洞窟の外は、そよそよと湿っぽい風が吹い
ていた。
連戦で疲れたバッカロスの神経を癒すにじゅ
うぶんで、バッカロスはしばし我を忘れた。
「ふうっ、これで生き返った気がする。こ
の辺り、われわれも知らないわけではなかっ
たが、狭い谷あいのわりに、水が豊かにある
ようだ」
「はい、わたしは一度、予期せずにこの辺
りに来たことがあります。たくさんの子ども
たちと一緒でしたが……」
そう口に出してから、メイは、しまったと
思った。
子どもたちをむりやり連れ去ったのは、バッ
カロスの側。
敵の汚点というか、弱点をを暴露するのは、
この際あまりふさわしいことではなかった。
覆水盆に返らず。
メイは気にしないことにした。
バッカロスの言葉を待った。
「ううん、そう指摘されると、二の口が告
げなくなってしまうが、確かに小さな子を誘
拐するのはまずかった。早くから才能ある子
たちをわれわれのやり方で教育したら、どう
なるか、その結果がみたかったんだけれども」
「神隠しのように、ふいにわが子を連れ去
られた親御さんの悲しみ。いかほどかしれま
せん」
毅然として、メイは言った。
「ああ、そのとおりだ」
バッカロスは口に手を当て、わきを向いて
から、ごほんと咳をした。
彼のくちびるが、わなわなと震える。
「失礼しました。こんなことお話するつも
りじゃなかったんですが、つい……」
「うん、いや、いいんだ。真実だから。負
け戦だ。きみに完全にしてやられた」
バッカロスがあまりに長く、メイのほうを
見ている。
首から下げたキラキラ石が、何かを感じる
のだろう。蛍の光のように、ふわふわと淡く
かがやく。
メイは急に恥ずかしさをおぼえ、うつむい
てしまった。
「もう少しいいかな」
「少しくらいならいいですわ。若い父と親
友だった、あなたですもの」
バッカロスが歩きだした。
「どこへ。どこに行かれるんですか」
「ちょっとオアシスの水に触れたくなった」
「はあ?水なんて珍しくもないでしょうに。
惑星エックスにたっぷり……」
「ほとんど汚れてしまってね。ほんとに情
けないことだ。ううっ……」
何かを思い出したのだろう。バッカロスが
嗚咽をもらした。
「とっても小さかったきみが、そんなに大
きくなったんだ。こちらが年老いるのも当た
り前だね」
年老いたといわれても、いまひとつぴんと
来ない。彼が父と同じくらいだとすると、お
よそ五十がらみ。
長引いた戦争が彼のたましいを、けずりとっ
てしまったのだろうか。
六十代の後半にみえた。
背が低いうえに、猫背。
落ちくぼんだ眼窩にちんまりとおさまるま
なこは一見優しげだが血ばしり、時折、はっ
とするほどの鋭さを見せる。
「ええ?わたしは赤子のときに、両親と離
れてしまいました。そんなことだって、いい
加減大きくなってから、育ての親に教えられ
たことでした」
さあっ、と、親し気にバッカロスはメイの
手をとった。
「あっ、バッカロスさま、すみません。そ
れではお時間が」
「いや、手間はとらせん。ちょっと」
「でも……、ちょっとだけって。いったい
何をおやりになりたいのでしょう。父が心配
しますし」
メイは足が進まず、自然とバッカロスに引
きずられるかっこうになる。
(わたしが赤子のときのことを憶えていらっ
しゃって、こんなになさるんだろうが、ちょっ
といき過ぎな感じがするわ)
メイはこころ穏やかではない。
これまでの戦争の激しさからみて、ここま
での進展があまりにも出来過ぎていた。
バッカロスの円盤は、いまだに無傷のまま
である。どこに落とし穴が口を開け、メイを
待ちかまえているかしれなかった。
メイの気持ちに頓着せず、バッカロスはど
んどん下っていく。
初め、草木がぽつぽつと生えているくらい
だったが、次第に増えてきた。
今、ふたりは密林にいる。黄いろに見えて
いるのは、バナナの実。
「こんなところまで……」
メイはそうつぶやいた。
バッカロスは無言のままである。
(困ったわ。なにかあったらどうしよう?
これでは時間がかかりそう。話の分かるよう
な方だけど、敵は敵。まだ戦いの決着はつい
てないし。あたしの心強い味方、森の動物た
ちは、この砂漠のずっと向こう、高い高い山
を越えなけりゃここまで来れない。なにかあっ
ても、とても助けてもらえない)
メイは毛むくじゃらのごつい手をふりほど
こうとした。
だが、バッカロスはそれを許さない。
超能力が充分に働いていないようで、メイ
を困惑させた。
(きっと、あの力は少女の時分だけのもの
だったのかしら。この方の本音がわからない)
泉から流れ出た水が一か所、たまって池の
ようになっている場所にでた。
ていた。
連戦で疲れたバッカロスの神経を癒すにじゅ
うぶんで、バッカロスはしばし我を忘れた。
「ふうっ、これで生き返った気がする。こ
の辺り、われわれも知らないわけではなかっ
たが、狭い谷あいのわりに、水が豊かにある
ようだ」
「はい、わたしは一度、予期せずにこの辺
りに来たことがあります。たくさんの子ども
たちと一緒でしたが……」
そう口に出してから、メイは、しまったと
思った。
子どもたちをむりやり連れ去ったのは、バッ
カロスの側。
敵の汚点というか、弱点をを暴露するのは、
この際あまりふさわしいことではなかった。
覆水盆に返らず。
メイは気にしないことにした。
バッカロスの言葉を待った。
「ううん、そう指摘されると、二の口が告
げなくなってしまうが、確かに小さな子を誘
拐するのはまずかった。早くから才能ある子
たちをわれわれのやり方で教育したら、どう
なるか、その結果がみたかったんだけれども」
「神隠しのように、ふいにわが子を連れ去
られた親御さんの悲しみ。いかほどかしれま
せん」
毅然として、メイは言った。
「ああ、そのとおりだ」
バッカロスは口に手を当て、わきを向いて
から、ごほんと咳をした。
彼のくちびるが、わなわなと震える。
「失礼しました。こんなことお話するつも
りじゃなかったんですが、つい……」
「うん、いや、いいんだ。真実だから。負
け戦だ。きみに完全にしてやられた」
バッカロスがあまりに長く、メイのほうを
見ている。
首から下げたキラキラ石が、何かを感じる
のだろう。蛍の光のように、ふわふわと淡く
かがやく。
メイは急に恥ずかしさをおぼえ、うつむい
てしまった。
「もう少しいいかな」
「少しくらいならいいですわ。若い父と親
友だった、あなたですもの」
バッカロスが歩きだした。
「どこへ。どこに行かれるんですか」
「ちょっとオアシスの水に触れたくなった」
「はあ?水なんて珍しくもないでしょうに。
惑星エックスにたっぷり……」
「ほとんど汚れてしまってね。ほんとに情
けないことだ。ううっ……」
何かを思い出したのだろう。バッカロスが
嗚咽をもらした。
「とっても小さかったきみが、そんなに大
きくなったんだ。こちらが年老いるのも当た
り前だね」
年老いたといわれても、いまひとつぴんと
来ない。彼が父と同じくらいだとすると、お
よそ五十がらみ。
長引いた戦争が彼のたましいを、けずりとっ
てしまったのだろうか。
六十代の後半にみえた。
背が低いうえに、猫背。
落ちくぼんだ眼窩にちんまりとおさまるま
なこは一見優しげだが血ばしり、時折、はっ
とするほどの鋭さを見せる。
「ええ?わたしは赤子のときに、両親と離
れてしまいました。そんなことだって、いい
加減大きくなってから、育ての親に教えられ
たことでした」
さあっ、と、親し気にバッカロスはメイの
手をとった。
「あっ、バッカロスさま、すみません。そ
れではお時間が」
「いや、手間はとらせん。ちょっと」
「でも……、ちょっとだけって。いったい
何をおやりになりたいのでしょう。父が心配
しますし」
メイは足が進まず、自然とバッカロスに引
きずられるかっこうになる。
(わたしが赤子のときのことを憶えていらっ
しゃって、こんなになさるんだろうが、ちょっ
といき過ぎな感じがするわ)
メイはこころ穏やかではない。
これまでの戦争の激しさからみて、ここま
での進展があまりにも出来過ぎていた。
バッカロスの円盤は、いまだに無傷のまま
である。どこに落とし穴が口を開け、メイを
待ちかまえているかしれなかった。
メイの気持ちに頓着せず、バッカロスはど
んどん下っていく。
初め、草木がぽつぽつと生えているくらい
だったが、次第に増えてきた。
今、ふたりは密林にいる。黄いろに見えて
いるのは、バナナの実。
「こんなところまで……」
メイはそうつぶやいた。
バッカロスは無言のままである。
(困ったわ。なにかあったらどうしよう?
これでは時間がかかりそう。話の分かるよう
な方だけど、敵は敵。まだ戦いの決着はつい
てないし。あたしの心強い味方、森の動物た
ちは、この砂漠のずっと向こう、高い高い山
を越えなけりゃここまで来れない。なにかあっ
ても、とても助けてもらえない)
メイは毛むくじゃらのごつい手をふりほど
こうとした。
だが、バッカロスはそれを許さない。
超能力が充分に働いていないようで、メイ
を困惑させた。
(きっと、あの力は少女の時分だけのもの
だったのかしら。この方の本音がわからない)
泉から流れ出た水が一か所、たまって池の
ようになっている場所にでた。