幻冬の花には見た目の華やかさより、季を超えて夢見るような趣きが欲しい。
昔から好まれる玉椿や侘助にはそんな風情がある。
近年の我が荒庭で見られるようになったのが、気候変動で花期に迷ったかのようにこの極月から正月にかけて小振りに咲く紅山茶花だ。
ーーー幻冬の古壺に抱かれて花紅しーーー
(古越前お歯黒壺 江戸時代)
以前から庭にある木で昔は11月に普通の大きさで咲いていたのが、開花時期が遅くなり小型になってしまったのだ。
しかし今ではその慎ましさが一層幻冬のイメージに合い、細身で気に入っているお歯黒壺に入れて眺めている。
寒椿よりやや冷たい赤色も大雪(たいせつ)頃の節季には似合うと思う。
こんな花は寂び枯れた古壺に無造作に投げ入れると、その生命感が一際愛おしく見えてくる。
我家は寒椿寒梅は1月からと決めているので、花の少ない12月に山茶花は重宝する。
ーーー木の葉より白山茶花の散り易くーーー
(古伊万里染付油壺 江戸時代)
こちらは普通の大きさの山茶花で、通常通り11月始めから咲いていた。
花びらの先端にごく薄い紅色が差していて、江戸時代の小料理屋の窓辺に飾ってあったような古伊万里の小壺に入れると風情がある。
上の紅山茶花のような玄妙さは無いが、冬場には貴重な可憐な花だ。
今頃の花屋ではクリスマス飾りばかりで和花は見当たらないので、12月の庭に山茶花は必須の花だろう。
今日の散歩のお供は漢詩集だ。
(唐山感情集 初版 日夏耿之介)
これは日夏耿之介の選んだ漢詩集で彼の好みが良く反映されていて、一風変わった古詩が多い。
彼の文章はなかなか気が利いているのだが、詩の翻訳の方は余り期待しない方が良い。
冬の日の散歩にはこんな古い詩集が持って来いだと思う。
ただ漢詩には冬の名作があまり無く、枯山河や雪景色に心動かされるのは日本人特有の情かもしれない。
年間の気候では30度以上の日が多くなり7〜9月は外出には不適だから、今頃の小春の陽射しなら是非外に出て初冬の空気を楽しむべきだろう。
鎌倉の12月は観光客も少なく、普段は混んでいる寺社も静かで良い。
少し寂れた紅葉もまだ残る閑寂な谷戸は、まさに幻冬の雰囲気で詩歌の吟行にもお薦めの時節だ。
ーーー人失せし路に灯が入り哀愁の 曲が流れる幻喫茶ーーー
©️甲士三郎