案の定連休が明けてすぐ走り梅雨となった。
昔ながらの爽やかな5月は何処へ行ってしまったのか。
この調子では牡丹園に続き薔薇園のスケッチも駄目そうなので、せめて今日は散歩道での句歌吟行でもしよう。
「緑雨」とか「青葉冷え」などの詩語季語を知っていれば、それを味わいに雨中の散歩に出ようと言う気にもなれる。
ーーー白花の従容と散る緑雨かなーーー
鎌倉宮脇の路地に卯の花の小花が群れ咲いていて、他の色の花が無い今はシンプルな色彩の統一感がある。
緑一色に潤う山野に咲く細やかな白花には、まさに玲瓏たる気品と鮮烈な生命感が感じられよう。
鎌倉宮で来週は卯の花祭りがあり、卯木を手に持った巫女舞が見られる(多分)。
ーーー仄暗く曇る日多き路地抜けて 鎌倉宮は卯の花祭りーーー
ここの鳥居は珍しい白鳥居で、卯の花と同じく緑の中にこそ瑞々しく映える。
これが普通の朱色だと初夏の緑の中ではややどぎつくなる。
小雨に濡れて緑の彩度もあがり、曇の拡散光で陰影も柔らかい。
諸賢も奈良京都の古寺社にでも行って写真を撮るなら、曇りか小雨の日の方が重厚で落ち着いた感じが出せる。
かえって晴れた真昼の全光では、どんな写真家でも見るに耐えない物しか撮れないだろう。
永福寺跡の端には珍しい白あやめが咲く。
ーーーあやめ川物を想えば時移り 水の上にも光流るるーーー
どこかの庭に植えてあった物が繁殖したのだろうか、鎌倉の路傍には結構こういった外来種園芸種の花も多い。
帰り際に我家の裏路地の白花を切って来て活けた。
ーーー風薫り緑の光通ふ窓ーーー
絵は棟方志功の「花深処無行跡」で、志功お得意の木版画ではなく肉筆墨画だ。
壁に映る光も窓外の青葉を反映してやや緑がかっているのが、画題の「花深処」と呼応していて良い感じだ。
好きな絵を好きな時期に好きな光で味わえるのは、コンクリートと人口照明の美術館では出来ない事だ。
特に日本美術の軸装や屏風絵は元々床の間の障子明りか燭明で鑑賞すべく描かれた物だ。
小雨が降ったり止んだりの日も「緑雨」と言う詩語のあるおかげで美しい1日が過ごせた。
古の詩人達の造語感覚に心から感謝する。
©️甲士三郎