青い花

読書感想とか日々思う事、飼っている柴犬と猫について。

カッコーの巣の上で

2015-07-24 07:47:17 | 日記
『カッコーの巣の上で』(1975年)は、アメリカ映画。監督はミロス・フォアマン。原作は1962年に発表されたケン・キージーのベストセラー小説。ジャック・ニコルソン演じる主人公が、患者の人格まで支配する病院から自由を勝ちとろうと試みる。なお“カッコーの巣”とは、精神病院の蔑称である。

《刑務所へ収監されていたマクマーフィー(ジャック・ニコルソン)は、労役から逃れるために詐病し、精神病院に送られてきた。その病院は、婦長ラチェッドの厳しい規律に支配されており、患者たちは無気力に従っていた。しかし、マクマーフィーは誰が相手でも自由に発言し、問題行動を連発する。

単調な入院生活に飽き飽きしたマクマーフィーは、テレビで野球中継を観たいと主張した。多数決で決めることになるが、あと一人で過半数というところで、婦長から時間切れを宣告されてしまう。しかし、電源を切られたテレビの前でマクマーフィーが中継の真似を始めると、患者たちが集まり、はしゃぎだした。その楽しげな様子を苦い表情で見つめる婦長。

マクマーフィーは、患者たちに水飲み台を持ち上げられるか賭けを持ちかけた。マクマーフィーの力では噴水台は動かせず、彼は賭けに負けた。それでも彼は「でも努力はしたぜ。チャレンジしたんだ」と言った。
患者たちは徐々にマクマーフィーに感化され、人間らしい活気を取り戻していった。それに伴い、病院の風紀が乱れてきた。

ある日の面談で、マクマーフィーは院長から「君に精神障害の兆候は見られない」と告げられた。刑務所に送り返されると思ったマクマーフィーは、女友達のキャンディと共に、無断で病院のバスに患者たちを載せ、港まで繰り出した。そして、漁船に乗り込むと、皆で海釣りを楽しんだ。その間、病院側は大騒動になり、警察のヘリが出動する事態になっていた。

病院ではマクマーフィーの処置について話し合われた。「精神病ではないが、危険人物だ」という意見が出たので、院長はマクマーフィーを刑務所に送り返そうとする。しかし、婦長は尤もらしいことを言って、彼女の了承なしではマクマーフィーを退院出来ないようにしてしまった。

ある日、マクマーフィーは興奮状態になった患者を救おうとして、看守と乱闘になった。ネイティブアメリカンの大男で聾唖のチーフは、マクマーフィーを助けようとした。そのため、懲罰として2人は電気ショック療法を受けた。
チーフの聾唖は、実は演技だった。そのことに気づいたマクマーフィーは「一緒に逃げよう」と誘った。しかし、チーフは「お前はデカイ男だ。だけど、俺は小さい男だ」と、断った。そして、亡父の話をした。親父もデカイ男だった。一人で何でも出来た。しかし、酒に溺れて衰弱し、最期には始末されてしまった、と。

クリスマスの夜、マクマーフィーは脱走計画を実行に移す。そのために夜勤の看守を買収して、キャンディとローズを病棟に呼び込み、患者たちに酒をふるまい、お別れのパーティーを開いた。パーティーが終わると、マクマーフィーはチーフと逃げようとしたが、彼らを見つめるビリーに気づいた。マクマーフィーはビリーも誘うが、ビリーは「心の準備が出来ていない」と尻込みする。ビリーがキャンディに好意を寄せていることを知ったマクマーフィーは、キャンディにビリーの相手をしてやるように頼む。しかし、二人を待っている間に寝込んでしまい、脱走に失敗してしまうのだった。

翌朝、荒れ果てた病棟を見た婦長は激怒した。そして、ビリーがキャンディと寝ているのを見つけると、彼が母親を恐れていることを承知の上で「このことを母親に報告する」と執拗に繰り返した。恐怖が極まったビリーはガラス片で首を切って自殺した。
マクマーフィーは激高し、婦長を絞め殺そうとしたが、看守に殴られ、気絶してしまう。そして、彼は姿を消した。患者たちは、マクマーフィーは脱走に成功したのだと囁き合った。

ある日の深夜、マクマーフィーが病室に戻された。チーフは、マクマーフィーのベッドに駆け寄り、「一緒に逃げよう」と誘った。しかし、反応がない。マクマーフィーはロボトミー手術を施され、廃人になっていたのだ。チーフはマクマーフィーを抱きしめた。
「このままでは置いて行かない」
チーフは、マクマーフィーを窒息死させた。そして、マクマーフィーが持ち上げられなかった水飲み台を投げつけて窓を破り、外の世界へ去って行った。》

人権意識の未発達な時代、精神病院の環境は悲惨だった。精神障碍者にも人としての尊厳があるなどとは、医療従事者でさえ考えなかった。
己の正義を疑わない人間の恐ろしさを婦長が体現している。彼女は自分を残酷だと思ったことはないだろう。院長の評価通り、患者への理解がある優秀な医療従事者だと思っているはずだ。彼女は暴力を振るわないし、怒鳴らない。しかし、患者たちが思い通りに動かない時、彼女の表情は歪んでいる。マクマーフィーが電気ショックを受けた後やビリーを糾弾した時に浮かべた表情は、支配欲と加虐が滲み出た実に醜いものだった。
チーフは、マクマーフィーに父の面影を見ていたのだろう。一人で何でも出来るデカイ男。息子にとって憧れの父親像。マクマーフィーはチンピラだったが、明るく自立心旺盛な性格ゆえに、患者たちに問題を提起する役割を果たしていた。「考えない」ということは「生きていない」ということと同じだということ、自由から逃げてはいけないということを行動によって示したのだ。そのマクマーフィーが、病院の現場を掌握する婦長と対立し、権力に押しつぶされ、人格を破壊されてしまった。チーフはマクマーフィーの魂を解放し、その遺志を受け継いだ。去っていくチーフの背中には、人間としての誇りと未来につながる爽やかさがあった。
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