油屋種吉の独り言

日記や随筆をのせます。

MAY  その73

2020-11-25 22:19:58 | 小説
 「ニッキイ、メイちゃあん。どこにいるの
よお。あんたたちこんな寒空にわたしを放っ
ておく気なの。ひどいったらありゃしないわ。
とってもいいこと、教えてあげようと思って
たのにい......」
 両手で耳をおさえたくなるほどのケイの叫
びが、ふたりが汚れるのを覚悟で通りぬけて
きた穴の向こうから聞こえてくる。
 洞窟の内部はとても寒かった。
 底冷えがするような空気がメイの足もとか
らはいあがってきて、彼女を震え上がらせは
じめた。
 ケイの様子が気になって、メイがのぞいて
みると、荒涼とした森の地肌に積もった雪が
ちらりと見えた。
 「メイ、ちょっとそこをどいてくれる」
 ふりかえると、重そうな石を両手でもった
ニッキがメイのすぐ後ろにたたずんでいる。
 「それって何なの。あなた、いったい何を
する気なの」
 メイが尋ねている間にも、ニッキは黙った
まま、足を踏みしめ、洞窟に通じている穴に
近づいて行く。
 メイは、ニッキがやろうとしていることを、
おおよそ察することができた。
 「メイには気の毒だが、今はこうするしか
ないんだ。敵か味方か、ケイの正体がはっき
りしない以上……」
 「やめて。そんなことしたら、ケイが、わ
たしの友が入ってこれなくなるじゃないの」
 メイがニッキの腰に両手をまわし、なんと
かして、彼がその石を、穴に押し入れるのを
妨げようとした。
 だが、女が男の力にかなうはずもない。
 ドサッと音がして、穴はほとんどふさがれ
てしまった。
 メイはその場に泣きくずれた。
 そして両手を合わせた。
 祈りが大いなる力に届くよう、懸命に何か
を口ごもった。
 自分でさえ、いったい何を言っているのか
わからないほどだった。
 彼女の声は次第に大きくなり、洞窟の中で
わんわんと響いた。
 「今、彼女に洞窟内部の実情を詳しく知ら
れたら、と思うと」
 ニッキは言いよどんだ。
 メイはそれに対してこたえず、ただ一心不
乱に祈るだけだった。
 ふとメイの祈りがやんだ。
 「だって、ケイは帰って来てくれたんじゃ
ないの。わたしたちのもとに。なのに、そう
やって……。どうして彼女の気持ちを無にす
るようなことをするの?」
 メイのこころの中で、何かがポッと燃えあ
がった。
 それはまるで油に火が付いたようで、すぐ
に火の勢いが強くなった。
 メイのからだが徐々に熱くなる。
 それは、まるで時速数百キロで走行するス
ーパーカーのエンジンが、フル回転するのに
似ていた。
 メイのまわりの空気がしだいにあたたまり、
ついには洞窟全体の気温が、とてもいごこち
の良いものになった。
 「メイ、いったい、きみは……」
 ニッキは驚きを隠さない。
 メイは決然と立ち上がった。
 「わたし、ケイを連れて来るから」
 「ええっ?とんでもない。そんなことでき
るわけがないじゃないか」
 「まあ、見てらっしゃい」
 洞窟に通じる穴のそばに寄るなり、メイは
ニッキが押し込んだ石に両手をのばした。
 それは彼女によってかるがると運ばれ、ま
たたく間にもとの位置にもどされた。
 穴がぽっかりとあき、外の様子が手に取る
ようにわかる。
 雪がまた降り出し、あたりはまるで白いす
だれがかかったような状態だ。
 「それじゃわたし、行ってくる」
 メイはまるで巨大なモグラのよう。
 両手両足を使い、がんとして崩れなかった
洞窟の壁を粉砕し、ひとひとり、楽に通り抜
けられるほどの空間を作りあげた。
 ニッキはあっと言ったきり、押し黙ってし
まった。
 メイは、その荒涼とした原野を、ものとも
せずに進んで行く。
 「ケイ、ケイ。どこにいるの」
 と叫びながら……。
 どれくらい時間が経っただろう。
 ニッキは洞窟の中でメイの帰りを待った。
 彼女の父、ボリトンがニッキに言ったこと
を思い出していた。
 「メイは、とんでもない力を発揮する可能
性があるからな、気をつけて」
 その力はニッキが想像していた以上だった。 
 
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MAY  その72

2020-11-18 15:21:27 | 小説
 突然、空が真っ暗になった。
 ひゅんひゅんと弓が空を切るような音が空
から降ってきて、森の中で響きはじめた。
 たまらず、ニッキは耳を抑えた。
 敵の円盤が何らかの攻撃を始めたらしい。
 だが、ニッキは冷静だ。
 そばにやっかいなケイがいる。
 決して、腰の拳銃から手を外したりするこ
とはない。
 「ねえ、真っ暗じゃない。どうしたんでしょ
うね、これって。それにこの音、鼓膜が破れ
そうだわ。ニッキもメイも、わたしといっしょ
に安全な場所に移動しましょうよ」
 ケイはニッキにまとわりつくのをやめ、ふ
たりに向かってそう言った。
 「そうだな」
 ニッキはぽつりと言った。
 ケイの目的を見抜いていたニッキは、メイ
をケイから引き離そうとした。
 バリバリ、バリバリッ。
 ふいにすさまじい音がした。
 遠くからだと、それは光の柱が地面から突
き立っているとしか見えない。
 青く、紅く、そして最後は白っぽくなる。
 まるでいくつものかみなりが、すぐそばで
落ちたようだ。
 ニッキとメイが歩いて来た道に沿って、そ
れは地面を刺しつらぬきながら近づいて来る。
 「とんでもないな、これは。ケイ、こんな
ことはしたくはないが、きみのためだ」
 ニッキはそう叫ぶと、ケイの体を両手でか
かえ上げ、林の中へ運んだ。
 「ニッキ、やめて。わたし、ずっとずっと
前からあなたのことが……」
 放り投げられた衝撃で、ケイの体は、雪の
中にめりこんだ。
 雪が鼻や口になかに入って来て、ケイは話
すことができない。
 それどころか、空気さえ思うように吸えな
い状態になった。
 ケイはしゃにむに首を横にふり、
 「何すんのよ、ニッキ。わたしを殺す気」
 「しばらくそうやって、じっとしているん
だな。味方と信じていたものにやられたくな
いだろ」
 ニッキはメイをうながして、すばやく道か
らはずれた。
 「ニッキ、わたしたち、いったいどうなっ
てしまうの」
 「それはぼくにもわからない。運を天にま
かせよう」
 光の柱というより、それは火の柱というべ
きものだった。
 まるでマグマが天から降ってくるようだ。
 そばにあるものをみな、次から次へと焼き
尽くしていく。
 さいわいなことに、火の柱はいったん通り
すぎた。
 だが、ほっとしたのもほんの少しの間、そ
れは、再び戻ってきはじめた。
 「さあ行こう」
 「どこへ」
 「あそこさ。あの洞窟」
 「行けるかしら」
 洞窟まではかなりの遠回りになった。
 森の中が荒らされ、木々が散乱している。
 その上に雪が降りつもっている。
 ニッキが先頭になり、用心深く前に進みは
じめた。
 雪をかき分けたとたん、にゅっと小枝がや
りのように突き出してくる。
 うっかりすると、ひどい傷を負いかねない。
 こんな時こそ、首につるした石の力を借り
たいもの、とメイは手でさぐった。
 だが、それは見あたらない。
 きっとどこかで失くしてしまったのだろう。
 悔しくて、メイは涙がこぼれた。
 「ニッキ、待って。わたしも連れて行って」
 なんとか、雪の中からはい出したのだろう。
 後方で、ケイの声がした。
 (そうしたいのはやまやまだが……。今は
できない)
 ニッキはこころの中でケイにわびた。
 洞窟に入りこめば、ケイの口を通じて、敵
にきらきら石のすべてが明らかになってしま
うかもしれない。
 それに、火の柱が、洞窟の壁を木っ端みじ
んに粉砕してしまう恐れもあった。
 ニッキはいちかぱちかの大勝負にでたので
ある。
 せまい入り口をふたりして、はあはあ息を
弾ませながら抜け出し、闇の中で、火柱が通
りすぎるのを待った。
 ニッキは大いなるものに祈った。

  
 
  
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MAY  その71

2020-11-13 22:57:01 | 小説
 ケイはフードをはずし、メイに近づいた。
 「まあ、やっぱりあなただったのね。こん
なところで会うなんて、いったいどうしたこ
とでしょう。あなたのおばあさま、ずいぶん
ご心配なさっていたわよ」
 「わかってるわ」
 「もう家には寄ったんでしょ」
 「ああ、まあ。用があって」
 「ほんとう?わたしにはうそついたらいや
だわ」
 「ちょっと近くを通りかかったのよ。そし
たらあなたたちったら、雪合戦なんてやって
るじゃないの。驚いたわ。わたし、ふいに子
どもの頃を思い出しちゃってね」
 ケイはなかば涙声になった。
 「もう今までどうしてたの、なんていわな
いわ。今が今良ければそれでいいわ。いっしょ
にやりましょう」
 「うん。ありがとう、メイ」
 久しぶりに会って、メイはケイと子供のよ
うにたわむれ始めた。
 抱き合ったり、雪の上をころがったり。
 しかし、ニッキの胸中は穏やかではない。
 (ケイだって?ケイがなんだってこんなと
ころに今頃やって来るんだ)
 ニッキはいそいで、ケイについての情報を
頭の中から引きだそうとした。
 森の中で数日行方知れずになってからとい
うもの、ケイは様子がおかしくなったらしい。
 気の毒なことに、彼女は黒い円盤にさらわ
れてしまい、脳に何らかの手術を施されたら
しいことが判明していた。
 もはやケイは地球防衛軍にとっては敵でし
かない。
 それを認めることには、ニッキもためらい
があった。
 ケイはほとんどロボット同然。
 敵の思うように操られていた。
 (同情すべき点があるにはあるが……)
 ニッキはなんとかしてケイを打ち負かさな
くてはなるまいと思った。
 ケイとメイが雪合戦に興じている間に、ふ
とした瞬間に、ケイの左手がニッキの腰の拳
銃にのびた。
 「すき、ありよ」
 メイは大声をだした。
 両手ですくった雪を、あろうことか、ニッ
キの顔面にあびせかけ始めた。
 「こ、こら、メイちゃん。どうしてこんな
ときに。ケイがねケイが……」
 「ケイちゃんがどうしたの」
 ニッキは目といわず鼻といわず、雪まみれ。
 ろくに話もできない。
 たまらず、ニッキは降り積もった雪の上に
這いつくばるしかなかった。
 「こうさん、降参。もうかんべんして」
 ニッキは白旗をあげた。
 「だあめ。許してあげない」
 ケイの声だった。
 メイとケイ。
 ふたりして、攻撃されてはたまらない。
 たちまち、ニッキの体は雪だるまになった。
 またもや、ニッキの腰のあたりがもぞもぞ
する。
 ケイはニッキの銃をとるのを、あきらめて
いないらしい。
 そう感じたニッキは、渾身の力をふりしぼ
り、雪からの脱出をこころみた。
 「ねえ、メイちゃん。ニッキって、まだ降
参してないみたいよ。もっと雪をかぶせてあ
げましょうよ」
 ケイがそそのかすと、メイは、
 「そうね。でも、なんだか、かわいそう」
 「遠慮なんてしないでいいのよ。子どもの
わたしを、さんざんにいじめたんだから」
 「あら、そうだったからしら?いじめたん
じゃなくってよ。あなたがわたしをいじめる
のを、とめようとしただけじゃない」
 ニッキは動くのをやめた。
 メイとケイの話に、しばらく耳をかたむけ
ることにした。
 変に感情的になって、おのれをさらけ出し
ては、ケイの背後にいるほんものの敵に、弱
みをつかまれることになってしまう。
 ニッキはそう感じた。
 

 
 
  
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