油屋種吉の独り言

日記や随筆をのせます。

かんざし  その2

2021-06-30 18:11:49 | 小説
 敬三が腰に結わえた丸い容器から白い煙が
たゆたい、茂みにひそむ蚊やぶゆたちから彼
の身を守っている。
 敬三はあたりに用心しながら、雑草が生い
茂るけもの道を歩いた。
 (イノシシが通ったあとに違いない、これ
は油断できないぞ。一刻も早く、はるとを見
つけ出さねば……)
 突然、けもの道がとだえた。
 長くのびたつる状の枝が互いに絡まりあい
けもの道をおおっている。
 薄日を受けてきらりと輝いているものに気
づき、敬三は足をとめた。
 野イチゴの実だった。
 われ知らず、敬三が口もとをゆるめ、小さ
いが鋭いとげに気を付けながら、赤い宝石に
似た実を口にふくんだ。
 (これだ、この味だ。久しぶりだな)
 そう思い、ピョッと舌先で飛ばした。
 互いにからみあったつるを、軍手をはめた
右手で、顔を傷つけないよう、道わきに押し
のける。
 「あっ、はると」
 敬三は大声をあげた。
 はるとは身動きひとつしないで、一本の大
クヌギの根もとを見つめている。
 樹液がとろとろと流れ出し、虫たちがそれ
に群がっているようだ。
 「ほら、じいちゃんが迎えに来たぞ」
 敬三はやさしく声をかけた。
 大クヌギの根もとに生えた若草は、はると
の小さな靴で踏みしめられたらしい。
 敬三の眼には、まるで病みおとろえた老木
が、それでもなお、乏しくなった生命力の源
を、森の生き物たちに与えようとしているよ
うに思われた。
 (ご苦労さん、お前も、孫の行く末を案じ
るわしとおんなじ気持ちなんじゃな)
 敬三の眼に涙がにじんだ。
 はるとは、何も答えず、小枝をもった右手
で、老木の根もとの腐葉土を掘ったりさぐっ
たりしている。
 「顔も手も虫に刺されて赤くなって、大丈
夫か、はると」
 敬三は小さいしわがれ声になった。
 はるとは立ち上がりざま、ぶっちょ面をし、
ふん、とわきを向いた。
 クヌギの根もとをぐるりと掘り起こすつも
りだろう。右のズック靴の先を土の中に突っ
込んでいく。
 「どうした、何か不服か?じいちゃんがわ
るいことしたか?」
 「だってだって、じいちゃんが声かけたか
ら、のこぎりクワガタがどっかへ行っちゃっ
たんだもの」
 はるとはクヌギの木の裏手にいる。
 敬三からは見えにくい。
 突然、はるとがあっと声をあげた。
 「ど、どうした?ハチに刺されでもしたか。
変な虫いじるんじゃねえぞ。しっぽが二股に
わかれてる虫には絶対ふれるんじゃねえ」
 「わかってるよ、じいちゃ。ちょっとこっ
ち来ないで。いま、いいとこなんだから」
 しばらく、はるとが動きまわる物音だけが
敬三の耳にとどいた。
 (さっきのクワガタでも見つけたんだろう。
あんまり、くどくいわねえほうがいいな)
 「なんかあったら、じっちゃに言うんだぞ、
いいなっ」
 「うん、わかってる。ちょっとだけ静かに
しててね」
 蚊取り線香があたりにただよい、ほとんど
の虫がどこかに行ってしまった。
 「虫よけの匂い、くさいね。ぼく、もうだ
いじょうぶだからね」
 クヌギの裏手から出てきたはるとがにっこ
り笑った。
 「おうおうよしよし、ほう、虫かごにけっ
こう入ってるな。こりゃ、お前の友だち連中
に自慢ができるってもんだ」
 うん、とはるとは大きくうなずいた。
 はるとが見つめていた木は樹齢およそ百年。
この森でいちばん年老いている。
 四十年くらい前、敬三はこの森でシイタケ
の露地栽培をやったことがある。
 今は杉が林立しているが、その頃、この辺
りは雑木が多かった。
 主にナラやクヌギ、樫といった広葉樹で、敬
三はその中から若くていきいきしたクヌギを
いくつか選び、良さげな枝を伐採してはシイ
タケの菌を植え付けた。
 梅林への帰り道である。
 「ちゃんとじいちゃのま後ろをついて来る
んだぞ、はると。下手に並んで歩くと、小枝
にぴしゃりと顔をたたかれるでな」
 「うん、わかった」
 敬三は来た道とちがった道をあゆんでいる。
 年老いて以来、火葬場へ行くことがひんぱ
んになり、その往復に使う道順をずいぶん気
にしている。
 「おおっ、今でもシイタケの菌が残ってる
とは、な。こりゃ驚いたわい」
 敬三は目をみはった。
 うつむきざま、朽ちかかる寸前の原木の上
にかがみこんだ。
 ひらいたシイタケを、ひとつふたつと右手
でむしりとった。
 「こりゃうめえんだぞ。七輪の炭火で焼い
てな、そこにしょうゆをたらたら垂らすとな、
そんなこと言ってもお前にはわかるまいがな」
 敬三は舌なめずりをした。
 はるとはゆっくりと進んだ。
 身に着けている長袖シャツのおなかあたり
がすいぶんとふくらんでいる。
 はるとは時々、そのふくらみを右の手のひ
らでおおった。

 


 
 
 
  
 
  
 
 
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MAY   その97

2021-06-26 17:13:56 | 小説
 洞窟の天井からぼとっと落ちてきたものが
狙いすましたようにニッキの左肩を直撃した。 
「あっ、何だ、これは」
 ニッキはそれを指先でさっとすくいあげる
と、自分の鼻先にもっていった。
 「くそっ、こりゃ、やられた」
 ニッキの大声に驚き、天井に群れなしてぶ
ら下がっていたものたちが、キキッと鋭い声
をたてるなり、バサバサと羽音を残して飛び
去る。
 メイは、わあっこわいと叫ぶと、床にしゃ
がみこんだ。
 メイの胸の小袋は、まだ十分に輝いていて、
洞窟の内部を照らしだしている。
 「ああ驚いた。あんなのいるんじゃ、地球
とあんまり変わらないわね。あっあれ見てニッ
キ、洞窟の側壁にいろんな絵が描かれてるわ」
 メイは思わず、息をのんだ。
 詳しくはわからないが、太古の人々の生活
ぶりが克明に描かれている。
 簡素なタッチだが、それだけに迫力がある。
 「空を飛んでいるものが、一体、何なのか
どうも理解不能だな」
 先ほどのこうもりのフンがまだ気になるよ
うで、ニッキは、メイからもらった紙切れを
なんども折りたたんだりしながら、戦闘服の
左肩をぬぐった。
 「もうきれいに落ちてるわよ。ニッキって
案外、神経質なんだ」
 「ポリドン将軍からいただいたんだ。いつ
だってきれいにしておかなくっちゃ」
 「忘れていたのに、ニッキ、そんなこと言
うから、お父さんのこと思い出しちゃったじゃ
ないの。お母さん、今ごろどこでどうしてい
らっしゃるかしら?」
 「ごめん。アステミルさんもきっと元気で
いらっしゃる。メイさんのこと見守っておら
れる」
 ニッキはそう断言した。
 「だといいけど……」
 どこで取って来たのか、なじみのリスがメ
イの足もとで何やら食べている。
 「あら、あなたって?おかしいわね。ここ
には食べ物なんてないはずでしょ?」
 リスは答えず、夢中で口をうごかす。
 コリコリいう音が、メイの耳に心地よい。
 ピーっと鳴いて、なじみの小鳥がメイの肩
先にとまる。
 くちばしから漏れ出たらしいものをつっつ
こうとしてあやまって、メイの肩をほんの少
し傷つけた。
 「まあ、ピーちゃんも。あなたたち、ほ
んとにどうしたの、びっくりするじゃない」
 メイのお気に入りの動物たちはいずれもメ
イの問いかけに応えようとしない。
 ただせっせと食べ物を口にしているだけで
ある。
 「おかしいわね、ニッキ?いったい、この
子たちどうしたのかしら」
 「さあね、それよりぼくはさっきの連中の
ほうが気がかりだ。どこかにあいつらの仲間
がいるはずなんだが……」
 ニッキはそう言いながら、洞窟の壁を丹念
に調べだした。
 どこといって、変わり映えのない壁ばかり
がつづいている。
 キラキラ石がその威力を失い始めたらしい。 
 再び、洞窟内部が暗くなってきた。
 「これ以上ここにいても仕方がないみたい
だわ。ニッキ、早く出ましょう」
 「ああ、せっかく手がかりをつかんだと思っ
たんだが……、くやしい」
 メイの仲良しのリスが、洞窟のすみで、何
やらじたばたしている。
 「ほら、リスさん。行くわよ。放っておか
れたら大変よ」
 辺りはほとんど真っ暗になった。
 だが、不思議なことに、リスの姿が闇に浮
かび上がっている。
 「ちょっと待って、メイ。なにかあるよう
だ」
 ニッキがリスのそばに近寄っていく。
 しばらく、ニッキは手で壁をさぐっていた
が、あっと叫んだ。
 何やらとっかかりを見つけたらしく、
 「よし、ここだ」
 と力強く言い、両腕に力をこめた。
 ギギギッ。
 重々しい音をたて、たたみ一畳分くらいの
広さの壁が引きあけられた。
 「あれ?さっきのカレーだわ」
 メイがくんくんと鼻をうごかす。
 「うそだろ、そんなわけない。気のせいだ
よ、きっと」
 向こう側の空間が明るいらしい。
 洞窟の床に光が差しこみ、メイのピンクの
安全靴があらわになった。
 
 
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かんざし  その1

2021-06-22 09:22:20 | 小説
 ホーホケキョ、ケキョと時折、ウグイスが
鳴いて、小鳥や山の動物が好きな敬三をいい
気分にした。
 しかし、大声で、はるととおしゃべりした
のがいけなかったか、ウグイスがケキョケキョ
ケキョ……と鳴きだし、そのうちまったく鳴
かなくなってしまった。
 (やれやれ、つまらんのう。うぐいすを不
快な気持ちにさせてしまったか……。はて孫
は、はるとは、どこにいったのやら……。虫
取り網を持ち出して歩きだしたのは気づいた
けれど)
 梅林のわきは墓地になっている。
 はるとはそこに入り込んだかと敬三は、は
るとがかぶっているはずの白い野球帽を目で
追った。
 石塔の間に目を凝らすが、一向にその帽子
が見あたらない。敬三はあせった。
 「おおいはるとお、どこにおるんじゃあ」
 梅の実をとっている場合じゃないと、持っ
ていた物干しざおを梅の木に立てかけた。
 となりの畑に通じる道になっている。
 梅の実がいくつも落ちたままになっている
青いシートを大きな袋のような形にたたみこ
み、梅の木の根もとに押し込んだ。
 「こまったわい。まっ昼間でも、イノシシ
がうろついてるんだ。こりゃ早く見つけない
と、やつらの突進でもくらっちゃ、ひとたま
りもないぞ。ケガでもさせたんじゃ、娘の洋
子に合わせる顔がない)
 敬三は一段と声をはりあげた。
 彼の声がこだまとなってあたりに響く。
 「よお、はるちゃん、はるちゃんよう、か
くれんぼかい。じいちゃんが鬼になるぞ。さ
あ、うまくかくれろよ」
 敬三はゆっくり、山に向かって歩きだした。
 梅林の向こうは、昔、畑だった。
 こんにゃく芋の栽培が主で、昭和五十年の
初めころは、半俵(三十キロ)およそ一万円
にもなった。おかげで家計がうんと助かった
のを彼はおぼえている。
 だがその後、相場つきが変わった。
 大陸の中国でとれたこんにゃく芋が輸入さ
れはじめ、当然ながら芋の値段が下がった。
 そのうえ、平成に入ったころ、山と人里の
境界があいまいになったかっこうで、猿や鹿
猪といった動物がひんぱんに畑に出没するよ
うになった。
 敬三は野菜類づくりもあきらめ、一反歩以
上ある土地のあちこちに梅やゆずを植えた。
 「ここにいるよ、じいちゃん」
 かすかなはるとの声を耳にし、からだじゅ
うのこわばっていた筋肉が、いちどきにゆる
んだ気がした。
 はるとの声は杉の木立の間から聞こえた。
 「そこで動くんじゃないぞ。じいちゃんが
すぐに行くからな」
 「うん」
 杉の伐採が進まず、下草が生い茂っている。
 敬三はその中を、マットレスのようにふん
わかした腐葉土を踏みしめ、一歩二歩と進む。
 牙をむきだしにし、今にも、はるとに突き
かからんとするイノシシのまぼろしが頭に浮
かぶ。
 敬三は、それをふり払おうと、何度もかぶ
りを横に振った。
 「ぜったいに動いちゃなんねえぞ」
 声に、思いを込めた。
 
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かんざし  プロローグ

2021-06-16 18:45:09 | 小説
 梅雨の晴れ間、雲間から夏の陽射しが差し
込む土曜日の昼下がりのことである。
 小学六年の川上はるとは久しぶりに祖父と
いっしょに過ごせるのでうれしくてしかたが
ない。
 「ねえ、ねえ、もうだいじょうぶなの、お
じいちゃん。そんなにはやく歩きまわってさ。
この前ころんでけがしたとこ、いたくない?」
 「ああ、いたくないさ。はるとの顔見たら、
なおったぞ」
 「お母さんの顔もでしょ?」
 「ああ、もちろんさ。ふたりとも、よく来
てくれたな。こりゃ、はるとに一本とられた
な、わははは」
 石塚敬三は、妻の良子とふたり暮らし。
 嫁いだ娘がときどき、孫をともない、実家
に帰ってくる。ひとり娘だった。
 できれば娘に婿をと思ったが、いまどき簡
単に来てくれるような人はいなかった。
 この日は梅の収穫。
 祖父の敬三が物干しざおを両手で持ち、緑
濃い葉が生いしげる枝の間に、それを突き入
れては左右にバタバタ振る。
 すると梅の実がパチンコ玉のように、木の
幹にぶつかりながら地面に落ちてくる。
 しばらく前までは、地面には草や篠竹がず
いぶん長く伸びていた。
 それでは、落下した際、梅の実が大いに傷
んでしまう。
 だから、敬三は草刈り機を両手でぶんぶん
振りまわし、草や篠竹のほとんどすべてを刈
り取ってしまっていた。
 しかし、さすがに敬三といえど、根っこも
ろともそれらを刈り取ることは不可能。
 ほんの二、三センチくらい、地面から突き
出たまま残した。
 篠竹がはるとの運動靴の底に突き刺さる心
配もないではなかったから、用心深く、敬三
は、ちょっとやそっとじゃ破れない青いシー
トを、梅の木の根もとの地面にできるだけ広
くかぶせた。
 「あいてててっ、じいちゃん、いま、ぼく
の頭に当たったよ。ぼっとんって。青っぽい
のが」 
 「かたいだろ、青いのは?はると、野球ぼ
う、かぶっとるから、だいじょうぶだろ」
 「うん、ちっともいたかないや」
 「よし、強い子だ。えらいぞ」
 「ほら、はるとのそばに、竹のかご、ある
だろ?そこへな、拾ったら入れろ。いっぱい
になったらな、次はコメの袋へ、ざざざっと
入れるんだ」
 「わかった。ざざざざ、だね」
 「そうだ」
 「かんたん、かんたん。赤っぽいのもいっ
しょでいいの?」
 「いいんさ。あとでばあちゃんに分けても
らうから」
 「わかった」
 はるとは何を思ったか、赤い実をひとつつ
まみ、じっと見ていたが、突然、それを両手
でむきだした。
 その姿を敬三がじっと見ていた。
 かぷりとその実にはるとが歯をたてる寸前
で、「おいおい、はると」と声をかけた。
 「なあに、じいちゃん?」
 「それって、なんだろな」
 「これは、ええっと、プラムだよ」
 「プラムってのは、すももだよね。もっと
表面がつるつるしてるんじゃないかい。それ
って、ちょっとちがうんじゃないか」
 敬三はやんわりと説得したが、はるとはや
めない。どうやらおなかが空いているらしい。
ちょっとだけ果肉を口に入れ、むしゃむしゃ
とやった。
 「あっ、だめだ。やっぱり、すっぱい」
 はるとはそう言って、食べさしの実を、遠
くへ放り投げてしまった。
 
   
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MAY  その96

2021-06-11 19:17:35 | 小説
 「まあ、あなたちっていったい……」
 メイは地べたにはいつくばっている黒っぽ
い生き物に見おぼえがある。
 「よくもまあ、どうして、こんなところま
で来れたの?」
 そう言いいながら、泥だらけのリスを胸に
かかえこんだ。
 「めえちゃん、ぶじでよかった」
 あいうえおの言えないつくりの口で、リス
が必死に思いを伝えようとする。
 メイはいとおしさで胸がいっぱいになった。
 「ピーちゃんも……」
 メイは涙ぐんだ。
 小鳥はなんとかして、メイの肩にとまろう
と羽をばたつかせる。
 「ううっ、うう」
 黒装束のひとりが、彼女を追いはらおうと
銃をふりまわす。
 足もとまでおおった厚い黒衣がバサバサと
音をたてた。
 「やめてください。危ないじゃないですか。
暴発したらどうするんですか。小鳥が飛んで
きただけじゃないですか、お願い」
 メイがそう訴えるが、彼はメイの言うこと
を聞こうとはしない。
 彼は、メイの背中に銃のつつ先を押しつけ、
ぐりぐりとねじった。
 「い、いたい。やめて、やめてください」
 両手で銃を高々とあげると、そのままメイ
の背中に打ち下ろそうとした。
 「やめろ」
 すぐさまニッキが彼にとびかかり、取っ組
み合いになった。
 洞窟の中がわんわんひびく。
 「よくも、よくも……」
 メイがひとりごちた。
 彼女のからだが急速にあたたまってくる。
 (あっ、わたしったらいったいどうしちゃ
ったんだろう。これっていったい……)
 心臓のドクンドクンという音がしだいに高
まり、それまで以上に体内に血液を送り出そ
うとしはじめた。
 メイの顔がぽっぽぽっぽ燃えるよう、まな
ざしがきつくなってきて……、さながら仁王
を思わせた。
 彼女の怒りが頂点に達したとき、首にかけ
たキラキラ石入りの小袋が光りだした。
 洞窟の中が、まるで昼間の太陽に照らされ
たように明るくなった。
 まるでメイ自身が紫色の太陽になったかの
よう……。
 「メイちゃん、おさえて。それでじゅうぶ
んじゃ。それ以上怒ると、この洞窟もろとも、
あんたのからだが吹き飛んでしまう……」
 メイの耳の奥で懐かしい声がした。
 モンクやメリカが住む森にいるはずの年老
いたヒヒの声だった。
 (きっと空耳、でもそれでもいい、まぼろ
しでもいいから会いたい、あのおじいさんに)
 メイはそう強くのぞんだ。
 ニッキのからだは、もうひとりの黒装束の
暴力によってむりやり洞窟の壁に押し付けら
れていたが……。
 まもなく銃を持つ黒装束の両手が、だらり
と垂れさがった。
 彼の体が、洞窟のゆかにくずおれるように
倒れるのにあまり時間がかからなかった。
 黒ずくめのふたりはいずれも、ぴくりとも
しなくなった。
 「メイ、もうだいじょうぶだ」
 両手で銃をかまえたニッキが、メイに向か
って叫ぶと、彼は横たわっているふたりの顔
をおおっていたフードをくるりと取り去った。
 「おお、これは……この顔は。もはやわた
したちのものじゃない。太古の……。ああな
んてことだ、どうしてこんなことが……」
 そういったきり、ニッキは口を閉ざした。
    
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