その後どうしたことか、敵の襲来が間をお
くようになり、いつの間にかやんでしまった。
メイの住む街に、つかの間、平和が訪れた
のである。
「何はともあれ、良かったじゃないか、あ
んた。そんなに神経質になってると、あいつ
らにまた来てくださいと言ってるようなもん
じゃねえかよ」
メリカが庭先のヤギの乳しぼりをしながら、
望遠鏡の筒先を、まばらになった高い杉のす
き間からのぞいている青空に向けているモン
クに、声をかけた。
「警戒するにこしたことないぞ。やつら集
団で行動してるんだ。まあ、いわばお山の猿
どもみたいなもんでさ。今はどこかほかへ行っ
て、えものを物色してるにちげえねえ。その
うち戻ってきて、また大あばれするだろな」
「へえ、言わんでくれ。考えただけでうん
ざりだ。もう、ここにゃ、立派な杉もひのき
もねえ。欲ふかなことは一切いわねえからな。
ふつうの生活がしたい。地上のものも、地下
のものも、もう、しこたまいいところを持っ
て行ったんだろ。こんでいいぞ、絶対にな」
メリカの声が、木々の間で、ワンワンとこ
だました。
ある日、メイはモンクの許可をえて、森の
中に行くことにした。
「まあ行っても、大丈夫だと思うがな。ひょ
っとして、ということもあるぞ」
「ううん、でも」
メイの身を案じるメリカが、
「そんならわたしもいっしょに行くから」
と告げたが、メイは気乗りがしない。
メイはひとりで歩きたかった。
いろんなことを、自分なりに考えたかった
のである。
「あんまり遠くへ行かないわ。何かあった
らすぐに帰って来るし、飼い犬のゴンを連れ
ていくからね」
そうふた親に向かっていい、
「ゴンと一緒ならな、何かあっても、やつ
が立ち向かってくれるしな」
ゴンが助け舟だった。
葉を落とした木々の間を、ひんやりした風
が通りすぎていく。
久しぶりの散策に、メイのこころは、のび
のびと晴れやかである。
ゴンも大よろこびだ。
落ち葉に鼻先をつっこみ、くんくんやって
いたが、なにやら見つけたようで、前足で地
面をほじくり返し始めた。
メイは近くの木の根っこにすわった。
荒れはてた森からは、昔の風景を思い起こ
すことも容易ではない。
春には春の、秋には秋の動植物が、その生
命を満喫していた。
目をつむり、その景色を、思い浮かべよう
とするが、容易ではない。
彼女のつぶらな瞳が、涙でうるむ。
その時、彼女のこころのスクリーンにひと
つの画面が浮かび上がった。
小さな子。
ピンク色のおくるみにくるまれているよう
で、どうやら女の赤ん坊のようだ。
白い煙が彼女のまわりに漂いはじめ、メイ
は、どうにかして彼女を救わなくては、とあ
せった。
そう思っても、こころの映像である。
どうすることもできない。
メイは悲しくて、涙がぽろぽろとこぼれた。
その時、パタンと音がして、赤ん坊がいる
カプセルわきの小窓がひらいた。
煙がそこから外へと流れだしていく。
誰かわからないが、ひげ面の男の人がのぞ
きこんでいる。
(自分とその子が、いったい、どのような
かかわりがあるのだろう。そして現れた男の
人。彼は何者なのか)
その疑問は、彼女が家に帰りつくまで、ずっ
と彼女の脳裏に張りついたままだった。
ゴンがメイのもとにもどってきた。
盛んにしっぽを振る。
口が半ばひらき加減だな、と思ったら、ど
うやら何かをくわえているようだ。
「それ、なあに。わたしに見せて」
メイがゴンに向かって言うと、ゴンはぱっ
くり口をあけた。
ぽろりと丸いものがこぼれ落ちた。
メイは、それを手のひらの上にのせ、じっ
と見つめた。
直径およそ五センチ、ゴルフボールくらい
の重さがある。
メイは今までに見たことがなかった。
気味がわるくなり、遠くへほうり投げたが、
ゴンは承知しない。
枯れた草むらの中でガサゴソ探し回り、再
び、それをくわえて来た。
メイは、その匂いをかいでみたが、あまり
好きになれないと思った。
どうやら犬の嗅覚をいたく刺激するものの
ようである。
「これは何なの」
メイはほほ笑みながら、ゴンを見下ろして
たずねた。
彼は、長い舌をだらりと垂らし、しっぽを
振るばかりである。
「しかたないわね。ゴンのお気に入りなら」
メイは、持参したバスケットに、ほかの木
の実といっしょに入れ、持ち帰ることにした。
その時、ピーピーッと鳥の鳴き声がした。
思わずメイは笑みを浮かべ、立ち止まった。
聞き覚えがあるが、しばらくぶりである。
ちょっと自信がなかったが、メイは両腕を
ぐんと、ま横にのばした。
くようになり、いつの間にかやんでしまった。
メイの住む街に、つかの間、平和が訪れた
のである。
「何はともあれ、良かったじゃないか、あ
んた。そんなに神経質になってると、あいつ
らにまた来てくださいと言ってるようなもん
じゃねえかよ」
メリカが庭先のヤギの乳しぼりをしながら、
望遠鏡の筒先を、まばらになった高い杉のす
き間からのぞいている青空に向けているモン
クに、声をかけた。
「警戒するにこしたことないぞ。やつら集
団で行動してるんだ。まあ、いわばお山の猿
どもみたいなもんでさ。今はどこかほかへ行っ
て、えものを物色してるにちげえねえ。その
うち戻ってきて、また大あばれするだろな」
「へえ、言わんでくれ。考えただけでうん
ざりだ。もう、ここにゃ、立派な杉もひのき
もねえ。欲ふかなことは一切いわねえからな。
ふつうの生活がしたい。地上のものも、地下
のものも、もう、しこたまいいところを持っ
て行ったんだろ。こんでいいぞ、絶対にな」
メリカの声が、木々の間で、ワンワンとこ
だました。
ある日、メイはモンクの許可をえて、森の
中に行くことにした。
「まあ行っても、大丈夫だと思うがな。ひょ
っとして、ということもあるぞ」
「ううん、でも」
メイの身を案じるメリカが、
「そんならわたしもいっしょに行くから」
と告げたが、メイは気乗りがしない。
メイはひとりで歩きたかった。
いろんなことを、自分なりに考えたかった
のである。
「あんまり遠くへ行かないわ。何かあった
らすぐに帰って来るし、飼い犬のゴンを連れ
ていくからね」
そうふた親に向かっていい、
「ゴンと一緒ならな、何かあっても、やつ
が立ち向かってくれるしな」
ゴンが助け舟だった。
葉を落とした木々の間を、ひんやりした風
が通りすぎていく。
久しぶりの散策に、メイのこころは、のび
のびと晴れやかである。
ゴンも大よろこびだ。
落ち葉に鼻先をつっこみ、くんくんやって
いたが、なにやら見つけたようで、前足で地
面をほじくり返し始めた。
メイは近くの木の根っこにすわった。
荒れはてた森からは、昔の風景を思い起こ
すことも容易ではない。
春には春の、秋には秋の動植物が、その生
命を満喫していた。
目をつむり、その景色を、思い浮かべよう
とするが、容易ではない。
彼女のつぶらな瞳が、涙でうるむ。
その時、彼女のこころのスクリーンにひと
つの画面が浮かび上がった。
小さな子。
ピンク色のおくるみにくるまれているよう
で、どうやら女の赤ん坊のようだ。
白い煙が彼女のまわりに漂いはじめ、メイ
は、どうにかして彼女を救わなくては、とあ
せった。
そう思っても、こころの映像である。
どうすることもできない。
メイは悲しくて、涙がぽろぽろとこぼれた。
その時、パタンと音がして、赤ん坊がいる
カプセルわきの小窓がひらいた。
煙がそこから外へと流れだしていく。
誰かわからないが、ひげ面の男の人がのぞ
きこんでいる。
(自分とその子が、いったい、どのような
かかわりがあるのだろう。そして現れた男の
人。彼は何者なのか)
その疑問は、彼女が家に帰りつくまで、ずっ
と彼女の脳裏に張りついたままだった。
ゴンがメイのもとにもどってきた。
盛んにしっぽを振る。
口が半ばひらき加減だな、と思ったら、ど
うやら何かをくわえているようだ。
「それ、なあに。わたしに見せて」
メイがゴンに向かって言うと、ゴンはぱっ
くり口をあけた。
ぽろりと丸いものがこぼれ落ちた。
メイは、それを手のひらの上にのせ、じっ
と見つめた。
直径およそ五センチ、ゴルフボールくらい
の重さがある。
メイは今までに見たことがなかった。
気味がわるくなり、遠くへほうり投げたが、
ゴンは承知しない。
枯れた草むらの中でガサゴソ探し回り、再
び、それをくわえて来た。
メイは、その匂いをかいでみたが、あまり
好きになれないと思った。
どうやら犬の嗅覚をいたく刺激するものの
ようである。
「これは何なの」
メイはほほ笑みながら、ゴンを見下ろして
たずねた。
彼は、長い舌をだらりと垂らし、しっぽを
振るばかりである。
「しかたないわね。ゴンのお気に入りなら」
メイは、持参したバスケットに、ほかの木
の実といっしょに入れ、持ち帰ることにした。
その時、ピーピーッと鳥の鳴き声がした。
思わずメイは笑みを浮かべ、立ち止まった。
聞き覚えがあるが、しばらくぶりである。
ちょっと自信がなかったが、メイは両腕を
ぐんと、ま横にのばした。