篠原美也子の1994年のアルバム『いとおしいグレイ』より、『なつかしい写真』を、聴いてみる。
いつかに、演奏の部分だけユーチューブに、公開されたインターネット番組か何かで、この歌の生演奏を聴いたとき、反則でしょ、このタイミングで、この歌――って、思えるくらい、篠原美也子の曲の中で、好きなナンバーの1つ。
篠原美也子の1995年のナンバー、『あこがれ』を、アルバム『河よりも長くゆるやかに』(1995年)から、聴いてみる。
あこがれ、のように、近くて、遠いナンバーを、ピックアップ。
篠原美也子の1997年のナンバー、『極楽駅から見える月』を、1997年のアルバム“Vivien”より、聴いてみる。
バブル期のような煌めきが、演奏にはあるな、なんて、思う。
篠原美也子の2017年のナンバー、『感傷』を、アルバム“STAY FOOLISH”(2017年)より、聴いてみる。
揺れ続けて、1つにしない――それで、均衡が保たれる事もある?
篠原美也子の1998年のナンバー、“Call”を、1998年のアルバム“magnolia”から、聴いてみる。
良い意味で、誰かに呼ばれたい、誰かに必要とされる存在として、呼ばれたいけれど、大事に出来ないから、無理。
2004年の篠原美也子のナンバー、『目を閉じたくはない』を、アルバム『種と果実』(2004年)から、聴いてみる。
ありのままを、そのままに、見たい――それこそが、正しい決断、なんだろうが、案外、難しい。
篠原美也子の2005年のアルバム“us”より、『アスピリン』を、聴いてみる。
恋、と言う名の、頭痛に、悩ませるなんて、幸せ者――なんて、思う。
篠原美也子『サクラサク』(2011年)を、アルバム『花の名前』(2011年)より、聴いてみる。
春の花は咲いても、私、と言う桜の花は、咲かない。
2007年の篠原美也子のアルバム『桜花繚乱』から、“bouquet toss”を聴いてみる。
私には、無縁なブーケトス。
受けとりたくもない。
だから、この歌に、ひかれたりして。
篠原美也子の1995年のナンバー、『2回目のさよなら』を、1995年のシングル『名前の無い週末』から、聴いてみる。
春近い時分または春の時分に、聴きたくなる?一曲。