手術の時、がんがリンパまで転移していないかどうか、青い液体を注入して、リンパが青く染まるかどうか見たそうだ。
幸い私は、青く染まることがなく、切り取られずに済んだのだが、青い色素は身体中を廻り、全身を青白くしているらしかった。
「顔が青白く見えるので、びっくりしないでくださいよ」と、手術をしてくださった先生が念を押して行った。
真夜中の病院で、自分の尋常でない青白い顔を見るなんて御免だ。
しかし、間の悪いことに、私のベッドの足のほうに洗面台があって、鏡が取り付けられている。上半身を起こせば、しっかり自分の顔が見えてしまう位置だ。
絶対に起き上がらないぞと決めた。
リカバリールームはすぐそばで、何人もの看護士さんたちが話し合ったり動き回ったりしていて、その気配も常にあるし、部屋にも明かりが漏れてきていて、決して怪談にあるような夜の病院の不気味さはない。私も安心してうとうとしていたらしい。
私はなぜか、起き上がって自分の顔を見てしまった。
そこには、赤茶けたのっぺらぼうの私がいた。
素焼きのツボの表面みたいな、色と質感のそれは、鏡から乗り出してきて、私のほうに向かって来た。
私は悲鳴も上げずに逃げ出した。廊下を駆け抜け、誰かいないか探した。
すると看護士さんの声で目が覚めた。点滴を取り替えているところだった。もう、朝だった。
私は、起き上がって鏡のほうを覗いた。想像していたほど青白くもない、自分の顔があった。
それから思い立って、初めて手術をしたほうの胸を覗いてみた。
傷口にテープを貼られた、のっぺらぼうの胸がそこにあった。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます