油屋種吉の独り言

日記や随筆をのせます。

MAY  その107

2021-09-29 16:55:33 | 小説
 洞窟の外は、そよそよと湿っぽい風が吹い
ていた。
 連戦で疲れたバッカロスの神経を癒すにじゅ
うぶんで、バッカロスはしばし我を忘れた。 
 「ふうっ、これで生き返った気がする。こ
の辺り、われわれも知らないわけではなかっ
たが、狭い谷あいのわりに、水が豊かにある
ようだ」
 「はい、わたしは一度、予期せずにこの辺
りに来たことがあります。たくさんの子ども
たちと一緒でしたが……」
 そう口に出してから、メイは、しまったと
思った。
 子どもたちをむりやり連れ去ったのは、バッ
カロスの側。
 敵の汚点というか、弱点をを暴露するのは、
この際あまりふさわしいことではなかった。
 覆水盆に返らず。
 メイは気にしないことにした。
 バッカロスの言葉を待った。
 「ううん、そう指摘されると、二の口が告
げなくなってしまうが、確かに小さな子を誘
拐するのはまずかった。早くから才能ある子
たちをわれわれのやり方で教育したら、どう
なるか、その結果がみたかったんだけれども」
 「神隠しのように、ふいにわが子を連れ去
られた親御さんの悲しみ。いかほどかしれま
せん」
 毅然として、メイは言った。
 「ああ、そのとおりだ」
 バッカロスは口に手を当て、わきを向いて
から、ごほんと咳をした。
 彼のくちびるが、わなわなと震える。
 「失礼しました。こんなことお話するつも
りじゃなかったんですが、つい……」
 「うん、いや、いいんだ。真実だから。負
け戦だ。きみに完全にしてやられた」
 バッカロスがあまりに長く、メイのほうを
見ている。
 首から下げたキラキラ石が、何かを感じる
のだろう。蛍の光のように、ふわふわと淡く
かがやく。
 メイは急に恥ずかしさをおぼえ、うつむい
てしまった。
 「もう少しいいかな」
 「少しくらいならいいですわ。若い父と親
友だった、あなたですもの」
 バッカロスが歩きだした。
 「どこへ。どこに行かれるんですか」
 「ちょっとオアシスの水に触れたくなった」
 「はあ?水なんて珍しくもないでしょうに。
惑星エックスにたっぷり……」
 「ほとんど汚れてしまってね。ほんとに情
けないことだ。ううっ……」
 何かを思い出したのだろう。バッカロスが
嗚咽をもらした。
 「とっても小さかったきみが、そんなに大
きくなったんだ。こちらが年老いるのも当た
り前だね」
 年老いたといわれても、いまひとつぴんと
来ない。彼が父と同じくらいだとすると、お
よそ五十がらみ。
 長引いた戦争が彼のたましいを、けずりとっ
てしまったのだろうか。
 六十代の後半にみえた。
 背が低いうえに、猫背。
 落ちくぼんだ眼窩にちんまりとおさまるま
なこは一見優しげだが血ばしり、時折、はっ
とするほどの鋭さを見せる。
 「ええ?わたしは赤子のときに、両親と離
れてしまいました。そんなことだって、いい
加減大きくなってから、育ての親に教えられ
たことでした」
 さあっ、と、親し気にバッカロスはメイの
手をとった。
 「あっ、バッカロスさま、すみません。そ
れではお時間が」
 「いや、手間はとらせん。ちょっと」
 「でも……、ちょっとだけって。いったい
何をおやりになりたいのでしょう。父が心配
しますし」
 メイは足が進まず、自然とバッカロスに引
きずられるかっこうになる。
 (わたしが赤子のときのことを憶えていらっ
しゃって、こんなになさるんだろうが、ちょっ
といき過ぎな感じがするわ)
 メイはこころ穏やかではない。
 これまでの戦争の激しさからみて、ここま
での進展があまりにも出来過ぎていた。
 バッカロスの円盤は、いまだに無傷のまま
である。どこに落とし穴が口を開け、メイを
待ちかまえているかしれなかった。
 メイの気持ちに頓着せず、バッカロスはど
んどん下っていく。
 初め、草木がぽつぽつと生えているくらい
だったが、次第に増えてきた。
 今、ふたりは密林にいる。黄いろに見えて
いるのは、バナナの実。
 「こんなところまで……」
 メイはそうつぶやいた。
 バッカロスは無言のままである。
 (困ったわ。なにかあったらどうしよう?
これでは時間がかかりそう。話の分かるよう
な方だけど、敵は敵。まだ戦いの決着はつい
てないし。あたしの心強い味方、森の動物た
ちは、この砂漠のずっと向こう、高い高い山
を越えなけりゃここまで来れない。なにかあっ
ても、とても助けてもらえない)
 メイは毛むくじゃらのごつい手をふりほど
こうとした。
 だが、バッカロスはそれを許さない。
 超能力が充分に働いていないようで、メイ
を困惑させた。
 (きっと、あの力は少女の時分だけのもの
だったのかしら。この方の本音がわからない)
 泉から流れ出た水が一か所、たまって池の
ようになっている場所にでた。
  
 
 
 
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かんざし  その9

2021-09-25 17:59:25 | 小説
 (きっと、あのかんざしは、あの着物の
人の持ち物に違いない。だから、ああやっ
て、ぼくに姿を見せるんだ。それにしても
ちょっとおかしい。ぼくには見えて、敬三
じいじには見えなかったし。ふつうはそん
なことってないよね……。ちゃんと返して
てってぼくに言っくれたら、すっきりする
のにさ、ああ、なんだか気味わるくなって
きた)
 あの女がこっちに来ないうちに、とばか
りに、はるとは走り出した。
 梅林をぬけ、裏山に入りこんでいく。
 暗くておっかないけれど、そんなことは
もう、どうでもよかった。
 いのししがほじくったせいで、あちこち
穴ぼこがある。
 はるとはそれらにつまずき、転がったり、
起き上がったりをくり返した。
 (おまわりさんに届けたら良かったのか
な。そしたら、ぼく、こんなふうにならな
かったのかな、きっとそうだ……)
 茂みの奥で、ギャッと何かが鳴いた。
 思わず、はるとは目を閉じた。
 けもの道を通っているはずだったが、途
中で、その道を見失ってしまっていた。
 とげのある野イチゴのつるにひっかかれ
たり、無意識に手で押しのけた細い木の枝
が、その反動でもどってきて、はるとの目
のそばをひっぱたいたりした。
 ふいの闖入者におどろき、つがいのキジ
がバタバタと飛びたっていく。
 雄は羽根をひろげ、木々の間を、縫うよ
うに逃げ去ったが、メスはあまりに太って
いる。羽根をひろげたものの、地面を転が
るように走りまわっただけだった。
 茶色のうさぎが飛び出してきて、しばら
くはるとを見つめたが、すぐにどこかにも
ぐりこんでしまった。
 「ごめんね。おどかして。でもね、一番
びっくりしてるのは、ぼくなんだ。ばかだ
ね、つまんないことしたものだから。キラ
キラ光ってきれいなものだから……。拾わ
なきゃこんなめにあわなかったのにね。か
んべんして。ああ、背中のかんざしの持ち
主って、いったい誰なんだろね」
 はるとの声がしだいに大きくなり、林の
中で響きわたった。
 はるとは、足を止めない。
 とまったら最後、あの赤い着物の女につ
かまり、二度と、ここから出られない気が
した。
 はるとの頭の中で、彼女は怪物になって
いた。
 頭から二本のツノが生え、眼が血ばしり
鼻の穴が大きくひらき、口が、耳まで裂け
ていた。
 まるで夜叉のようだった。
 突然、後ろからぐいと手がのび、引っぱ
られたように思えた。
 はるとは前に進めない。
 「助けてください。かんざしはお返しし
ます。背中のリュックの中にあります。お
願いです。カエルみたいに踏みつぶして食
べないで」
 いつまで経っても怪物があらわれない。
 はるとはほっとして後ろ向きになった。
 長くのびた杉の枝が、はるとのリュック
の一部分にひっかかっていた。
 はるとは、動くのをやめた。
 落ち着いて、その枝を、リュックから取
りはずすと、その場にすわりこんだ。
 辺りをぐるりと見まわす。
 幸いなことに、あやしい人影はない。
 リュックの口をゆるめ、中から、かんざ
しを取り出し、腐葉土のうえに置いた。
 
 
 
 
 
 
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MAY   その106

2021-09-21 17:54:21 | 小説
 「はっ」
 バッカロスの護衛は、彼の言葉にすぐに応
じたが、ただの一歩、後ずさったのみ。
 バッカロスを守ろうとする、彼らの意志は
強固ものだった。 
 その光景を見ても、メイはほほえみを絶や
さない。
 バッカロス将軍の顔をまっすぐに見つめた。
 恥ずかしいのか、バッカロスは少し顔を赤
らめ、顔をちょっとうつむき加減にし、右手
でこぶしをつくると口に当てた。
 コホンと軽くせき払いをする。 
 「ポリドンくん、すまないけど」
 「なんだ、どうしたんだ。若いころから怖
いものなしの君だろ。いまさら身体の調子が
わるくなった、なんてことはないだろう」
 「いや、やはりな。寄る年波には勝てずに
いるがな。ただ、ちょっとやりずらい」
 「やりずらい?それはこっちだって同じこ
とじゃないか。長い間、お互い命がけで戦っ
てきたんだし。こちらはやられっぱなしだっ
たしね。こうして平静でいるのが信じられな
いくらいだ。まったくひどいもんだった。野
も山も街も何もかもだ。そっちが破壊したう
えに大切な品々まで略奪しておいて……」
 話しだすと、いろいろ思い出すのか、ポリ
ドンの顔がだんだん紅潮してくる。
 「まあ、そのとおりだが、それを命令した
わが王は、すでに君たちの手のうちにある」
 「いかに王が命令しようが、ポリドンくん、
あなたが、彼の部下たちが彼の命令を無視す
れば良かったではないか」
 「そういわれれば、返す言葉がないが、な
かなかな。時の勢いか……」
 このままでは会見場の雰囲気がわるくなる
一方である。
 まずい、と感じたニッキは、首をゆっくり
まわし、メイの横顔を見た。
 ニッキの心配をよそに、案外と、メイは落
ち着きはらっている。
 彼女の平静さが、何に裏打ちされたものな
のか。ニッキには、測りがたかった。
 ズザッ。
 突然、地球防衛軍と惑星エックス軍の両精
鋭六人の軍靴の音が、会見場の空気を、なお
一層、険悪なものにした。
 双方、三人ずつ。彼らは、会談の始まる前
から緊張でピリピリしていた。
 ポリドンの発した言葉が、ますます、バッ
カロスを守る兵士たちの神経をいらだたせた。
 彼らの右手が、まるで磁石に吸い寄せられ
るように、腰につるされた銃に触れた。
 とっさに、地球防衛軍側の護衛のリーダー
が戦闘服の右腕をさっと上げた。
 「ねらえっ」
 他の二人が、実弾が装てんされた長めの銃
の筒先を、バッカロスの護衛たちに向ける。
 「やめろ。動くな。お前たちがピリピリす
る気持ちもわからないでもないがな。決して
銃に手を触れるな。これは平和の会談だ」
 気色ばんで、バッカロスが命令すると、
 「はっ」
 護衛の三人が声をそろえた。
 「それぞれ、銃の装備をはずせ」
 バッカロスの命令にいやも応もなく、彼ら
は従う。
 ちょっと、場が和んだ。
 「会談を始める前にな。ちょっとメイさん
とおれと、ふたりきりにしてくれないか」
 「いいとも」
 ポリドンが承諾した。
 「五分でいい。ちょっとここから出してく
れないか。どうもいかん。気分がわるくなる。
閉所恐怖症というか、長いこと、狭いところ
で指揮をとっていたせいらしい」
 「わかりましたわ。こちらへどうぞ」
 メイがそう言い、先に歩きだした。

















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つむじ曲がり  (4)

2021-09-19 09:19:35 | 小説
 M小学校わきの小さな消防署。
 種吉は卒業するまでずっと、その車庫の中
をのぞきながら、登下校をくり返した。
 それほど大きくない、長靴のようなかっこ
うの消防自動車なのだが、ちょうど近くで火
事が起きた翌日など種吉が来てみると、車体
は汚れほうだい。
 「きのうはごくろうさま。大変やったね」
 種吉は車のエンジン部分に近づき、手でさ
すり、ねぎらいの言葉をかけた。
 ある日の放課後、種吉は赤い車のわきにし
ばらくすわりこんだ。じっと眺めているとど
こからか靴音が聞こえた。
 それがだんだん大きくなってくる。
 どうやら、子どもが車のわきにいることに
署員のだれかが気づいたらしい。
 種吉は、蛇ににらまれたカエルみたいな気
持ちになり、その場を動けなくなった。
 恐ろしくて、涙がこぼれそうになる。
 ぴたりと靴音がやんだ。
 「なんや、ぼくか。そんなとこにいたらあ
ぶないで。こいつは緊急車両や、いつなんど
き出庫せなあかんようになるか、わからへん
からな」
 ふいに声をかけられた。
 車のかげになっていて、人の姿が見えない。
 (こわいおっちゃんや、きっと)
 種吉の小さな心臓がドキりとした。
 このまま、動きを止めてしまったら、どう
しようと思うほど、じぶんの顔が青ざめるの
がわかった。
 きんきゅうしゃりょう。
 その意味がわからないまま、種吉は困った
ような顔をあげた。
 「ご、ごめんなさい」
 種吉はうつむいたままでそう言い、立ち上
がろうとした。
 だが、体勢がくずれた。
 「あっ」
 と、相手が叫んだ。
 種吉のからだが、水でぬれた床にころがる
寸前に、太い両腕でかかえられていた。
 なんてごっつい腕なんやろ。
 種吉は、口には出さす、心の中で言った。
 「さあ、はよ、行に。いつまでもこんなと
こにいたら、母ちゃんにおこられるで。近寄
るのはもうやめな。見るだけや」
 「知ってるんですか」
 「ああ、毎日、この車、通りの向こうから
じいっと見とるやろが」
 「ああ、はいっ」
 「こんな仕事したいか」
 「はい、そうなんですけど……」
 年配の署員だった。
 白髪まじりのあごひげをなでながら、種吉
の祖父くらいの署員がまじめな顔で問う。
 「ほんまは、ぼく、かぜばっかりひいてる
し、からだ、あんまりじょうぶでないんです。
だから、きっと、こんな仕事はでけへんやろ
と思います」
 「そうなんや、でもなまだまだこれからや。
体はなんぼでもきたえられるで」
 「ほんま?」
 種吉の目が輝いた。
 「でもな、消防署につとめるばかりが社会
のお役に立てる道やない。いろいろあるから
じっくり考えることや。あんたには時間がぎょ
うさんある」
 そう小声でつぶやいた相手の眼に、かげり
が含まれたのを、種吉は幼くても、見逃さな
かった。
 消防署のわき、小道をはさんで町の診療所
がある。
 ホルマリンの臭いが、風にのり漂ってくる
たびに、種吉は鼻をつまんだ。
 種吉は、いそいで診療所の裏にまわろうと
かけ足になった。
 小さな池がある。
 そこで、急に、ざりがり釣りがしたくなっ
たからだった。
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かんざし  その8

2021-09-17 08:32:44 | 小説
 お寺の山の木々の間から、すうっとひんや
りした風が吹きすぎていく。
 カラ元気だったのか、はるとの両肩が、ふ
いにすとんと落ちた。
 気のせいか、お返しものの入った、背中の
リュックがずしりと重くなった。
 はるとは、はあっと息を吐いたが、
 「くそっ、ここで負けちゃおしまいだ」
 と言い、背筋をすっとのばした。
 祖父が育てた梅の木がいくつも林立してい
るのが見える。
 (目的地が近い。あの梅林から山に向かっ
てほんの数分歩いて、あれをけもの道に置い
てくれば今日の任務は完了だ) 
 「よしっ、行くぞ」
 はるとは声に出して、じぶんを励ます。
 それっとばかりに、右足を一歩前に踏み出
そうとするのだが、どうしたことか体がうま
く動かない。
 はるとの頭の中で、今までテレビや映画で
観たことのあるお化けたちが、泡のようにぽ
つぽつと浮かんでは、消えていく。
 はるとは梅林の奥を眺めたまま、しばらく
駐車場にいた。
 (ここまで来て、あそこに行けないなんて
なんて……)
 今ひとつ、意気地のないじぶんに、つくづ
く嫌気がさしてしまう。
 バタンッ。
 突然、背後で、車のドアが閉まる音がした。
 赤子のように、はるとはからだ全体で驚き
をあらわす。
 「ねえねえ、良かったね。じいちゃんのお
墓を作れて」
 男の子の高い声がひびく。
 「そうよね。都会じゃ、墓地を買ったりす
るのは、とてもむりだもの。親しい家族のな
きがらが、狭いロッカーみたいなところに押
し込まれてしまなんて、わたし、とても耐え
られない」
 地味なスーツに身を包んだ三十がらみの女
性が、はるとくらいの男の子の手を取り、
 「おいで、翔太。あなたと同じ年くらいの
男の子がいるでしょ。ほら、ひとりみたいよ」
 「うん」
 「こんにちは」
 はるとは元気よく言った。
 「ぼく、元気ね。ひとりでお墓まいりなん
だ。えらいわ」
 「そうでもないんです。お墓がどこだった
か、分からなくなって」
 とっさに、うそをついた。
 「ほらほら、翔太。そんなに駆けまわんな
いで。墓でころぶとろくなことがないって」 
 男の子は目をまるくして、母親を見あげた。
 「ろく、なことって?いちにいさんの算数
かな」
 彼女はぷっと吹きだした。
 「じゃなくって、つまんないことっていう
かなんというか……、母さんだってよくわか
らないわ」
 「こんなところであまり大きな声でおしゃ
べりするものじゃない」
 女の人に少し遅れてついて来た男の人が声
をひそめた。
 「しょうた、ころぶんじゃないぞ。ころん
だらな、二度とふたたび、二本足で歩けなく
なる」
 年配の男の声がつづいた。
 「こわいよ、お母さん。じいちゃんがあん
なこと言ってる」
 翔太と呼ばれた少年が、女の人のスカート
の裾を両手でつかむ。
 「おとうさん、おどかさないでくださいね。
翔太は何も知らないんだから」
 「ああ、わるいわるい。ついつい、な。あ
りゃ、迷信なんだわな」
 総勢四人の墓参の一団が、急斜面の階段を
のぼりはじめると、急に辺りが静かになった。
 やっと気分が晴れたのか、はるとが体を動
かしはじめた。
 手足をぐるぐるとまわす。習い覚えたばか
りの、ラジオ体操第一の始まりだった。
 「よし、今度こそ、出発だ」
 梅林のわきを通る。
 ここは見晴らしが良く、はるとの祖父、石
塚敬三の家のとたん屋根が見えた。
 はるとは、急に祖父に会いたくなった。
 だが、ここでこの日の目的をあきらめるわ
けにはいかない。 
 (けもの道は、もうすぐだ)
 はるとの胸が高鳴る。
 「じいちゃあん、ちょっと待ってよ」
 さっきの男の子の声が響いた。
 傾きのきつい坂を、先ほど駐車場で出会っ
たの人たちが下っていくのが見える。
 「ひとり、ふたり……。あれれ?さっきは
たしか四人だったのに、どうして……」
 赤っぽい着物をまとった人がひとり多い。
 はるとは目を細めた。
 (あの人って、どこかで見たことがあるみ
たい……、ええっと、どこだっけな)
 気づいたのか、はるとの顔が、ふいに青ざ
めた。
 
 
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