はさらに審理したうえ第1発明を無効とすることを含む第2次審決をしたので、Xが次のような取消事由を主張。
(1)取消事由1(先願発明に「複合シート」の記載があるとの誤認) ①「段ボール」をフラッシュパネル用芯材の素材として使用することを記載した文献は、先願発明より約23年も前に公告された刊行物で、それ以外にはないことは、長期間にわたって段ボールがフラッシュパネル用芯材として省みられていなかったことになり、このような素材が芯材として自明であるはずがない。同刊行物には、樹脂を含漬して折り畳むことを不可能とする素材としての段ボールが示されており、芯材として使用することは開示されていない。また、刊行物記載の「ボール紙その他の紙質の資材」には「段ボール」は当らず、同刊行物には段ボールのような一定の堅牢性を有する「複合シート」についての記載は全くない。②先願明細書中の「ぺ一パーコア用シート」は「折目」を設けた「ミシン目穴を多数形成する」ものであるという構造に特徴があり、材料についてのクラフト紙等の丈夫な方形の紙を多数枚用意する」との記載のみから同分野で慣用されているシート材のすべてを包含し、「複合シート」もシートとして記載されているに等しいとの認定は当時の技術常識を看過している。③行政処分取消判決の拘束力は、主文を導くのに不可欠な主要事実につき裁判所がなした具体的な認定・判断の限りで生じ、傍論や間接事実についての認定判断には生じないし、主要事実を認定する過程において審理・認定されるべきにもかかわらず全く看過され、あるいは遺漏のあった事実についてまでは拘束力は及ばない。無効請求を否定した審決の判断の違法とは、単に、審判において提出された証拠に基づく限り審決の認定では無効理由を否定しきれないというだけで無効理由の存在が確定されるわけではない。
(2)取消事由2(先願発明に糊代部の位置が当業者に読みとれる程度に記載されているとの誤認) ①甲第7号証公報は先願明細書の芯材と同一形状の芯材を使用していないのに、同公報の第5図と先願明細書の第4図は酷似した平面形状を呈しているから、第4図から「同一形状のシートを並列かつ相互に接着してセル構造を形成した芯材が示されている」とはいえず、また第4図は先願明細書の特許請求の範囲の欄の「以下上記の工程より第3枚目以上の各へ一パーコア用シートを下方のぺ一パーコア用シートの糊代部に接着してなる」との記載と矛盾しているから、第4図は、第1発明の「複合シートの各辺はそれぞれ概ね1/2の部分が隣接する複合シートと接着され、かつ残りの概ね1/2の部分が自由把持状態にあるように互い違いにずらして接着されている複合シートによるフラッシュパネル用芯材」との技術が記載されていることの根拠とはなり得ない。②先願明細書の第2図に従ってシートを積み重ねていくと、到底、第4図のような構造を作り出すことはできず、全く伸張不能な芯材を得ることしかできないことになるのに、審決はこのように矛盾に満ちた第4図にのみ依拠して先願発明の内容を把握し、第1発明と同一であると認定した明白な誤りがある。③確定した前判決の拘束力が取消事由1に係る事項に及ぶと認められたとしても、先願発明と第1発明との同一性一般に及ぶことはない。前審決は第1発明の構成要件のうち、芯材の材料に関するものが先願発明に欠けていることだけを根拠にYの主張を退けたのであって、構成要件のうち、最も重要な、シートの貼合せに関する構成については先願明細書に記載されているともいないとも判断していないから、前判決の判断内容も、特許庁がなしたフラッシュパネルの芯材の材料の相違についての判断を違法としたことに尽きる。
判旨は以下のとおり。
(1)「上記認定の事実によれば、本件第1発明は、複合シートを利用することが要件とされているのに、先願明細書等には複合シートについて何ら記載はなく、先願発明において複合シートを利用することが自明ともいえないから、本件第1発明と先願発明は同一とは認められない、との前審決の認定判断に対して、前判決は、先願発明においては、芯材として、複合シートを用いることが技術的に自明であると認定し、同認定を前提として、複合シートをコア材料として用いることが、先願発明において自明のことであると認めることもできないとした審決の認定判断は誤りであると判断したことが明らかである。そして、上記の、先願発明においては、芯材として、複合シートを用いることが技術的に自明である、との認定をするに当たって、先願発明の出願時において、本件第1発明と同じフラッシュパネル用芯材の技術分野で、その芯材を複合シート(段ボール)とするものが周知であったこと、先願発明において、当業者がこれをみた場合、その材料として、当然に「複合シート」を用いることができると理解すること、を認定しているのであるから、上記事実は、取消判決の判決主文が導き出されるのに必要な事実認定であったことが明らかである。そうすると、確定した前判決の拘束力は、上記事実認定に及ぶことが明らかである。」
(ii)「前述したとおり、前判決は、先願発明においては、芯材として、複合シートを用いることが技術的に自明であると認定し、同認定を前提として、複合シートをコア材料として用いることが先願発明において自明のことであると認めることもできない、とした審決の認定判断は誤りであるとの判断はしたものの、先願発明と本件第1発明の構成が同一であるか否かについて、それ以上には何らの認定判断もしていない。そうである以上、この点について、本件審決が前判決の拘束力を受けることはあり得ない。前審決が、本件第1発明においては、複合シートを利用することがその構成要件の1つとされているのに、先願明細書等に複合シートについて何ら記載はなく、先願発明において複合シートを利用することが自明ともいえないから、本件第1発明と先願発明は同一ではない、と認定判断したのに対して、上記認定判断のうち理由となる部分(甲)を否定してそれに基づいてその結論の部分(乙)を否定したとしても、そこで示された前判決の内容は、甲を理由に乙の結論を導くことはできない、ということに尽き、甲以外の理由で乙の結論が導かれるか否かについては何も述べるわけではないことは、当然であるからである。」
(iii)「しかしながら、先願発明に係る芯材は、特許請求の範囲の記載からも明らかなとおり、極めて規則的で単純な構造のものであり、接着の工程を終えた後にこれを伸張した状態を示す第4図をみれば、容易にそのことを理解することができるものである。このような場合に、第2図の記載が誤っているとしても、先願明細書等の全体をみれば、当業者であれば、直ちにその誤りに気付いて、同図においても、特許請求の範囲の欄や発明の詳細な説明の欄に記載されているとおり、各シートを接着するに際し『糊代部の幅の分だけ1側にかつ平行に位置をずらす』べきことを理解し、この点に留意して先願明細書等をみることになり、第4図に示される芯材の製造方法を明確に理解することができることが明らかである。したがって、先願明細書等の第4図を合理的に理解することのできないものということはできず、同図によって先願発明の内容を把握した本件審決の手法には、何らの誤りも見いだすことはできない。」
検討
1 本件判決は、前掲判旨の(i)において引用したとおり、前判決(第1次判決)が、先願発明の出願時において、本件第1発明と同じフラッシュパネル用芯材の技術分野で、その芯材を複合シート(段ボール)とするものが周知であったこと、先願発明において、当業者がこれをみた場合、その材料として、当然に『複合シート』を用いることができると理解することをそれぞれ認定した上で、先願発明においては、芯材として、複合シートを用いることが技術的に自明であると認定し、これを前提とすれば、先願明細書等には複合シートについて何ら記載はなく、先願発明において複合シートを利用することが自明ともいえないとした第1次審決の認定判断は誤りであると判断したことが明らかである。前記の2つの事実は、取消判決の判決主文が導き出されるのに必要な事実認定であったことが明らかであるから、確定した前判決の拘束力は、前記凄実認定に及ぶことが明らかであると述べているのであるが、これは、行政事件訴訟法33条1項の拘束力は、判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたるものであるとする最高裁平成4年4月28日第三小法廷判決(民集46巻4号245頁一本書57事件)の判旨に沿った妥当なものといえよう。
また、判旨の(ii)については、第1次判決がどこまで事実認定を行ったかについてを確認するための判示部分であって、被告が取消事由2について前判決は先願発明と第1発明の構成は同一であると認定しているのだから、この点についても前判決の拘束力が及ぶと主張した点を否定する妥当な判断である。判旨の(iii)は、原告主張の取消事由2(先願発明に糊代部の位置が当業者に読み取れる程度に記載されているとの誤認)に対する判断であって、前判決が判断していないため、当然に拘束力が働いていない部分についての事実認定箇所である。これも妥当な結論というべきであろう。
2 ところで、第1次判決の推論過程、判断過程のどこまで拘束力の範囲を認めるかという観点に立って、本件判決を東京高裁昭和58年7月28日判決(判工2555の277頁〔カップヌードル容器意匠事件〕)と共に、拘束力の範囲を狭く設定した事例と位置づけ、第1次判決の推論過程・判断過程の範囲を広く設定したと位置づける東京高裁平成9年9月25日判決(判時1633号137頁〔仮撚加工法事件〕)と対比している論文がある(塩月秀平「第二次審決取消訴訟からみた第一次審決取消判決の拘束力」秋吉稔弘先生喜寿記念論文集・知的財産権:その形成と保護〔2002〕103頁)。
3 本件判決をはじめ、上記塩月論文で比較された上記の4つの判決(本件判決、上記平成4年最判及び上記2掲記の2つの東京高判)は、いずれも第1次判決の行った事実認定については、主文を導くに必要な限りで拘束力を認めていることは間違いない。もしその間に広狭の差を設けるとするなら、それは第1次判決の事実認定の広狭の差が反映しているだけのことではないだろうか。また、傍論についてはともかく、主要事実を認定するに用いた間接事実や看過されたり遺漏のあった事実についてまで、拘束力の存否を問題にするならば、拘束力の及ぶ範囲を可及的に広く解してこそ、民訴法の現代的理念である紛争解決一回性の原則の実現に資することは確かである。
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