夏越の祓も過ぎこの先の梅雨明けから9月末まで続く暑さにどう対処するか悩ましい。
エアコンが有れば済むと言うのは単なる物理的な話で、昔より1ヶ月長くなった酷暑の時期の美しき暮し方を勘案すべきだろう。
まずはいつもの机辺に涼風を呼ぶような花を飾りながら、あれこれ検討してみよう。
大正〜戦前昭和頃の色硝子の花器を取り出して、窓の外に吊るした風鈴の音色とも合うような設えを考えよう。
白障子にそよぐ風鈴の影と音色は古人達の美と叡智の結晶で、これほど夏の夢幻を誘う装置はなかなか無い。
あいにく今日は風も無い曇日で風鈴の影の写真には不適だったが、晴れた日の午後に書院窓に花を置けば風鈴と共に楽しめる。
花器は西洋風の硝子器なら現代作家にも良作が沢山あるのだが、いざ和花に合う物となると壊滅的に見つからず、結局大正頃のアンティークに行き着くのだ。
水辺の涼感も加えようと清朝末期江南のシノアズリの陶魚を添えてみた。
ーーー水無月や玻璃の花入陶(すゑ)の魚ーーー
桃山〜江戸時代の花入は古格ある重厚な物は多いが、夏に涼しげな物は少なく染付か青磁あたりを使っていたようだ。
明治以降はより涼味のある硝子器や緑釉青釉の花入が出て来て、隠者の和洋折衷の部屋にも似合いそうな物が結構見付かる。
あまり有名では無いが小杉焼の緑釉は隠者好みの夏色で、簡素な形ながら隠れた花器の名品だと思う。
明治後期から昭和初期は各分野で職人芸が頂点に達した時期で、各地の民芸窯も多様な技術を競い合っていた。
その中で生まれたこの緑釉は織部の緑より涼しげで青磁より濃厚なので、見付ければついつい買ってしまう魅力がある。
他には青薄や夏草を入れるなら竹籠も良いし、8月の立秋以後の草花なら破れ壺も涼風を呼んで良いだろう。
ーーー緑陰の窓に緑の花瓶もて 祈るが如き花の一色ーーー
だいぶ前に聞いた「東京はエジプトのカイロより熱くなった」と言うショッキングなニュースも、今では常態化してメディアの話題にも登らなくなった。
鎌倉の谷戸の木陰は東京より4〜5度は涼しく、朝のうちならガーデンティーも楽しめる。
アール・ヌーヴォー調の大正硝子の花器を持ち出し、谷風通う荒庭でコーヒータイムだ。
朝涼に夏鶯や蛾眉鳥の声を聴きながら小さな詩集(写真は芳水詩集)でも開けば、今日一日は高雅な気持ちで過ごせるだろう。
対面のタンブラーは卓上の浄域に谷戸の夏姫を招いての献茶(献珈琲)だ。
四季の姫神を幻視の中に訪れる風雅の友とでも思えば親しみも湧く。
ーーーよき人のよき友を訪ふ白日傘ーーー
本朝開闢以来類を見ない程長く蒸し熱い夏となり、先人達の積み上げて来た美しき暮しの知恵もこれまで以上に工夫しないと精神の清涼は保てない。
難題に悩みつつも、この夏の東京の戸外で働く人々の健勝を祈るばかりだ。
©️甲士三郎