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千葉地裁が一審の大審院判決 明治28年発生の窃盗未遂事件

2025年01月20日 | 大審院判決
千葉地裁が一審の大審院判決 明治28年発生の窃盗未遂事件

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(はじめに)
・この判決は大審院明治28年7月8日判決(大審院刑事判決録1輯1巻101頁)の現代語訳を試みたものです。原文は現代語訳の下にあります。
・本件は、明治28年3月30日の午後、地曳方で入浴していた被告人が、被害者の衣類を窃取しようとして未遂に終わったという事件のようです。被告人は一審千葉地裁木更津支部で重禁錮4ヶ月、監視6ヶ月の刑を言い渡されています。二審東京控訴院も一審の判決を是認した為、被告人が大審院に上告したものですが、大審院は、被告人の主張は上告理由とならないとして上告を棄却しています。
・本件窃盗未遂事件が起きたのは、明治28年3月30日ですが、第二審の東京控訴院判決は同年6月15日言渡し、大審院判決は同年7月8日です。事件発生から3カ月半も経たないうちに、最上級審である大審院の判決が出ており、現代では考えられないスピードです。
・本判決は、日本研究のための歴史情報裁判例データベース(明治・大正編)に登載されています。
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窃盜未遂の件
大審院刑事判決録(刑録)1輯1巻101頁
明治28年 第852号
明治28年7月8日 宣告
◎判決要旨
判決書に住所、身分、職業の誤記があっても、人違いとならない以上は、瑕瑾とはならない。

第一審 千葉地方裁判所木更津支部
第二審 東京控訴院

被告人 矢島陽三郎
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窃盗未遂被告事件につき、千葉地方裁判所木更津支部は被告に重禁錮4ヶ月、監視6ヶ月の刑を言い渡した。被告が控訴をし、明治28年6月15日、東京控訴院は被告の控訴を棄却した。これに対し、被告は不服を申し立て上告した。
大審院において刑事訴訟法第283条の手続に従い、次のように判断する。
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(上告趣意第一点について)
上告趣意の要旨の第一点は、次のとおりである。
本件は、明治28年3月30日の午後、地曳初五郎方で入浴していた被告が、誤って山田文之助の衣類に手を触れたため、口論となり、山田はそれを私怨として抱き、不実な告訴を行った結果、今回の事態となった。告訴が不実であるのは、事件発生が3月30日であるのに、窃盗未遂の届出は20日以上も経過した4月22日に行われたこと、さらに地曳キンの始末書と、山田文之助が第一審の法廷で述べた内容とが矛盾していることからも明らかである。

〈大審院の判断〉
しかし、これは原審(控訴院)の職権である事実認定に対して不服を訴えているに過ぎないのであり、適法な上告理由にあたらない。
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(上告趣意第二点について)
上告趣意の第二点の要旨は、次のとおりである。
第一審の判決謄本には被告の住所として「千葉県市原町五井町」と記載されているが、被告は市原町の住民ではない。そもそも千葉県に『市原町』という町は存在しない。これは事実の誤りに基づく不当な判決である。
また、被告は矢島徳三郎の次男であり、回漕業(海運業)を営んでいると第一審から述べているのに、「平民 農 矢島陽三郎」と戸主であるかのように記載されており、これも事実の誤りに基づく不法な判決である。

〈大審院の判断〉
前段については、第一審判決、ことに判決謄本対する不服であり、上告の理由にはあたらない。
後段も、原審の専権である事実認定に属する問題についての主張である。
また、判決に住所や身分、職業を記載するのは、本人確認のためである。たとえ回漕業を農業と誤記したとしても、人違いでない以上、この瑕瑾は破棄事由とするには不十分である。また、戸主か否かということも、刑法上これを区別する必要はないため、明示する必要自体ない。
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(上告趣意第三点について)
上告趣意の第三点の要旨は、次のとおりである。
原判決の証拠として列挙された中に、地曳キンの始末書というものがあるが、これがどの官庁で受理され、本案断罪証拠として使用されたのか、また参考として用いられたのか、その区分が明記されていないのであるから、証拠列記の法に反し、判決を破棄すべき理由がある不法な裁判である。

〈大審院の判断〉
刑事訴訟法において、証拠列記の法則といったものは存在しない。刑の言い渡しを行うのに、裁判所が事実認定に依拠した証拠及び徴憑を明示することが求められているだけである。よって、どの官庁で受理されたか、証拠として用いられたか、あるいは参考にされたかといった区分を示す必要はない。したがって、原判決は不法ではない。」
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(上告趣意第四点について)
上告趣意の第四点の要旨は、次のとおりである。
第一審の判決書の法律の適用を見ると、「犯行時、16歳以上20歳未満であるため、同法81条により本刑を一等減じ」とあるが、どの範囲で主文のように4か月の重禁錮に処したのか、その理由が不明である。軽減して処罰する以上は、その軽減の範囲が何か月以上何年以下であるかを明示しなければならず、これを明示しないことは理由の欠如にあたり、刑事訴訟法第269条第9号に該当の破棄理由がある。

〈大審院の判断〉
上告は第二審の判決の不法に対してできるものであり、第一審の判決に対して行うことはできない。したがって、この主張は上告の理由にあたらない。
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(弁明書第一点及び第二点について)
弁明書の第一点の要旨は、次のとおりである。
上告人が窃盗被告事件として木更津警察署に引致され、一度の訊問もなく、検事の発した拘留状により拘留され、その翌日である23日になって初めて検事の取り調べを受けた。検事が発行した勾留状には刑事訴訟法第75条に基づき勾留すると規定記載されており、検事はいかなる場合でも、被告に対して一応の訊問を行い、禁錮刑に相当すると思料した場合でなければ勾留することができない。しかし、第一審の検事は上告人に対して一度も訊問を行わず刑事訴訟法第75条を適用している。これは不法な処分であり破棄理由となる。

弁明書の第二点の要旨は、次のとおりである。
前述のように検事の拘留状によって在監となっているのに、松大路判事が同一事件について重ねて勾留状(上告第二号証)を発した。さらに在監中の者に対する勾留状は刑事訴訟法第84条に基づき、執行吏を通じて送達されるべきであるのに、巡査石川晃にそれを行わせたは不法な処分であり、これも破棄理由となる。

〈大審院の判断〉
上告とは二審の判決の不法に対してできるものであることは、前項でも述べたとおりである。検事や第一審判事による勾留状発付手続きに不適切な点があったとしても、第二審判決そのものには何ら関係がない。よって、本論旨も上告理由にはあたらない。
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〈結語〉
以上の理由に基づき、刑事訴訟法第285条に従って本件上告を棄却する。

明治28年7月8日、大審院第一刑事部公廷において、検事岩田武儀の立会いのもとで宣告。

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〈原文〉
窃盜未遂ノ件
大審院刑事判決録(刑録)1輯1巻101頁
明治二十八年第八五二號
明治二十八年七月八日宣告
◎判决要旨
判决書ニ住所身分職業ノ誤記アルモ人違ニアラサル以上ハ瑕瑾トナラス

第一審 千葉地方裁判所木更津支部
第二審 東京控訴院

被告人 矢島陽三郎

右竊盜未遂被告事件ノ控訴ニ付明治二十八年六月十五日東京控訴院ニ於テ千葉地方裁判所木更津支部カ被告ヲ重禁錮四月監視六月二處スト言渡シタル判决ヲ相當トシ被告ノ控訴ヲ棄却シタル判决ニ服セス被告ハ上告ヲ爲シタリ
大審院ニ於テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ式ヲ履行シ審判スル左ノ如シ
上告趣意ノ要旨第一ハ本件ノ事實ハ明治二十八年三月三十日午後地曳初五郎方ニ於テ入浴ノ際被告ハ誤テ山田文之助ノ衣類ニ手ヲ觸レタルヨリ爭論ヲ生シ彼レハ之ヲ私憤ニ含ミ遂ニ不實ノ告訴ヲ爲シタル結果斯クノ塲合ニ至リシナリ而シテ其不實ノ告訴ナル事ハ現ニ三月三十日ニ起リシ事ナルニ盜難未遂届ハ二十有余日ヲ經過シタル四月二十二日ヲ以テ届出テタル事及地曳キンノ始末書ト山田文之助カ第一審公廷ニ於ル陳述ト反對スル所ニヨリ知ルニ足ルヘシト云フニアリテ◎原院ノ職權ニ存スル事實認定ニ對シ不服ヲ訴フルニ過キスシテ上告適法ノ理由ナシ
同第二ノ要ハ第一審判决謄本ニ被告ノ住所ヲ千葉縣市原町五井町ト記載シアリ然ルニ被告ハ市原町ノ人ニアラサルノミナラス千葉縣ニ市原町ト稱スル町所ハ之アルコトナシ即チ事實ヲ誤リタル不當ノ判决ナリ殊ニ被告ハ矢島徳三郎ノ次男ニシテ回漕業ナリトハ一審以來申立ル所ナルニ拘ハラス平民農矢島陽三郎ト一戸主ノ如ク記載セシハ實ニ事實ヲ誤リタル不法ノ判决ナリト云フニアリテ◎其前段ハ第一審判决殊ニ謄本ニ對スル不服ナレハ固ヨリ上告ノ理由トナラス其後段モ原院ノ事實ノ判斷ニ屬スルノミナラス其住所身分職業ヲ記載スルノ要ハ其人違ナキヲ保スルカ爲メナレハ良シ回漕業ヲ農ト誤リタリトスルモ其人違ヒニアラサル以上ハ此瑕瑾ハ未タ以テ破毀ノ原由ト爲スニ足ラス又其戸主ナリヤ非戸主ナリヤ否ヤノ如キハ刑法上之ヲ區別スルノ要ナキカ故ニ其之ヲ明示スルノ要ナシトス
同第三ノ要旨ハ原判决證憑列記中地曳キンノ始末書ナルモノアルモ右ハ何レノ廳ニ於テ受理シ本案斷罪ノ證據ニ供セシヤ參考ニ供セシヤ之カ區分ノ明記ナキハ證據列記法ニ背キ破毀ノ原由アル不法ノ裁判ナリト云フニアレトモ◎刑事訴訟法中證據列記ノ法則ナルモノ存スルニアラス只刑ノ言渡ヲ爲スニ裁判所カ因リテ其事實ヲ認メタル證據及ヒ徴憑ヲ明示スルヲ以テ足レリトスルカ故ニ其何レノ廳ニ於テ受理セシヤ證據又ハ參考ニ供セシヤ否ヤ等之カ區分ヲ示スヲ要セス隨テ原判决ハ不法ニアラス
同第四ハ本案第一審ノ判决書ニ於ル法律適用ヲ閲スルニ「犯時十六歳以上二十歳未滿ナルヲ以テ同法八十一條ニ依リ本刑ニ一等ヲ減シ」トアルモ其如何ナル範圍ニ於テ主文ノ如キ四月ノ重禁錮ニ處シタルヤ其理由ヲ知ルニ由ナシ苟クモ輕減シテ處斷スルニハ其輕減シテ何月以上何年以下ノ範圍ニ於テ云云ト明示セサルハ即チ理由ノ缺點ニシテ刑事訴訟法第二百六十九條第九ニ該當スル破毀ノ原由アルモノナリト云フニアレトモ◎上告ハ第二審判决ノ不法ニ對シ之ヲ爲スコトヲ得ルモノニシテ第一審判决ニ對シ爲スコトヲ得サルカ故ニ本論旨ハ固ヨリ上告ノ理由トナラス』同辯明書第一ノ要ハ上告人ハ窃盜被告事件トシテ木更津警察署ニ引致セラレ一回ノ訊問モナク檢事ノ發シタル拘留状ニヨリ拘留セラレ而シテ其翌二十三日ニ至リ始メテ檢事ノ訊問ヲ受ケタリ其檢事ノ發シタル勾留状ニハ刑事訴訟法第七十五條ニ依リ勾留ストアリ抑モ該法條ニ依レハ檢事ハ如何ナル塲合ト雖トモ被告ニ對シ一應ノ訊問ヲ爲シ禁錮ノ刑ニ該ルヘシト思量シタル時ニアラサレハ勾留スル能ハサルハ勿論ナルヘシ然ルニ第一審檢事カ上告人ニ對シ一應ノ訊問ナクシテ刑事訴訟法第七十五條ヲ適用シタルハ不法ノ處分ニシテ破毀ノ原由アルモノナリト其第二ハ右ノ如ク檢事ノ拘留状ニ依リ在監ノ身ナルニ拘ハラス松大路判事ハ同一ノ事件ニ對シ重テ勾留状(上告第二號證)ヲ發シ殊ニ在監人ニ發スル勾留状ハ刑事訴訟法第八十四條ニ基キ必ス執達吏ヲシテ送達セシムヘキニ不法ニモ巡査石川晃ヲシテ之ヲ取扱ハシメタルハ不法ノ處分ニシテ是亦破毀ノ原由アルモノナリト云フニアレトモ◎上告ノ何タルコトハ前項ノ説明ニ依リ了解スルヲ得ヘク而シテ檢事又ハ第一審判事ノ勾留状發付手續上不適式ノコトアリトスルモ第二審判决其物ニハ何等ノ關係ヲ有セサルヲ以テ本論旨モ亦上告ノ理由トナラス
右ノ理由ナルニ付刑事訴訟法第二百八十五條ニ從ヒ本件上告ヲ棄却ス
明治二十八年七月八日大審院第一刑事部公廷ニ於テ檢事岩田武儀立會宣告ス

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