【御着城跡碑】 兵庫県姫路市御国野町御着
官兵衛の君主小寺氏の居城で、1519年小寺政隆が築城します。
別名 茶臼山城・天川城とも呼ばれ、別所氏の三木城・三木氏の英賀城とともに播磨三大城の一つです。
1579年羽柴秀吉に攻められ落城し廃城となります。
【黒田官兵衛の顕彰碑】
1562年官兵衛16歳の時、小寺政職の近習(君主の側近して働く者)となり小寺氏の姓を与えられます。
1567年黒田の家督を継ぎ、22歳で小寺氏の重臣となります。
御着城に18年間出仕します。
【黒田家の廟所】 (伝 本丸)
黒田家の礎を築いたともいえる官兵衛の祖父重隆(左)と生母明石氏(枝吉城主明石正風の娘)(右)を祀る供養塔。
【小寺大明神】 (伝 本丸)
小寺家と家臣らが祀られています。
(伝 本丸)御着城公園・姫路市東主張所
一段下がった堀跡に、再建された天川橋の石橋。