日々徒然なるままに

日々感じたことを書いていきます、よろしくお願いします

シリウスの言葉  いつか見た風景?

2018-03-12 20:16:01 | ちょこっとスピリチュアル
こんばんは。
挨拶は夕方からのものとしておりますが、この辺り午後五時半でもかなり明るい頃です。
気づけばあと一週間ほどで春分ですね、これからますます日脚も伸びそうです。
朝は冷え込んでおりましたけれど、気持ちよく晴れておりました。



           

                                     





                                    





                                    






お天気は良かったのですけれど、朝は目覚めが今一つの状態で起きました。
昨夜は特に何も感じなかったのですが夜中に夢うつつで胃が痛いような気持ちの悪いような感覚を感じておりました。
昨夜何か変なものを食べたのかと聞かれてもそれも覚えがなく、ただ少し疲れたりすると若い頃知らずに罹っていたと思われる十二指腸潰瘍?の
辺りに鈍痛を覚えます。
しばらく前からなんとはなしに感じてはおりましたが、気のせいだと自分に無意識に言い聞かせていたのかもしれません。
このところまともなメンテナンスを自分自身にしていないので季節の変わり目でもあり、少し調子を崩しているのかもしれませんね。
それでも、大丈夫だと自分にこれまた思い込ませて、朝は歩いて下界まで買い物に行ってきました。
行く途中、寒さが和らいだせいか急いでこのところ開花し始めたような梅や水仙の花などを愛でながら歩いておりました。
いつもなら行きしなはそれほど疲れたとも感じないのですが、今朝はその買い物の途中で何とも言えず気分が悪くなり押していたカートに寄りか
かり、しばし休む感じでした。
しばらくするとそんな状態も収まったので帰りはゆっくりと、そうしていつも乗るバス停に着くとグッドタイミングとでもいうようにバスも来ま
したので都合良くそれに乗り、戻ってきました。
どうもお腹がすいた状態になると、鈍い痛みを感じるので少し気をつけねばと思います。
若い頃からあまり胃の調子は良いほうではなく、常に胃薬のお世話になることが多かったのですが、ここ数年は全くというほどそのような事もあり
ませんでしたので、気にもせずにおりました。
歳と共に身体のあちこちに支障をきたすのかもしれませんね;。
気をつけねば、です;。





                                     






                                     





 
                                      





昨夜は良く晴れて星も綺麗に輝いておりました。
そんな夜空を眺めながらシリウスと繋がってみました。


 〝   こんばんは

     何故あなたは 自分の思うようにならないのか

     いつも他人(ひと)には言うのに 自分ではそう思わないからです

     こうなったら ということを考えて こうある姿を感じていないからです

     その一歩手前で止まっているからです

     車にしても あなたはただ見ていても あぁ・・と思っているだけですね

     乗って動かしている 走っているイメージをしていませんね

     こうある姿 こうありたい姿を明確にイメージして下さい

     動かしている感覚をイメージしてその時の自分の気持ちをも 感じて下さい

     あなた自身を感じ取って下さい
                                    
     そちらの世界の自分にシフトして下さい


     私はシリウス あなた方をいつも見守っています     〟





                                         





                                         




今回のシリウスの言葉、図星です;。
まるっきり自分に宛てての言葉ではありますけれど、このように言われましたこと、そのまんまですね;。
当たり前ですけれど;。
確かにひと様にはものすご~く偉そうげな物の言い方をする癖して、肝心の自分自身が一番グズグズ考えておるのかもしれません。(すみません;)
どうしてこうなんだ;?とかこうしたい、とかの、いわばこうありたい姿の一歩手前で足踏みしている状態のままでおります。
それじゃ、そのまんまですがな;な感じです、はい。
よく言われることに、こうなりたい!と考えると、こうなりたいというその考えそのままの自分の姿が反映されると言います。
此処のところ、おわかり頂けるでしょうか。
「こうなっている」完了形ではなく、「なりたい」という途中経過の自分をそのまま映し出してしまうということです。
要するに「なりたい」姿を思うのではなく「なっている」姿をイメージするということです。
これもよく言われることですけれど、自分はこのような歌手になりたい、とか野球選手になりたいという方は、その自分の姿を明確に思い描いて
いたとも聞きます。
そこの部分はぼんやりと思っていた方がよい、とされる方もおられますが自分の場合はしっかりと感じ取っている方が楽なように思います。
いずれにしても、「こうなっている」自分をイメージしたい、そう感じました。
やれやれ、もう一回一から仕切り直します。(苦笑)





                                         




そんな自分の思惑とは全く関係ないことですけれど、先日ネットのニュースを見ておりましたらアフガニスタンの中でも殆ど人が行き交う事が
無いとされる地域のことが載っておりました。
今ニュースを見返そうとしてもどこへそれが載っているやらさっぱりわからないのですけれど;;。
ともあれそのほぼ人の行くことの無いとされる地域、グーグルマップで探してみると確かに出ておりました。(当然ですが;)
名前を忘れてしまいましたが、その地域、周りを峨々とした山々に囲まれ特に何かあるわけでもありません。
電気も通らずネットも当然無く、ラジオさえそれに入れる電池が切れてしまえば次に電池が手に入るまでは音も鳴らないただの物になってしまう
ような場所のようです。
年間三百日は殆ど零下の気温という場所、人々の唯一の楽しみはあろうことか阿片であるとのことですけれど。
それでもその辺りであるのかどうか、写真で見る一帯は空は高く澄み、聞こえるものはといえば通り過ぎる風の音だけ、そんな場所のようです。
手前の山々のその向こうには白く雪を頂く峰の見える山が聳えております。
その雪解け水が流れる川とも流れともつかない地は草すら生えていないような不毛の大地にも思えます。
他に何があるかといえば、これもおそらく日の翳った夜空に無数とも言える星々を煌かせたかのような光景だけかもしれません。
険しい山々と通り過ぎる風の音だけの、そんな荒涼とすら思えるほどの地。
それでも、彼の地の写真を見た途端、行ったことすら無いその地に何故か強く心惹かれる思いがありました。
心惹かれるというよりも、どこか懐かしい、そんな風にも感じられました。
もしかすると、あまりに遠いその地ではないのかもしれません、もう少し開けた場所なのかもしれません、けれどそのような山々に囲まれた地が
どうにも自分のかつて居た場所のように思えて仕方ありませんでした。
デジャブではないけれど、どこか懐かしい地。
もしかすると、それこそ自分の前世とでもいえる魂がかつてそこで暮らしていたのかもしれません。

エーヴィンにハワイへおいでよ、と誘われますけれど、どちらかといえば海よりも山の方へ強く惹かれる自分です。
自分の魂は、そんな峨々とした山々を眺めながら暮らしていたのかも知れない、そんな風に感じます。
訪れようにも行ける手段すら今は殆ど無い地域のようです。
せめて写真を眺めて、彼の地へ思いを馳せておきたい、そう感じました。

皆様も写真等をご覧になり、どこか懐かしい感じがする場所などはもしかしたらかつて自分がそこに暮らした地なのかもしれませんね。

ほんの少しタイムスリップした思いにかられた出来事でした。




   
                                         





先だってよりお伝え致しております厳島神社参拝並びに宮島周辺探訪、三月十六日、九時半広島駅を車にて出発です。
お一人一万三千円この中には正式参拝の玉串料を含みます。(フェリー代、飲食代は含まれません)
ご参加お待ち申しております。

  kimikimiblue13@gmail.com

此方までご連絡下さいませ。

尚この募集ですけれど、明日までとさせて頂きます。
未だにどなたのご応募も御座いませんので、今回はおそらく一人で行って参るかと存じます。





                                       




本日もこのブログへのお付き合い、真に有難うございました。
感謝申し上げます。         
コメント
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