細川護熙元首相が南禅寺に自筆の襖絵を奉納したみたいですね。
細川氏と言えば応仁の乱の時期の細川勝元のイメージが強く、細川氏と言えば龍安寺をイメージしてしまうのは私の歴史に対する視野の狭さと言ったところでしょうか。
細川元首相は室町時代末期から江戸時代初期に活躍した細川藤孝・忠興の血筋ですが、本来傍流であったこの血筋が表舞台に出てくるのは本流の細川政元が明応の変で権力を掌握するものの暗殺されて京兆家が没落してからなんですね。
細川勝元・政元親子が管領としてまるで評価に値しない人物であるように、総理大臣あるいは元首相としての細川護熙氏はまるで積極的な評価をするに値しない人物ですが、歴史的な背景を背負った文化人としてみるならば、なかなか味のある襖絵を描ける風流人としては評価をするの値するんじゃないでしょうか。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます