ノドアカツグミ(Turdus ruficollis ruficollis) Red-throated Trush
―昼過ぎ。私は島央の丘から坂を下り、宿に向かっていた。
今回初めて宿泊した宿屋の夫婦はとても鳥の話の通じる方達で、驚いた。
初日の宵の話。何かいい鳥を見たかと聞かれた私達は、キタヤナギムシクイの話をした。すると宿屋の女将さんが「キタヤナギムシクイならそれらしき亡骸が落ちていたのを数日前に拾ったのよ。どこやったかしら・・・」とわざわざ探してくれたのだ。初めは半信半疑だった私達も、拾った時の話を聞いていくとそれがどうやら本当にキタヤナギムシクイらしきものだと思い始めた。キタヤナギなら是非翼標本にしたい。
しかし夜だったため辺りは暗く、探すのも容易ではない。そこで「明日の日中にゴミバコの中を探してみます」と言って捜索を切り上げたのだった。
飲み物を買う用事をついでに済ませて、いざ昨日聞いたキタヤナギの亡骸を捜そうと宿の前で腕をまくった私にIgさんから1通のメールが届いた。
その文面を見た私は、次の瞬間にはキタヤナギの捜索をさっぱり諦めていた・・・!
先ほど下りて来た坂を血相を変えてまた上り、しゃかりきに走った後。今度は息をゆっくり整えてから、柔らかい松葉の絨毯がひかれた林の道に足を踏み入れる。
憧れの1種を見られるかもしれないと思うと顔の筋肉は緩みっぱなしになり、もし見られなかったらと思うと顔面蒼白になった。こうして信号機みたいに顔色を変えながら林を歩く私だったけれど、どちらにせよ心臓は跳びはねんばかりに鼓動していた。
カエデような切れ込みの入った葉に、棘のある枝を持つ木、ハリギリ。この木に生る黒い実を食べに来ていたのは、まさにノドアカツグミの雄第1回冬羽だった!
顔から胸にかけての橙色は薄くて、羽縁が僅かに白い。外側尾羽上面の橙色は尾羽を閉じていても垣間見える。脇の縦斑はやや目立って腹にかけてモヤッとした模様だけれど、下尾筒は見事にスッキリ白い。
このノドアカツグミは疲労しているのか、全て1羽で食べ尽くしてしまうのではないか思うくらいとにかく一心不乱にハリギリの実を食べ続けていた。ずっと見ていたわけではないから分からないが、おそらく日が沈むまでずっと。
ここで一気に体力補給して渡って行ったのだろう。次の朝には見られなかったという。
【2011/10/09/山形 Tobishima Island,Japan/Oct.2011】
マガン(Anser albifrons frontalis) Greater White-fronted Goose
飛島2日目。
昨日、シラガホオジロを見ていた時に上空を鳴きながら飛んで行った1羽のマガンがいた。そしたら今日は、そのマガンが畑に降りていた。
私達の接近に気が付くとこちらを見るけれど、逃げる体力がないようだ(逃げる体力はあっても人間に対する回避行動に浪費したくないのかも)。しばらく見ていると、こちらに見向きもしなくなった。そのうち嘴を背中に入れて休息の体勢をとったり、何か餌はないかと畑の地面をいじりだしたりした。
ヨレているといえばもう1羽、疲れ果てたコミミズクを見た。
昨日の夕方は海岸にいたらしいコミミズクは、今日は畑の桜の木で目を閉じていた。たまに人の声がすると目を閉じたままクルッと顔をそちらに向けるのだけれど、間もなくもとの姿にもどる、といった感じだ。
この2羽、話によると1週間後の週末にもまだ居たらしく、その後どうなったかが少し心配だ。
草丈の高い草地とその周囲には数多くの小鳥が潜んでいた、ということは前の記事でも述べたことだけれど、今日になっても、つまり悪天候だった日から2日経っても、鳥の気配は多いままだった。
シラガホオジロはこの日も群れで行動していたし、昨日いたシロハラホオジロは今日も見られた。草地から周りの木へ飛び上がるのはコホオアカがほとんどで、その中にシマノジコやオオジュリンなんかが混ざる。シベリアジュリンは見逃した。
草地から飛び立つ鳥の中で気になったのはヒバリ。すぐに草の中に潜ってしまうから静止時の全身は見えないのだけれど、飛翔時には亜種ヒバリよりかなり大型に見えた。そしてなにより「ジュンッ」と低い地鳴き。もしかしたらこいつは亜種オオヒバリなのかもしれない。
【2011/10/09/山形 Tobishima Island,Japan/Oct.2011】
この写真では、いくつもの銀河が並んでいるように見えるけれど、例えば上方の青みがかった渦巻き銀河は地球から3500万光年の距離であるのに対し、中段の緑の銀河は約1億5千万光年と、遥か遠くにある。小質量ブラックホールから放出された電子がビッグバンで残された宇宙背景放射と衝突して、黒い水玉模様のカーテンのように現われた。
―なんてことは嘘っぱちで、実はこれアオリイカの体表なのだ。
黒褐色の粒子は、筋繊維の収縮によって色素胞が引き伸ばされ、オモクロームが広がっているもの。銀河のように見えるのは虹色素胞によるものではないだろうか。
アオリイカ(Sepioteuthis lessoniana) Bigfin Reef-Squid
この夜の釣果は、Y君が2杯で私は0杯。
釣りのセンスがくっきり分かれた釣果の差である。
それから、最近研究開発されたという「帯熱布」が当たりエギの方に仕込まれていたから、もしかしたらその効果もあったのかももしれない。
私はアオリイカを見たのが初めてだったので大興奮して、釣り上げた本人の周りを歓声を上げながら跳ね回った。
釣ったら喰うべし。これは、素泊まりをしている私の貴重な晩御飯になる。
+++レシピ+++
【1】アオリイカは格子状に薄く切れ目を入れ、一口大に切っておく。キャベツはざく切りにする。
ここでパスタを茹で始める(6分)
【2】熱したフライパンにオリーブオイルをしき、にんにくのスライス、鷹の爪を入れる。香りがするまで炒めたら、アオリイカとケーパとアンチョビーを入れて軽く炒め合わせる。最後にキャベツも入れて塩コショウを適量ふり、キャベツがしんなりするまで炒める。
【3】パスタの茹で汁をお玉1杯分入れた後、茹で上がったパスタをフライパンに入れ、塩コショウで味を調える。
パスタの茹で時間を規定の時間マイナス1分とすることで、盛りつけた瞬間、皿の中でこのパスタは完成するのだ!
アオリイカとキャベツのアンチョビーパスタ(イカ墨風味)
美味しくいただきました!
さばく時にどうしても墨袋が身の方に残ってしまい、白い身に墨が大流出・・・。見た目は少し墨汚れだけれど、味は良し。アオリイカって信じられないくらい甘くて感動した。
食べ終わって、「あれ、鳥見るために飛島に来たのに、何してんだろ。」そうつぶやく深夜2時。
もちろん、ガスバーナー・フライパン・各種食材・皿・フォークetc...を島に持っていったのは言うまでも無い。
釣りも料理も、あくまで鳥見のついでというのがポイント。
【2011/10/08/山形 Tobishima Island,Japan/Oct.2011】
キタヤナギムシクイ(Phylloscopus trochilus yakutensis) Willow Warbler
西日の差す頃。
畑を巡って日没を迎えることで意見が一致した私達は、今回の鳥の状況を口々に絶賛しながら移動していた。
ふと私が「この道に入ってみよう」と言い出し、春にシマノジコをどっさり見たあたりの畑道に足を踏み入れた。すると間もなく、畑群の中にポツリと立つ木の樹幹辺りに1羽、西日を浴びて黄色く輝くムシクイがいた。
このムシクイ、背面は薄いオリーブ色に灰色を乗せたような色をしていて、下面は少し汚れた白地に薄いライムイエローをのばしたような色味を呈している(後から分かったことだけれど、この色が翼下面の一部にも及ぶ)。この下面が、西日を浴びて肉眼で見ても存在がすぐ分かるほどに光っていたのだ。
顔は、眉斑などの輪郭がハッキリしないためか全体的にぼやけている、というか柔らかい印象だった。
まず初めに、Y君が言葉を発した。「これ、日本のムシクイじゃないですよ!」
しばらくするとそのムシクイは私達の頭上を飛んで後方の藪に舞い降り、「フィウィ ↑」と尻上がりの柔らかい声で数回地鳴きをした。
それから間もなくして、畑道の真ん中で私達の議論が始まった。
「いやこれモリムシクイでしょ!むっちゃ黄色い。」「いやいや、腹と喉とのコントラストが無かったでしょ。黄色すぎなのは西日マジックだって!」「でもそれにしても黄色い。」「うわ、っていうか翼帯無かった。翼帯無くて黄緑系な時点で数えるほどしか選択肢が無いよ。チフチャフのfulvescens は?」「体形違うし下面黄色くない。・・・それよりなんだこれ、すごいのっぺりしてる。」「primary projectionと三列の比は―」「―、でもjizzはキタヤナギ―」
とまぁ大体こんな感じだ。
後からああだこうだと自信を持って言えるのは種同定が確信に到っているからの話だけれど、選択肢にはあったとはいえこの鳥を見て1秒で答えが出なかったのはまだまだ勉強と経験不足といったところか。
個人的には、最後までひっかかったのは脚の色。キタヤナギの脚の色は黒褐色というイメージが強かった。
これは、日本の図鑑によるイメージなのだが、実際に見た個体は西日が当たっていたせいもあるのか、それほど暗色には見えなかった。
一方COLLINS BIRD GUIDEのキタヤナギムシクイ(亜種はP.t.trochilus)を見ると、脚の色はかなり淡色に描かれていて、説明にも「普通は淡色」とある(チフチャフと同じくらい暗色になる変異も発生するともあるが)。しかしこれについてはそもそも亜種が違うからかもしれない。
このキタヤナギムシクイ、全身をじっくり現したのはこの1シーンだけだったようで、次の日にかけては潜った藪からなかなか出てこなかったみたいだ。
実は、写真のあるキタヤナギムシクイの記録は今回が山形県初記録らしい。
そういえば昼から何度も目にはしていたけれど、この畑の周りには特にキマユムシクイが多かった。というかキマユムシクイしか居なかった。
キレが良くてよく通る声で何度も鳴きながら2羽で追いかけ合うような行動をしたり、かと思えば2本の翼帯が肉眼でも見えるほどしばらく動かず固まっていたり。
柿の果樹園を見て、ルリビタイジョウビタキを逃した春の悔しさをぶり返している時にも、「チウイ!」と元気の良い声がした。
【2011/10/08/山形 Tobishima Island,Japan/Oct.2011】
シラガホオジロ(Emberiza leucocephalos leucocephalos) Pine Bunting
ピピットで賑わっていた海岸沿いの草地から、坂を上る。日当たりのよい斜面に生えたススキの中には2羽のムジセッカが潜んでいて、地鳴きを響かせている。シイ・タブの茂る暗い森を通る坂道を、腿をだるーくしながらえっちらおっちら登っていくと、次の草地に着いた。
こちらは先ほどの草地に比べて草丈が高く、私の膝上ほどまでの長さがある。少しずつしか姿を見せてくれないけれど、この草地や周辺の藪の中にはもの凄い数の鳥が入っていることはすぐに分かった。嬉しいことに、島に来る前に聞いていた「閑散として静かな秋の離島」のイメージとはかけ離れた状況だったのだ。
ここにきて、春に来た時とは鳥の見方が明らかに違うことに気がついた。春ならば草が刈られているため疲労した鳥が地上に降りている姿が丸見えだったのだけれど、草丈の高い秋にはそうはいかない。なぜならほとんどの鳥が、姿の見えなくなえる草むらの中に潜んでいたのだ。
ここでは、草地から周辺の木に飛び移り、その枝から藪へ下りるまでのほんの数秒間で鳥の姿を見なければならない。さらに、見えない鳥を識別するには地鳴きについて少し勉強する必要がある。かといって、図鑑の鳴き声のカタカナ表記を丸暗記したところで参考にしかならないというのが悩ましいところ。そこで私は、聴いた鳴き声を自分なりの「聞きなし」と解説でフィールドノートに書いておくことが多い。図鑑に書いてあるものと違って、自分で書いたものなら後から見ても音の感じを比較的思い出しやすいと思うからだ。
この時に見た鳥で地鳴きを忘れたくないものの1つは、コヨシキリ。こいつの地鳴きはムジセッカの地鳴きと少し似ているけれど、ムジセッカよりも粘りの無く短い音を発する。
一方ムジセッカはウグイスみたいなカスレっ気が無くて、とても響きの良い、耳障りのよろしい地鳴きをしていた。
周りが藪だらけで日当たりの良くない畑を歩いている時などには、これらの地鳴きがそこかしこから、時には混ざりながら聞こえるから、そのうち頭が麻痺してくるのは時間の問題だった。
理解はしていても場数を踏んでいないとこうなる、という失敗の最たる例は、カラフトムジセッカが目の前に出た時のことだ。こいつは顔もカラムジ、背面もオリーブ褐色、下尾筒も黄色味が強くて、どこからどう見てもカラムジだった。しかしそれは後からY君と写真を確認した時に思ったこと。カラフトムジセッカなら春にも見ているし、地鳴きも聞いているから、まさか見過ごすなんて思っていなかった。
言い訳をさせてもらうなら、この個体を見た時には、本当にムジセッカみたいな声がこのカラムジの方から聞こえたのだ。知っているカラムジの声ならもっとえぐるような音なのに、そんなイメージは受けなかった。
もしかしたらカラムジのすぐ後ろで本当にムジセッカが鳴いていたのかもしれないし、このカラムジが鳴き方のバリエーションの1つとしてムジセッカ様の鳴き方を持ち合わせていたのかもしれない。
とにかく地鳴きのイメージが先行して、ムジセッカか、とあまり観察しなかったのは良くなかった。
この地鳴き迷宮からふと空を見上げると、チゴハヤブサが鎌のような美しい飛翔形で私達の上空を旋回していった。
多くの鳥がほんの一瞬しか姿を見せてくれない秋の離島では、手持ちの一眼レフに中望遠レンズという装備は最も威力を発揮するものだなと感じた。観察可能な時間が数秒しかなくても、「とりあえず撮ってあとでじっくり検証」という手段が使えるかどうかではだいぶ違う。
私はこのような装備は持ち合わせていないため、写真を撮る好機は比較的少なかった。
そんな私にもゆっくり姿を見せてくれたのは、シラガホオジロだった。
草地周辺に、明らかに15羽以上はいるシラガホオジロ達は「プチプチプチ....」とかなり特徴的な声で鳴きながら、群れで飛ぶ。そのうち草地脇の木に舞い降りると、膨らんでリラックスし始めた。
シラガホオジロの雄雌ともに目を引いたのは腰から下尾筒にかけての綺麗な赤茶色で、シロハラホオジロの同部分に通ずるものがある。けれどシラガホオジロはこの羽縁に柔らかな白の縁取りがあることでキアオジのそれのようにふんわりとした美しさが醸し出されている。
この記事の題名にもあるように、シラガホオジロは秋の離島では絶対におさえておきたい鳥だったから、心から嬉しかった1種だった。
【2011/10/08/山形 Tobishima Island,Japan/Oct.2011】