ロクマルでいこう、60でGo!

" AS SLOW AS POSSIBLE AND AS FIRST AS NECESSARY "

THINK GLOBALLY, ACT LOCALLY

2013年01月17日 | PICKUP TRUCKS & 4X4

 これはアメリカではよく使われる言い回しである。日本語にすると、地球規模で考えて地域規模で活動するである。またこれは数年前から騒がれている環境問題、エコ活動についてよく活用される機会が多い。地球環境を汚さない為に家庭で出来る事をやろう、小さな行動が大きな結果に繋がるという姿勢である。

 今回このThink Globally, Act Locally という言い回しをを活用しているのは 環境活動家ではない。

 

TRUCK TREND のエディター(編集長)をやっている

 

 Allyson Harwood 氏 (女性)である。

 

 彼女は今春号(3.4月号)の紙面のトップにグローバルなトラック.SUVのあり方について複数の生産者の課題である生産の効率とコスト削減そして消費者の意向について意見している。

 ヨーロッパにはユーロ6スタンダード(バス、トラックに対する排ガス規制)という自動車生産者に突きつけられた厳しい環境適応基準がある。この基準を消化したトラックはアメリカの指定する環境基準を容易にパスするであろう。その結果環境に良いデーゼルエンジンを搭載したトラックが近い将来北米を走る様になる。また、フォードが生産するTRANSIT はヨーロッパで好評であった故に北米にも受け入れられた。

 その様に世界の何処かで消費者にとってより良い燃費と使い勝手の良さを示す車があれば、それは今後世界中に受け入れられてゆく。これが現在のグローバルな視点でのトレンドの流れである。

 ピックアップトラックの生産においてはプラットホームを共有している車種も多い。今後の北米のトラック需要を考えた時に、例えばトヨタのハイラックスなど(デーゼル有り)を生産して北米消費者の需要に応えるなども考えられる。

 その様に、より消費者の節約と生産者の効率性が融合されて良い方向に行くと思っているので、

 

 アメリカでのトラック需要については、

楽観的、

に構えているわ!

 

...ローカルとはアメリカか、かなりデカイローカルだなぁ。

 

 つまり、ずばり!

アメリカではピックアップは(SUVも含)なくなる事はないと言う見解なのですね。

 

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WOW ! and WHOOPS !

2013年01月15日 | PICKUP TRUCKS & 4X4

 一昔前のシンプルな四駆の方が有利なのではないかと思う水場での勝負。現在の車は水なんぞに浸かったとしたらもうダメ、廃車である。先のニューヨークを襲ったハリケーンサンディは大量の車を水に漬け墓場(スクラップ工場)に送ってしまった。4x4の醍醐味の一つは水遊びであるのだろう、ここに生命力の強い奴を貼り付けた。

 

まずは、WOW!

 

こいつら何やってんだ?と思うでしょう。

WOW!  流石、ランクル45です。

 

ドライバーにもシュノーケルを...

 

シュノーケルの力、WOW!

 

勝負は身長にあり...か?

 

 多くの場合不動になる場合が多い、ここまで浸かる事を覚悟するなら捨車の覚悟と非常事態を想定して脱出の想定をもしておく事だ。古いランドクルーザーなら何時ダメになってもいいという覚悟故にランクルは極地で活躍出来るのかもしれない...。

 

WHOOPS!

 アメリカには意気込んでオフに出かけたが悲惨な事態に遭遇する4x4トラックも多い。その惨事のみを集めた 四駆の雑誌さえ存在する。こういった雑誌が存在する事を見てもアメリカの四駆愛好家の層が厚い事を感じる。

 

荒野に出かける四駆愛好家は、必ず一度はWhoops! を味わうのであろう。

WOW! と WHOOPS! はコインの裏表の関係なのだ。

 

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エアレス タイヤ

2013年01月15日 | PICKUP TRUCKS & 4X4

エアレスタイヤ、実用化に至るか?

将来は用途に合わせて選択の一つになるのであろう。

値段が高価でなければスペアタイヤにもいいかも。

 

 

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The Road Ahead

2013年01月14日 | 日記

 日曜日の遅い午後になってやっと自分の時間が持てた、時計は4時を目指している。机の上にあった朝に入れたコーヒーカップを手に取り、冷たくなった残りのコーヒーをグイッと一飲みして視線を窓の外に向ける。そこには静かないつもの光景の中に時々現れては姿を消す雀達が...、視線を部屋に戻すと一つの本のタイトルが目に付いた。THE ROAD AHEAD (この道の先に)著者はBILL GATES。

 

 

お前のせいだぞ!

世の中がこんなに忙しくなったのは(笑)

 

 マイクロソフトのビルゲーツは1995年に出版したこの本の中でこれからやって来るであろうインターネット社会、そしてそのインフォメーションハイウェイの情報テクノロジーの関与で変化する世の中を見事に書き記していたのだ。彼が描いていた様に世界は変わり、彼が描いていた以上の展開を今日の社会で目にしているのであろう。

 

 現在の時間はハイウェイのクルージングであるのだ。景色は常に激しく変化しているが他車と同じスピードで走っていれば周りの車は停まって見える。そのスピードは年々速くなってきているのではないだろうか, ウインドウ95発売以前の過去の時間はもっとゆっくりだったのかも知れない。

 日曜日の夕方近くの束の間の休息時間。この休息の時間というのはハイウェイを降りた休憩所なのか?ハイウェイを走る大型バスの中でくつろいでいる状態なのだろうか?などと考えたりもする。

そう思いながらも走って別の景色を見たい自分、走っていた方がくつろげる自分。

 

  ...雀にとって時間とは過去も今も 大きくは変わらないのだろうな。

 

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Chevrolet C-10

2013年01月11日 | PICKUP TRUCKS & 4X4

おっ!

あれは、

 

バックミラーが捕らえた一台のピックアップトラック

 

力強くグイグイと追いあげて来る。

 

近年のピックアップにはない、ブルーと白のツートンがとても眩しい。

70年代のアメリカンピックアップだ。

 

僕の横を通り過ぎて前方へ、

 

フロントの中央にあるボータイ、そしてテールゲートにプレスされたその文字は、

C H E V R O L E T

 

この写真じゃ見えないな...

 

正式な年代は不明だが70年代前期のシボレーC10である。

輝くメッキ部品を光らせレジャーボートを牽引している。

 

70’s シボレー健在!

アメリカン、ハイウェイを悠々と豪快に駆け抜ける勇姿。

 旧車、古さを感じさせない実用感。

 

ランドクルーザーにはない、別の顔を持っている存在である。

 

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1962、FJ40

2013年01月10日 | LANDCRUISER

 フロント、ドア周りの形を見るとFJ25かと思ったが、VIN(車体)番号を見ると40とある。これはe-bayに搭載された1962年ランドクルーザーFJ40。FJ25からFJ40にモデルの移行過程中に工場から出てきた希少な初期のヨンマルである。

 

 外見はオリジナルを維持している。コロラド州より、アメリカにはまだまだ古いレストレーションされていない貴重なランドクルーザーが埋もれている事を知るのである。

 可能ならば、これらの貴重なランクルは日本人の手によって仕上げて欲しいと願っているのだが...。

 

オリジナルエンジン、

 オーナーは3000メートル級のロッキー山脈の高地で暮らし、このランクルの持つ4x4の機能を今日まで使い続けた。

機械の調子は使い続けている故に良好とある。

 

使うために張り直されたシート。

 

シンプルなスチールダッシュボード

 

6000ドル(約50万円)以上での入札を希望されている様です。

半世紀の期間使い続けられたランドクルーザーFJ40、

新しいオーナーの下で、新たな半世紀を刻んで欲しい。

 

50年間使い続けてもまだ健在です。

 

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サウジのランクル

2013年01月09日 | LANDCRUISER

 サウジアラビアにはこの様な名所がある様です。

サウジアラビアのランダムなランクル写真、エクスペデッションポータルより。

  

70系トラックの荷台には駱駝が、トラックが壊れた時のスペアーかな、

信頼出来る乗り物はどちら?

 

駱駝、酔わないかぁ

 

サウジアラビアのパトカーはショートの70系だと、

あ な ど れ ま せ ぬ なぁ。

 

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ラリーカーという選択もある

2013年01月08日 | PICKUP TRUCKS & 4X4

 オフロードを走るのであれば、ラリーカーという選択もありだろう。ラダーフレームを備えた4x4は多くの荷物を搭載して砂漠やジャングルをゆっくりと走り抜ける自生的走りをするのに対してラリーカー は荷物、生活道具は他車(サポートカー)に任せてただ単に走る。原油高騰の時勢においてはオフロードはラリーカーで、という選択がもっと増えてもいいかも知れない。

世界的ラリーは車の性能向上、宣伝の機会でもあった。

ラリーに挑戦した時代のその車がいい。

 

 

東アフリカで開催されたサファリラリー

 サファリラリーと聞くと、何か日本車の持っている情熱がモワモワと湧いてくる。オフロードを走るのは4x4だけではない事を改めて認識する。またラリーに参加する競技車だってベース車は一般公道を走る為にも販売された車でもある。中には、ラリーに参加するために一般公道を走る為の仕様を準備したメーカーもあった(ある)。

 

昔のラリーは規制もユルユルだ。

ノーヘル、半ズボンがいい!

 

 競技が年を追う事に車は高性能となり徐々に規制が必要になってくる。国際モータースポーツ界での規制の強化と追加は、新興する日本勢の封じ込みでもあるとどこかで耳にした事がある。

 車が面白い時代は化石燃料の高騰と、車の平均性能の向上(生産コストの低下)によって今日終わりつつあるのだろうか?昔の車は個性が強かったな、今の車はデザイン的には個性と言うよりもパターンに従っていると言う感じがな。

 オフロードも走れる乗用車を選ぶなら、あの時代に確かにラリーでも活躍した一台を選びたい。

 

 オフロードを楽しむ為の一台を選ぶとしたら、

ラリー仕様でなくてもいいが、

あえてF-R(フロントエンジン リアドライブ)そして、ロングノーズにこだわりたい。

 

それの方が、面白いだろう...

 

実は、そんな選択の時代が来ているのかも知れないなぁ。

 

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至福のライトレーン

2013年01月07日 | ロクマル日記

 右側通行のアメリカでは左側が追い越し車線。よって右端のレーン(車線)という場所は一番トロトロ走る車の列なのである。

 それにしても皆さん先を急ぐ様に飛ばしますなぁ、高級車や高性能車に乗って右端をトロトロ走る事はプライドが許さないのか、似合わないと感じているのか、それとも見下されたくないとする意地かは知らないが...。どーも右側のレーンという場所はじーさんやばーさん、そして冴えない車のテリトリーなのだろうか!?

 

 

そう思いながら、今日は右端から追い越しをかける。

 

が、

 

途中で怖くなって辞めた...

 

 

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こりゃー、でかい!

2013年01月07日 | ロクマル日記

 家の目の前に先々週に軽く降り積もった雪の氷の塊がある。

 

おっかしーなー、まだ解けないのか?

近寄って観てみたら、

 

ゲッ! 

塩の塊じゃ~ん、

 

こんなでかいの撒くなよなぁ...

 

金属加工でもやろうかなぁ。

 

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日本人によるエクスぺデッションに乾杯!

2013年01月06日 | EXPEDITION

 車、四駆の世界でEXPEDITION (エクスぺデッション)というと遠征旅行という意味であると捉えているが、イマイチ感覚的にピンと来る理解ではない。イメージとしては荒野や砂漠の中を荷物を満載したランドクルーザーのステアリングを握って野営をしながら目的地を目指す、といった冒険的な旅を思っていただいたら良いであろう。

 

 実は日本では大きなエクスペデッションを紹介した有名な番組が1980年に存在した。それは日本のNHKと中国のCCTVが日中友好を謳って共同で作成したNHK特集シルクロードであった。7年という長い準備期間をえて、日本製の四輪駆動車を駆った取材班のフリート(連帯)が西安からタクラマカン砂漠へ探察を進めて行く。ユーラシア大陸中央部の閉ざされた地域にビデオカメラが初めて入るという事もあり世界的に関心を呼んだ力作であった。

 番組においては移動に使うトラック(和製4X4s)は常時脇役の縁の下の力持ちであり、スポットが当てられる事は無かった。また当時は移動旅行中のスタッフの生活も関心外であった? 日本の国営テレビが行ったグレートエクスペデッションであったのである。

 

昨年の最後に一冊の本を隅から隅まで完読した。

 今から20年以上前(1981年)に発売された『もっと広く!』南北アメリカ大陸横断記、南米篇、開高健である。

 作家の開高健が北米のアラスカから南米の最南端まで釣りを目的にに9ヶ月間の旅をする紀行を記した内容だが、実はこれはエクスペデッションについて書かれた本であるという事に気が付いた。使用した車は全路程では無いと思うが(最終はトヨタコロナバン)ランドクルーザーであった事は間違いなく、アマゾンの密林地帯やチリの砂漠地帯では彼らクルーと荷物を載せて過酷な道を走破した記述が残されている。ただこのエクスペデッションの主観はフィッシングであるのでランドクルーザーの車での移動については軽くしか書かれていないのが少し残念ではある。

 それにしてもこれだけの旅行を企画して実行した当時において “エクスペデッション” という言葉や表現は表に出る事はなく常に舞台裏であった。

 さて、この開高健氏の南北釣り紀行(エクスペデッション)の最中において撮影された2つのコマーシャル。このコマーシャルはこの企画の為の資金調達の一つであった?様である。

 

アラスカ編

 

ニューヨーク編

 

さあ、日本人によるエクスペデッションに乾杯だ! 

過去の、

 

そして、未来の!

 

個人的レベルでね、

 

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レンジローバーCSK

2013年01月05日 | PICKUP TRUCKS & 4X4

 1980、RANGE ROVER CSK

 これは現在英国よりアメリカのe-bayに競売と同時に販売されている貴重なレンジローバーCSKである。顔はレンジローバーのクラッシック、4ドアではなくて初期の2ドアという大きな特徴がある。

 

 CSKは特別仕様車である。生産台数が200台と非常に少なく、生存率は現在60台前後とされている事もあり、コンデションの良いこの車両の希望販売価格は$114,000(約一千万円)という御立派な値段が付く。

 

 

レンジローバーに詳しい方々は既にご存知ですが、CSKとは人の名前なのです。

Cはチャーズ、Kはキング(王)

英国のチャールズ皇太子!

...と思った、でしょ!(笑)

 

...別人です。

 

CSKとは英国の

Sr.

Charles Spencer King

From Wikipedia,
 
 
Charles Spencer “Spen” King (26 March 1925 – 26 June 2010) was a significant figure in the Rover Company and, after their takeover, in the British Leyland Motor Corporation.
 

After leaving school in 1942, he was first apprenticed to Rolls-Royce. He joined Rover, run by his uncles Maurice and Spencer Wilks, in 1945 and worked initially on the gas-turbine powered JET1 and T3 experimental prototypes. In 1959 he became chief engineer of new vehicle projects and is best known for his leadership of the teams that developed the advanced Rover P6 series introduced as the 2000 in 1963, and the hugely successful Range Rover (of which a “CSK” special edition later celebrated his involvement) launched in June, 1970. As well, he was responsible for the Rover-based Maraudersports car in 1950 and many Rover experimental and prototype vehicles.

As Rover was taken over by the Leyland Motor Corporationwhich subsequently became British Leyland(BL), he also led teams responsible for the Triumph TR6, Triumph Stag and Triumph TR7 models as well as the innovative design ...おおっ、トライアンフも手掛けたのか。

 

初期のレンジローバーは高給指向ではなかった。

The first-generation Range Rover was produced between 1970 and 1996.

The original car was not designed as a luxury-type 4x4, much like other utility vehicles such as the Jeep Wagoneer of the United States were. While certainly up-market compared to preceding Land Rover models, the early Range Rovers had fairly basic, utilitarian interiors with vinyl seats and plastic dashboards that were designed to be washed down with a hose. Convenience features such as power assisted steering, carpeted floors, air conditioning, cloth/leather seats, and wooden interior trim were fitted later.

 本来レンジローバーはラグジュアリーな四駆ではなかった。内装はビニールシートとプラスチックダッシュでそれらは馬と一緒に洗えるというデザインだったのである。

 まさか、馬を乗せようという構想を抱いていた?

 

犬ならわかるが...

 

 このラグジュアリーなCSKの製作がその後のレンジローバー高給SUV路線のなったのではないかと感じている。ランドローバー社は内装の高級仕様車CSKを製作して、市場の反応を伺ったところ予想以上に好評だったので、こりゃー消費者の求めているのは高級SUVだわい、となってその後のレンジローバー高級車指向に走って行ったのではないだろうか?と感じてしまうのである。

それが、ライバル、ランドクルーザーにも感染したのか???

現在の高級SUV指向はここから始まった。

 

...のかも?

 

 2013の新車のラグジュアリーなレンジローバー($83500)よりも1980年製のCSKの中古車の方が更に高価であるという事は何を意味しているのであろうか?少なくとも豪華=高価ではない。そこには物語り性とか、車の数の希少性はある...。とにかく、人々がその価値を認めている結果であろうと思われる。

 

ロクマルの2ドアなんてのもあったらいいなぁ!

 
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One way in - One way out

2013年01月04日 | FJ CRUISER

 トヨタオーストラリアがFJクルーザーの販売促進のために製作したドキュメントビデオ。FJクルザーの走破性は勿論、中央オーストラリアの荒野の光景も魅力である。

 参照:FJクルーザー、オーストラリア

 

 

 

 

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F O O T P R I N T S

2013年01月03日 | 日記

 昔カリフォル二ア州に住んでいた頃、同年代の仲間達と一緒に(かなり)怪しい画商をやって生き延びていた時代がある。その時に扱っていた一枚の絵がこれだ。

 

FOOTPRINTS

フットプリント “足跡” という意味である。

 絵がどうのこうのではなく、この作者不明の詩(メッセージ)には実に深い意味が存在している。アメリカ人はこの詩を読むと息をゆっくりと吐いて、しばらく沈黙した後にポケットから現金を取り出して購入してくれた。もしも持ち合わせの現金がない場合には Thank you! と優しく言ってそっとその場を離れて行った。

 2013年の初頭においてこの絵の事が気になりここに紹介しているが、紹介しようと思ったのはあれから十年以上の歳月が過ぎて、それなりに苦楽を経験した?故に以前に増してこの詩が語っている意味がチクチクと心に沁みてきたからである。

 

Footprints

One night a man had a dream.
He dreamed he was walking along the beach with the LORD.
Across the sky flashed scenes from his life.
For each scene, he noticed two sets of footprints in the sand:
one belonging to him, and the other to the LORD.

 


When the last scene of his life flashed before him
he looked back, at the footprints in the sand.
He noticed that many times along the path of his life
there was only one set of footprints.
He also noticed that it happened at the very lowest and saddest times of his life.

 


This really bothered him and he questioned the LORD about it:
"LORD, you said that once I decided to follow you,
you'd walk with me all the way.
But I have noticed that during the most troublesome times in my life
there is only one set of footprints.
I don't understand why when I needed you most you would leave me."

 


The LORD replied:
"My son, My precious child, I love you and I would never leave you,
During your times of trial and suffering,
when you see only one set of footprints, it was then that I carried you.


Author unknown
 

 

 

二つの足跡

訳、by おやじ

 

 ある夜、男はこんな夢を観たのだ。

 

 人生の最後の瞬間に自分が生きてきた生涯の足跡を振り返って見ると、過去の様々な思い出を垣間見る事が出来た。そこには長ーい二人の足跡が刻まれており一つは自分自身の足跡、そしてもう一つは神様の足跡である。しかし、足跡をたどってみると人生で最も辛かった時期、苦痛に打ちのめされている時にはなぜか一人分の足跡しかない...。

 

なぜだ?

 

ああー、やっぱあの時は神様に見捨てられていたのだ...

 

だから辛かったんだなぁ...

 

 

 

 

 

おい、くそ坊主!

 

は?

 

 

ちみはまちがっとるよ!

 

はあ?なんで?

 

 

 

あん時はなあー、

わしがお前をおんぶしとったんじゃぞっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

まるで噛めば噛む程味を感じる硬いスルメの様に意味の深い詩なのである。

 

 

 

 

ところで、今の我がフィットプリントは、一人?或いはお二人?

 

 ...

 

マッドタレーンの轍(わだち)が残るのみ。

 

 

... だったりして(汗)

 

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5つの後悔

2013年01月02日 | 日記

 一年の計は元旦にあり、

 2013年の年初において、今年の目標や決意を表明する絶好の機会の時である。物事を決定する時には色々な方法がある。例えは未来を予測して事態を読み将来に向って行動に移す、即ち現時点から見つめるやり方。そしてもう一つは最終地点から現時点を見つめて方向を定めるやり方である。

 僕は賢者の生き方としてこの両方を融合させるのが良いと感じている。

 

 昨年の春に話題となったWare女史の著書であるThe top five regrects of the dying (他界を前に人々が口に出す後悔事のトップ5)。この5つの内容は今を生きている我々に対して深い示唆が示されているのではないだろうか。

オリジナルな英語による彼女の投稿はこちらの INSPIRATION AND CHAI にあります。

 

以下はネットで拾った日本語の訳

 人生最後の時を過ごす患者たちの緩和ケアに数年携わった、オーストラリアの Bronnie Ware さん。彼女によると、死の間際に人間はしっかり人生を振り返るのだそうです。また、患者たちが語る後悔には同じものがとても多いということですが、特に死を間近に控えた人々が口にした後悔の中で多かったものトップ5は以下のようになるそうです。
 
1. 「自分自身に忠実に生きれば良かった」
「他人に望まれるように」ではなく、「自分らしく生きれば良かった」という後悔。Ware さんによると、これがもっとも多いそうです。人生の終わりに、達成できなかった夢がたくさんあったことに患者たちは気づくのだそう。ああしておけばよかった、という気持ちを抱えたまま世を去らなければならないことに、人は強く無念を感じるようです。
 
2. 「あんなに一生懸命働かなくても良かった」
男性の多くがこの後悔をするとのこと。仕事に時間を費やしすぎず、もっと家族と一緒に過ごせば良かった、と感じるのだそうです。

3. 「もっと自分の気持ちを表す勇気を持てば良かった」
世間でうまくやっていくために感情を殺していた結果、可もなく不可もない存在で終わってしまった、という無念が最後に訪れるようです。
 
4. 「友人関係を続けていれば良かった」
人生最後の数週間に、人は友人の本当のありがたさに気がつくのだそうです。そして、連絡が途絶えてしまったかつての友達に想いを馳せるのだとか。もっと友達との関係を大切にしておくべきだった、という後悔を覚えるようです。
 
5. 「自分をもっと幸せにしてあげればよかった」
「幸福は自分で選ぶもの」だと気づいていない人がとても多い、と Ware さんは指摘します。旧習やパターンに絡めとられた人生を「快適」と思ってしまったこと。変化を無意識に恐れ「選択」を避けていた人生に気づき、悔いを抱えたまま世を去っていく人が多いようです。

以上、

 悔いの無い、或いは悔いの少ない人生を生きるという事に対しての指針かも知れない貴重な証でもある。

 

一年の計は元旦にあり、一生の計は終身にある。

 

一年の計の練り直しですなぁ、この正月という時間は(笑)

 

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