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渡辺武著 わかりやすい漢方薬 第二章 漢方はどう診断するか 1 身体の中の熱と冷え p81兵隊さんを弱くした健兵錠 センブリといえば、民間薬のせんじ薬として、一番日本人に親しまれた薬草です

2020-07-28 15:51:08 | 日記

昌栄薬品

渡辺武著 わかりやすい漢方薬

第二章 漢方はどう診断するか

1 身体の中の熱と冷え

p81兵隊さんを弱くした健兵錠 センブリといえば、民間薬のせんじ薬として、一番日本人に親しまれた薬草です。

明治生まれの人なら胃腸調整薬、虫下し、風邪、婦人病など効能がひろく、どんな病にもセンブリを飲まされた記憶があるはずです。

薬草の中では一番苦い薬、当薬といわれ、苦味性の健胃整腸剤として利用されてきました。

そもそも、センブリは炎症を止め、熱を取る薬、文字どおり寒い時にセンブリを飲むと、千度ぶるぶるとふるえるほど、冷たくて苦い薬だといわれています。

また千度振り出してもなお苦味があるからだともいわれています。

 センブリには忘れられない思い出があります。

戦時中の医薬品が不自由であったころ、ある日急に北支那派遣軍の軍司令部から、健兵錠という胃腸薬の原料になるセンブリを、現地に行って調達する命令を受けました。

 外地や戦地で、兵隊はとくに胃腸を丈夫にしておけば安全だというわけで、陸軍用の胃散のような薬を健兵錠といいます。

当時は日本国民の食糧も医薬品も欠乏時代ですから、日本産のセンブリの生産は国内の需要だけが精一杯だったのです。

 それなら北支の鉄道沿線の高原に自生する中国のセンブリを利用すればよいと考えて、あらかじめ司令部から薬剤官に中国の薬店で当薬を集める手配をしてもらったのです。

ところが中国の薬店では「当薬はない」の一点張り。

直接薬店に出向いて、「中国ではウサギの糞やコウモリの糞まで、望月砂とか夜明砂などと名付けて薬に使っているのに、こんなに自生しているセンブリをなぜ使わないのか」と詰問し、よく事情をただしたら、

「貴国では千度も身振いする程苦い寒性の薬といっているではないか、そんなドライアイスのような冷薬は北支の風土では使えない。

中国では自然の条件に合わせて、もっと緩和なリンドウ、コガネバナ、キハダ、オウレンなどの苦味薬が沢山あるので、その方を飲んでいる。

兵隊さんは、採ってくれとはいわず、倉庫の品物を出せといわれるので、そんな薬草はないと答えたまでです」

 ということで、一本参ったわけです。

中国産のセンブリは、その後彼等の協力で「健兵錠」の製造に一役買うことになりました。

 しかし、実は、健兵錠は日本人向け胃薬としてはあまり効かない薬だったのです。

センブリは胃や腸の炎症を抑える薬物です。

どんどん肉を食べたり香辛料を摂れば、胃や腸は炎症が起るのですが、日本人の当時の食生活では、肉は食べず、香辛料も摂らないで、米と野菜と果物ばかりを食べていたのですから、胃や腸に水分の停滞は起こっていますが、炎症が起るような胃炎は少なかったのです。

むしろ、健兵錠は肉やスパイスを多量にとっているヨーロッパの狩猟民族用の薬なのです、農耕民族の薬ではなかったわけです。

兵隊さんに健兵錠をじゃんじゃん飲ませて、結局は、胃腸が水滞で冷えているのに、いっそう冷やして、ピチャピチャの下痢症状の兵隊さんにしていたわけです。

もっと胃腸の丈夫な兵隊さんにするには、中国式に「辛温」という漢方の薬を与えるべきだったのです。

 しかし、戦後は日本経済の高度成長で、日本人の食生活も変り、肉を食べるようになり、暴飲暴食が多く、健兵錠が胃腸の薬として効くようになったのではないか、といわれそうですが、日本人の肉食はヨーロッパと違って、香辛料を摂らない肉食なのです。

 ヨーロッパ人は長い歴史の中で、肉を食べるときは必ず香辛料を摂ってきました。

その数は普通の家庭でも五、六十種あるといわれています。

日本のようにコショウとカラシだけでは、胃腸の炎症は起きません。

消化不良で下痢するだけです。

この場合は適量の香辛料を摂れば解決するのです。

普通の胃腸の病には下痢だと、熱性下痢か冷えの下痢かのどちらかです。

胃腸の薬はそれによって苦い薬(寒性)か、辛い薬(熱性)を選べばいいわけです。

 戦後の製薬業界では、この点に気づいて、戦前の欧米人向きの苦味健胃薬から、初めて日本人向きの芳香性健胃整腸薬に方向転換し、そのため今日では、大衆薬部門では胃腸薬メーカーのドル箱の一つに数えられる薬剤になっています。

 しかし蛙の子は蛙で、新薬メーカーの研究企画担当の技術者たちは、欧米式教養の持主ですから、水滞などあり得ない国柄の薬の研究調査にくわしいので、完全に日本人向けに脱皮することができず、一、二の有名メーカーを除いては、漢方薬のような胃腸管内の水滞や水毒を排除する水剤を加味したものは市販されていません。

 

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