山頂めざして L・B・カウマン著より
わたしはこの福音のための使節であり、そして鎖につながれているのであるが、
つながれていても、語るべき時には大胆に語れるように・・・・・。(エペソ六・二〇)
私はしるしをつけられた人間である。主のしるしをつけられた人間なのだ。
私は奴隷である・・・だが、義の奴隷であって、罪の奴隷ではない。
廉直の奴隷であって、欺瞞の奴隷ではない。
純潔の奴隷であって、不道徳の奴隷ではない。
自由の奴隷であって、放縦の奴隷ではない。
神の国の奴隷であって、群衆の奴隷ではない。
信仰の奴隷であって、恐怖の奴隷ではない。
そして、とりわけ、主の奴隷であって、富の奴隷ではないのである。
私は奴隷であるから、すみやかに主のわざに携わらなければならない。
ウェスリー・G・フーバー