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近くの多摩川に飛来する野鳥の連続写真を中心に、日頃感じた出来事を気ままな随想でご紹介し、読者双方との情報を共有したい。

スポーツの弊害

2016年08月23日 00時00分01秒 | 紹介

 スポーツと技能、スポーツの持つ効用の面から取り上げたがスポーツがはらむ弊害についても触れておかなければならない。スポーツは万能ではないことである。特に近年、スポーツを通じて、いじめや暴力が多発していて、密室での悪行は数えれば相当数に上るであろう。クラブ活動や私的なジム等が、温床となった犯罪は少ないとはいいがたい。なにゆえにそのようになるかといえば、多くは監督不行き届きが指摘されている。

 

 生身の身体は体調が均一ではないし、人によっても千差万別である。スポーツという名において行われる強化合宿や、ムリな運動強化策は、経験豊富な指導者の下で行われればよいのであるが、必ずしもそうではない。体力の限界を知らずにいじめまがいの行為は、反発や抵抗できない環境の中ではまさにリンチが平然と行われるのである。これを忍耐力の強化、持続力の強化、運動能力の強化などの誤った行動が行われ、年数のさほど違わない先輩や指導者など何の資格もない上級生が下級生のいじめに利用されるのである。

 

 つまりスポーツの世界は、自分の身体や他人との関係が分かり、判断力がつき、自発的に行う年齢から始めればよいのであって、それに至らない年齢で強制される無理強いは決して良い結果をもたらさない。よくスポーツ一家で生まれ育った子供が親の言いなりで行う姿を見ることがあるが、よほど第三者の関与がDVに終わるであろう。

 

軍隊が初年兵に無理難題をふりかけ、抵抗すると半殺しにしたなどの例は数限りないし、現在の自衛隊においても形は変わっても同様な行為が行われていることは新聞紙上で散見するところである。集団リンチは止むことはない。残念ではあるが、行き過ぎた制裁がどの世界にもある。つまり、集団が目的をはき違え、治外法権と錯覚する場面が形作られるスポーツの負の世界があるということである。

 

厳しいスポーツの世界もあるであろう。極点到達、エベレスト登山や、鉄人レースと称されるトライアスロンなどは、人間の限界に挑み、成功すれば世界中からの賛辞が贈られる。それは自発的な成人が十分な準備があって挑戦するからであり、強制で行われることではないからである。

 

オリンピックはスポーツの華やかで人類の鏡といわれる反面、ドロップアウトし、脱落した人生もあることをご承知いただきたい。暗い面も述べたが、犯罪すれすれまたは危険覚悟の綱渡りは真のスポーツではないのである。