隠者が幽居する谷戸の古い地名は紅葉谷と言っていた。
少し山に入った獅子舞辺りは紅葉狩のハイカーも多く、谷戸のあちこちに紅葉の老木が残っている。
鎌倉の紅葉の見頃は例年12月に入ってからだ。
温暖な鎌倉の楓は京都のような鮮烈な色とはならず、滋味のある落着いた色合いのままやがて目立たずに散って行く。
我が荒庭の楓もようやく紅葉し、時雨に濡れて彩度が上がると寂光を放つように仄と明るむ。
写真はまだ時雨の残る庭で撮したので、一層寂しげに煙った色調で気に入っている。
谷戸を囲む山々の紅葉も地味な黄枯色で、淡くしみじみとした味わいがある。
永福寺跡の裏山は葛紅葉に覆われて昔の和歌に詠まれているような景色が見られる。
各地を旅していても全く植林の無い昔ながらの里山は滅多にない。
今や自然のままの只の雑木の山はそれほど貴重なのだ。
古い日本の風景画は水墨山水が多いので一般的には色まで思い浮かばないだろうが、100年前まではこんな里山の色こそ故郷を象徴するイメージだったのだろう。
釣瓶落としの日暮には鎌倉宮の灯籠が点っていた。
ここの楓も燃えるような赤にはならず、寒暮にふさわしい冷めた色味だ。
暮空の紺青を反映した赤と灯籠の橙色の対比が程良く、いかにも冬紅葉の肌寒さが迫る。
早く帰って温かい珈琲でも飲もう。
家に帰れば12月6日は有馬朗人師の命日で、ほんの気持ちだけの供養をしよう。
(句集天為 初版 有馬朗人 露団団 初版 山口青邨)
有馬先生とさらにその先師の山口青邨先生の句集を並べた。
今頃はあの世で他の先輩方も一緒にさぞ楽しい句会を開いているだろう。
「光堂より一筋の雪解水」有馬朗人 天為より
「銀杏散るまっただ中に法科あり」山口青邨 露団団より
我家の正月は旧暦でやるので世俗の師走の慌ただしさも無く、段々と深まりゆく冬の暮しをゆっくりと
楽しめる。
昔から避寒の地であった鎌倉の冬の枯淡なる味わいは、また折々に紹介して行きたい。
©️甲士三郎