出張中に電話が鳴る、「悦子さんと会いたいのですが、いつお帰りですか?」
久しぶりに聴く声で Jさんと分かる。
何度か共星の里にお越し頂いてはいたのだが
私が出張で、なかなかタイミングが合わずご無沙汰していた。
今日、朝ちょっと早く約束して共星の里に向かう。
朝霧の雲が山あいに幾筋も空へ伸びて、上へ、上へ昇っていく。
子供のころから当たり前に見慣れたこの風景が私は大好きだ。
地球は生きているとあらためて実感する。
Jさんはある日、ふらっとお見えになり、
それから仲良くさせて頂き、意気意気投合のヨガの先生。
今回も、別に時間を図ったわけでもないが、「それでいいのよ!」と
後押しして話がひと段落すると「ピンポーン」と受付のブザーが鳴る
タイミングが実にスムーズ。
Jさんを見送り
次のお客様が来客された。
福岡から高校時代の親友と今回お越し頂き、
今から3年前にお母さまと一緒に共星の里にお越し頂いたそうだが、
お話しさせて頂くと、そのお母さまがお亡くなりになられて、
この場所が懐かしくて、お越し頂いたと聞く。
いろいろと当時のことを思い出されて
涙を流されて、お母さまを忍んでおられ
心を許せるお友達とまた、この共星の里を訪れて
ご自分と向かい合い
アートと語り合い。
お話しをさせていただき、
「また、お遊びにいらしてくださいね。」と伝え
笑顔でお帰りになられた。
そうこうしていると、若い男性が一人でお越し頂き、
秋月から来られたと言われるから、
お近くの方かと思いきや、談笑させて頂き、
何故か、質問をしてみた。
「お車ですか?」と聞いてみたら
「いえいえ!」と
「バイクでお越し頂いたのですか?」と聞くと
「いえいえ!」
「もしかして、自転車ですか?」
「はい!」
「北九州市から自転車出来ました」と
言われてびっくり!!!
「お写真とっても良いですかと尋ねて…。」
しばし、災害やらアートのことをお話しして談笑。
「楽しかったです。」と笑顔で言われ
「お気をつけてお帰りください!」と見送る。
また、そうこうしていると60代の男性が、「久しぶりに来ました」と
お越し頂き、談笑しコーヒーを飲みながらゆっくりとされて
「また伺いますと…。」
ご縁を頂く方には、様々な人生ドラマがそこにある。
人生での誰でもない。ご本人が主人公として、皆さん「今」を生きている。
これも「一期一会」
この共星の里は20年の中でそういったドラマと共にここにある。
強いて言えば、
廃校前の黒川小学校ととして過ごした過程も。
また、その前の正職庵としての時代も
またその前の黒川院の時代も…。
そうこうしていると縄文時代までも遡る。
この地にまたひとつ。
また今日という一日の月日が重なり。
「今」を生きている。
先日の10月10日、11日は九州大学のソーシャルアートラボさん主催の
学生さんによるデジタル枯山水「調身・調息・調心」
アートパフォーマンス「共生(ともいき)」の製作が、
共星の里のグランドにて行われた。
詳しくは九州大学の知足先生が報告されております。
⇒ こちらをどうぞ!
コロナウィルスで無観客となったが、
確実にこの地に皆さんの想いが、共に生きていると感じており、
その配信は
黒川復興ガーデンとバイオアート
英彦山修験道と禅に習う
黒川庭園と喫茶アート養生会と題しての
リモート鑑賞会です。
11月14日(土曜日)15時から配信されます。
また、あらためてご案内致しますね。
ちょっとブログが長くなりますが、
そのイベントが終わった日、
この泰庵にてみんなで輪になって
一緒に発声を上げて喜び合いました。
その次の日に
泰庵の銘板を棟梁の大工さんの池上さんが
釘を打たずに設置していただいたと
杉岡さんから聞いて、
全ては流れだと感じ
感無量。
この銘板が入り、
すべての「えにし」が
ここに集結し、
収まったと私は感じました。
その経緯はこちら
泰庵の銘板は、英彦山の千年杉で、写真家であり書家の四宮佑次氏が揮毫して頂いた。
英彦山の歴代座主様がお住まいだった黒川へ
そして第9代の座主さまのお屋敷とお墓があった共星の里に、
4月の歴代慰霊祭の時は英彦山神宮から高千穂宮司さまと禰宜さまがお越し頂き、
この完成した「泰庵」をご覧になられた。その時の様子はこちら
そしてこの東屋「泰庵」をご覧いたときに
この「泰庵」を建てる時に
杉岡さんや池上さんたちが伊勢神宮の外宮豊受大神宮を頭に描き、
実際に参拝して来られて、参考にされたと秘話を聴いていた。
その話と共星の里での物語が、
またまたこれも偶然なのか⁈ 必然なのか⁈
これには長い長い、赤い糸のような物語があります!!
本当にいつか、ゆっくりとお話し出来たらと…。
その「イセキカリ」のお米に繋がるエピソードを!!
ご縁としか言いようがない黒川で初めて取れた「イセヒカリ」をお供えして
英彦山の千年杉の銘板の前にて
あらたな復興の共生を願い
祈りを捧げました。
ふと、今日の一日を振り返り、
人生は山あり谷あり。
共星の里で常設の
禅の精神「空(くう)」をテーマとした富樫実氏の
「空にかける階段」の彫刻作品。
その富樫さんの故郷山形庄内旧黒川村の風土と仏教思想とのつながり。
そして、この朝倉市黒川との縁も偶然ではない。
不思議なご縁が、時空を超えて引き寄せられたように
ここにはある。
今日一日の出来事と共に、里山の風景。
朝霧の雲が山あいに幾筋も空へ伸びて、
上へ、上へ昇っていくその様子とがリンクする
空にかける階段となって。
「泰庵」が完成した日に
冨樫実氏の彫刻「空にかける階段」を
設置したことも
必然と感じた。
お陰様で
今日も一日ありがとうございます。
久しぶりに聴く声で Jさんと分かる。
何度か共星の里にお越し頂いてはいたのだが
私が出張で、なかなかタイミングが合わずご無沙汰していた。
今日、朝ちょっと早く約束して共星の里に向かう。
朝霧の雲が山あいに幾筋も空へ伸びて、上へ、上へ昇っていく。
子供のころから当たり前に見慣れたこの風景が私は大好きだ。
地球は生きているとあらためて実感する。
Jさんはある日、ふらっとお見えになり、
それから仲良くさせて頂き、意気意気投合のヨガの先生。
今回も、別に時間を図ったわけでもないが、「それでいいのよ!」と
後押しして話がひと段落すると「ピンポーン」と受付のブザーが鳴る
タイミングが実にスムーズ。
Jさんを見送り
次のお客様が来客された。
福岡から高校時代の親友と今回お越し頂き、
今から3年前にお母さまと一緒に共星の里にお越し頂いたそうだが、
お話しさせて頂くと、そのお母さまがお亡くなりになられて、
この場所が懐かしくて、お越し頂いたと聞く。
いろいろと当時のことを思い出されて
涙を流されて、お母さまを忍んでおられ
心を許せるお友達とまた、この共星の里を訪れて
ご自分と向かい合い
アートと語り合い。
お話しをさせていただき、
「また、お遊びにいらしてくださいね。」と伝え
笑顔でお帰りになられた。
そうこうしていると、若い男性が一人でお越し頂き、
秋月から来られたと言われるから、
お近くの方かと思いきや、談笑させて頂き、
何故か、質問をしてみた。
「お車ですか?」と聞いてみたら
「いえいえ!」と
「バイクでお越し頂いたのですか?」と聞くと
「いえいえ!」
「もしかして、自転車ですか?」
「はい!」
「北九州市から自転車出来ました」と
言われてびっくり!!!
「お写真とっても良いですかと尋ねて…。」
しばし、災害やらアートのことをお話しして談笑。
「楽しかったです。」と笑顔で言われ
「お気をつけてお帰りください!」と見送る。
また、そうこうしていると60代の男性が、「久しぶりに来ました」と
お越し頂き、談笑しコーヒーを飲みながらゆっくりとされて
「また伺いますと…。」
ご縁を頂く方には、様々な人生ドラマがそこにある。
人生での誰でもない。ご本人が主人公として、皆さん「今」を生きている。
これも「一期一会」
この共星の里は20年の中でそういったドラマと共にここにある。
強いて言えば、
廃校前の黒川小学校ととして過ごした過程も。
また、その前の正職庵としての時代も
またその前の黒川院の時代も…。
そうこうしていると縄文時代までも遡る。
この地にまたひとつ。
また今日という一日の月日が重なり。
「今」を生きている。
先日の10月10日、11日は九州大学のソーシャルアートラボさん主催の
学生さんによるデジタル枯山水「調身・調息・調心」
アートパフォーマンス「共生(ともいき)」の製作が、
共星の里のグランドにて行われた。
詳しくは九州大学の知足先生が報告されております。
⇒ こちらをどうぞ!
コロナウィルスで無観客となったが、
確実にこの地に皆さんの想いが、共に生きていると感じており、
その配信は
黒川復興ガーデンとバイオアート
英彦山修験道と禅に習う
黒川庭園と喫茶アート養生会と題しての
リモート鑑賞会です。
11月14日(土曜日)15時から配信されます。
また、あらためてご案内致しますね。
ちょっとブログが長くなりますが、
そのイベントが終わった日、
この泰庵にてみんなで輪になって
一緒に発声を上げて喜び合いました。
その次の日に
泰庵の銘板を棟梁の大工さんの池上さんが
釘を打たずに設置していただいたと
杉岡さんから聞いて、
全ては流れだと感じ
感無量。
この銘板が入り、
すべての「えにし」が
ここに集結し、
収まったと私は感じました。
その経緯はこちら
泰庵の銘板は、英彦山の千年杉で、写真家であり書家の四宮佑次氏が揮毫して頂いた。
英彦山の歴代座主様がお住まいだった黒川へ
そして第9代の座主さまのお屋敷とお墓があった共星の里に、
4月の歴代慰霊祭の時は英彦山神宮から高千穂宮司さまと禰宜さまがお越し頂き、
この完成した「泰庵」をご覧になられた。その時の様子はこちら
そしてこの東屋「泰庵」をご覧いたときに
この「泰庵」を建てる時に
杉岡さんや池上さんたちが伊勢神宮の外宮豊受大神宮を頭に描き、
実際に参拝して来られて、参考にされたと秘話を聴いていた。
その話と共星の里での物語が、
またまたこれも偶然なのか⁈ 必然なのか⁈
これには長い長い、赤い糸のような物語があります!!
本当にいつか、ゆっくりとお話し出来たらと…。
その「イセキカリ」のお米に繋がるエピソードを!!
ご縁としか言いようがない黒川で初めて取れた「イセヒカリ」をお供えして
英彦山の千年杉の銘板の前にて
あらたな復興の共生を願い
祈りを捧げました。
ふと、今日の一日を振り返り、
人生は山あり谷あり。
共星の里で常設の
禅の精神「空(くう)」をテーマとした富樫実氏の
「空にかける階段」の彫刻作品。
その富樫さんの故郷山形庄内旧黒川村の風土と仏教思想とのつながり。
そして、この朝倉市黒川との縁も偶然ではない。
不思議なご縁が、時空を超えて引き寄せられたように
ここにはある。
今日一日の出来事と共に、里山の風景。
朝霧の雲が山あいに幾筋も空へ伸びて、
上へ、上へ昇っていくその様子とがリンクする
空にかける階段となって。
「泰庵」が完成した日に
冨樫実氏の彫刻「空にかける階段」を
設置したことも
必然と感じた。
お陰様で
今日も一日ありがとうございます。