昨日は、紫式部がかつて住んでいたと言われる「蘆山寺」を訪れて、その後寺町通を歩き回りました。
寺町通というと、文字通りお寺がたくさんある通りです。
それもそのはず、豊臣秀吉が京都の町を整備して、改造をしたそうです。
お寺をひとところに集めたのもその一つでした。
一説によると、お寺を並べて、京都の町の防御ラインにしたという話もあります。
そんなことで、お寺のことを学ぶには、一度にたくさん回ることができるので、便利です。
ここは、通称「革堂」と呼ばれるところです。
西国三十三か所の19番目の札所となっているところです。
たいへん古くから京都の人たちには、知られていたお寺だそうです。
昔は、下京の「六角堂」、上京の「革堂」と言われて知られていたそうです。
先日、「六角堂」には行ったので、この「革堂」にも来たかったのでした。
これは、御朱印をもらわないと・・・。
蘆山寺に続いて、御朱印を頂きました。
あまりにお寺が多いので、全部のお寺でもらっていたら、高くついて大変です。。。
すぐ近くに、お寺ではないのですが、「下御霊神社」がありました。
平安京に遷都する際に、様々な災難があり、たたりを鎮めるためにつくられた神社です。
平安の人たちは、病気が流行ったり、天災があったりすると、亡くなった人たちが、たたりを起こしていると考えたそうです。
そのために、神社をたくさん作って、世の中を鎮めようとしたようです。
桓武天皇の弟と言われる早良親王が祀られているのですね。
桓武天皇の家臣が暗殺されて、その首謀者と疑われて、不本意な死を遂げたそうです。
さて、有名なところでは、本能寺がありました。
織田信長が、明智光秀に討たれたのは、今の場所ではなくて、後に移転してきたようです。
ほんとに寺町通は、寺院が多いです。
おもしろそうな石碑もたくさんありました。
小倉百人一首を編纂した藤原定家の屋敷跡がありました。
囲碁の「本因坊」の発祥の地だそうです。
同志社を設立した新島襄の屋敷跡もありました。
この寺町は、古本屋さんや雑貨店などもあって、なかなか楽しい通りです。。。
うろうろ歩いて、疲れたので、進々堂でお昼ご飯にしました。
おしゃれなお店も多いので、ぶらぶらと歩くには、なかなか良い散歩コースです。
歩いている人も多くはなくて、気持ちの良い一日となりました。
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