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歴史について述べるに当たっては

2010-08-24 22:55:51 | 歴史
ビザンツ帝国を追っかけて久しいが、最近筆が進んでいない。
ここらで中休みとして歴史を述べるに当たって心がけておきたいことについて述べるのも悪くはないであろう。

まず、歴史上の出来事は後世に生きる我々の価値観に照らして単純に裁いてはならないということである。
時代が違えば当然価値観が異なる。逆に過去の人が我々の世の中を見たときに進歩した今の世の中を是とするかといえば答えは否であろう。

例えば日本書紀に武烈天皇の項目があるが、この人の人格はハッキリ言ってメチャメチャである。妊婦の腹を裂いて胎児を観察したり、木に人を登らせて矢で射落としたり、正直言ってイカレてるとしか思えない。現代社会においては精神病棟に隔離されるか絞首台に吊るされるべき種類の人間であろう。

もし、現代の価値観に生きる我々の前にこのような天皇が即位するならば

市民よ武器を取れ!!

と叫ばずにはいられないことであろう。そう、ちょうどこんな具合に・・・

フランス国歌 日本語訳


もっとも、歴代天皇を讃えることに主眼を置いた日本書紀において武烈天皇のみボロクソに書かれていることを思えば、足羽山からやってきた征服者である継体天皇によって張られたネガキャンである可能性が高い。

歴史上の人物や出来事を自らの価値観に照らして裁くのは政治ブログであって歴史ブログではない。

もちろん事実の羅列では受験期の年号の暗記ばかりをさせられた「歴史を学ぶ」行為と大差がない。

だが、歴史ブログとして歴史を楽しむには客観的な事実の照らし合わせに基づく考察を中心にして、主観的に世の中に主張することは控えめにしたほうが歴史ブログとしては良いものが出来ると思う。

歴史を学ぶに当たってまず最初にすべきは事実と法則の探求にある。

歴史に学び、現代社会をどのようにしていくべきかを主張するのはその次である。もっともそれをしてしまうと、もはや歴史ブログというより政治ブログになってしまう。

それから歴史上の人物の評価は、それぞれの人に課せられた制約の中でいかにベストを尽くせたかということに尽きるのである。

というわけで、このブログで歴史について述べるときは政治ブログになってしまわないように気をつけておきたいものである。
コメント
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