今日は朝、会社で「これ参考に食べてみて」と言われたチーズケーキ(モドキ)を付き合いで一切れ食べたら、そのあとずーっと胸焼けです。
胃液が食道まで逆流している感じ。
やっぱり気乗りのしないものは食べないほうが良かったなあ、と思った次第です。今でも気持悪いですから。
最近、安いチーズケーキありますが、あれはチーズまともに使っていませんからね。
なので、あれをチーズケーキと偽って販売しているメーカーには妙に腹立たしい思いをもってしまいます。
チーズケーキはもっと美味しいんですけどね。
そういうモドキチーズケーキにたいする気持が、今回の現象を引き起こしたのかもしれません。
これから義理でも物食べる時は、そういう気持を持たないようにして食べようと思った次第です。
で、今日のヘミシンク。ちょっとモンローさんと久々対話してみたくなったので、そのやり取りを書いておきますね。
ICレコーダーに吹き込みながら記録していますので、このように長い対話もブログにアップすることができます。
ICレコーダーはいいですよ。ヘミシンクの記録取にはもってこいです。
さて、今日はモンローさんとヘミシンクについて語り合いました。
まず、フォーカス27に行って、モンローさんの隠れ家にお邪魔します。
きょうはナンシーさん不在だそうで、ダイニングに案内されてソファーに座ります。
今日もブランデーが出てきました。家の中だとブランデーなんですかね?
そして、対話開始。
「何か聞きたいことがあるんだろう?」と聞かれましたので、「ヘミシンクは個人的な探索を楽しむためのツールですが、そもそも何なんですか?」というような事を聞いてみようと思いました。
ヘミシンクをやっていると神秘体験により、宇宙人、神様系との遭遇、メッセージ、それらからのC1での役目などに気がつく方がいらっしゃいますが、このようにバラバラなメッセージを受け取る事になっていいのでしょうか?という内容の事を聞いてみます。
すると、
「体験、というのはその人が信じる世界が見えてくる。」
「それは幻想というのではないですか?」
「人は物事を見るときは、必ず枠にはめて見ようとする。無意識にやっているので、気がついていないだけだ。たとえば、世界情勢を見るとき、君達は“日本人”という枠からしか見ていない。そして、情報をえる場合、テレビなどの番組を作る人間の枠がそこにはまっている。それを見る君達は日本人の熊本人、そして、菓子職人としての枠からそれを見ているのだよ。人は何を見るにも、すべてに大きなものから小さなものまで、枠をはめてみようとしている。これは必ずあること。『偏見をなくしてモノを見なさい。』という言にも、すでに『偏見がある』という偏見の枠がくっついているだろう?
現実世界というところは、その枠が見えにくい。というか、枠があることを意識させないような情報に巻き込まれてしまっている。なので、まるで『共通の認識』というものが存在しているかのような錯覚を覚える。実際はすべてのものをまったく同じように見ている人はいない。すべてに枠がはまっているのだから。
こういう体験ができるのが現実世界なのだよ。
非物質世界では、その枠がはっきりと見えてしまう。たとえば、宇宙人の話。世界はそういうものだという枠をはめている人には、すべて宇宙人がらみの情報しかやってこない。天使、神系の枠であれば、すべて神と天使関連の体験しかやってこない。
すべて、同じ【何か】を見ているのだが、そこを見る枠が人それぞれなので、まるで違う情報のように感じるだけだ。」
「それって、いいことなんですか?みんなバラバラで。」
「そういう向こうの世界の話を、共通の基準でまとめたのがフォーカスレベルだよ。各体験は異なるかもしれないが、このレベルに達しているという体験は大勢の人々と共有する事ができる。
それに、枠があったからといって何の問題もない。各人が、自分の枠を認識して、自分はこういう枠から世界を見ているのだな。と自覚さえしていればいいことだ。
自分の枠を人の枠から見た体験にはめ込もうとするから問題が起こってくる。三角の枠に四角は入らないだろう?」
「非物質世界で、枠のないものの見方ってできないものですか?」
「現実世界で生きている君達から見たら、まず不可能だよ。そういう事ができる人間は、今ここに生きている意味が無いのだから。
現実世界で一つの枠を作る。これも大切な体験なのだよ。枠を通して物を見ている。これを実感する事が大切だね。」
「じゃあ、それが生まれ変わりの考え方、高次の存在との接触、などすべてに関係しているということですか?」
「そう、すべては枠なのだよ。見え方の違いでしかない。それらの違いを認識し、個人個人の作った枠、それらにどう同調できるか。これが重要だろうね。
どうしても同じような枠を持つ同士が集まってしまうものだが。」
「じゃあ、ヘミシンクの体験記などを読むときは、自分に波長のあうものだけを見ていればいいのでしょうか?」
「それでも良いが、他のものを見ることもしたほうがいい。そこで、表現は違えど、どうやら同じ事を言っている、という部分が見えてくるはずだ。
たとえれば、日本神界にはアマテラスがいる。君の認識では、マザーというものに近い存在だなので、これを マザー=アマテラスと見ることもできるだろう。」
「じゃあ、“彼”という存在は?」
「それも見方次第だね。君の枠だと“彼”でしかないが、特定の宗教に入っている人から見ると、それはその宗教の神に見えることもあるだろう。」
「難しいものですね。こうも認識の仕方が異なってくると。」
「難しい事はない。互いの違いを認識すればいいことなのだから。自分の感じる事をただ感じて、楽しんでいればいいのだよ。人類全体のために、とかテーマを一つ取り上げたりとか、そういう壮大な事をする必要はそんなに無い。自分の体験を見て、考えて、そこで自分自身を受け入れる事。そういう自分の内面と向き合う事をするもの、それがヘミシンクでもあるのだ。」
「単純に体外離脱して楽しむのはどうなんですか?」
「それができるならばね。そういうやり方もある。ただ、その人のやり方次第。」
「じゃあ、ヘミシンクの有効な使いかた、おススメの使い方とかありますか?」
「まずは、手順どおり、基本を押さえた上で自由に散策を行うのがいいね。自分なりの体験をし、自らの内面と向き合う事。そして、そこで得られた事をC1、現実世界にフィードバックする。」
「フィードバックしなかったら?」
「それはただの空想を楽しんでいるというしかない。これはこれで十分意義のあることだが、現実世界に何らかのことを反映しないと体験が続かないだろうね。」
「ヘミシンクで霊的能力などが開花されて、それを生かさねば!と使命感に燃えた方の場合はどうします?」
「それは問題ないだろう。ヘミシンクで得た体験をC1に反映しているのだから。ジョー(マクモニーグル)もそうだろう?
日常生活の中で得られるちょとした気付きに反応できるようになれば、ヘミシンクを現実世界に反映していることになるから、なにも特別な事をする必要はない。」
「ヘミシンク体験とそのC1へのフィードバック。結局、脳科学とかが最近言っていることと似ていませんか?」
「脳科学は、そこに起こっている現象を捉えて判断している。ヘミシンクは、その現象がおこる大元を捉えて判断している。その違いがある。だから同じ方向性になるのも当たり前。水道から出る水にたとえてみよう。
脳科学というのは、浄水施設までいって「なるほど、水道の水はここから来ているのか。」と納得している段階で、ヘミシンクでは、上流の水源まで行って「なるほど、水はこうやって湧き出ているのか。」と感じる事ができる。同じ水道水を捉えていても、感じ方が異なってくる。しかし、同じものを語っていたりするのだよ。」
「物事の見方の違いってことですか?」
「それでいいのだと思うが。」
「思うのですが、こうやってものの見方が違うという考え方が重要、というものの見方も偏っているものの見方ではないのですか?」
「君の、そういうひねくれたところがいいんだよ。情報をただ鵜呑みにする、ただ否定するだけではなく、それをどうしたいのか?と常に問いを発することが必要。
問いの無いところに答えは来ない。それがヘミシンクなのだから。
まず、何がしたいのか考える事が必要。」
「じゃあ、物理学者や科学者がやるとよさそうですけどね。」
「ああいう人たちはこんな事に時間を費やすヒマがないのだよ。自分の研究に一生懸命でね。」
「で、結局私はどうしたらいいと思います?」
「それが聞きたくて、こんな前振りがあったのかい?
君は好きにすればいい。道が見えずに悩んでいる人々は、何もして無いから道が見えないのだ。とりあえず動く事、そうすれば道が見えてくる。
君もそうやっていろいろと動いているといい。いずれ道が見えてくるよ。」
「ガイドからのみちびきではないのですか?」
「ガイドは道が見えるように導いてくれる。まず動かないことにはガイドも導きようがないだろう?丘の向こうに道があるのに、ちっとも歩かなければそれを教える事もできない。」
「基本C1主体なんですね。」
「君達はC1で生きているのだから当たり前。」
「またヘミシンクへの理解が深まりました。ありがとうございます。」
「また何かあれば聞きに来るといい。」
「ところで、前から思っていたのですが、生前のモンローさんもそういう話し方するのですか?」
「なら聞いてみるといい。まだ生きているのがいるだろうから。」
「そう簡単にできれば苦労はしませんよ。」
「なら、今度娘をつれてこよう。そこで聞いてみるといい。」
「だって、それって非物質の存在でしょう?同じじゃないですか。」
「ローリーだったら会った事のある人間も多い。それで確認してみるのもいいだろう。」
「それだったら分かりますね。」
という感じで、今日の対談は終了となりました。
ヘミシンクについて、また認識が増えたような気がしますね。
明日は共同探索。単純に楽しみに来て下さいね。
私が浜辺で何をしていたのか?見た人はご報告をお願いします。
そしてこのタイミングで、この内容。
すごい!「いろいろ動いてみるといい」には、背中を押された感じがしました。
少しづつ、ヘミシンク中や明け方の夢にいろいろ変化が、出てきています。
ほんとに「ありがとうございます。」
ヘミシンクで見える世界は
真実が迷うことなく分かる…のかと言う期待がありましたが
やはり自分の枠から見る世界になっちゃうんですかね。
ちょっと残念なような、安心したような
ヘミシンクで見える世界は
真実が迷うことなく分かる…のかと言う期待がありましたが
やはり自分の枠から見る世界になっちゃうんですかね。
ちょっと残念なような、安心したような
このblogを見てからヘミシンクをする決心をしてから、いつもケイさんの記事を読み、励まされてきました。
得に今年の恵方ロールの時期の記事は、毎回感動の涙無しでは読めない程でした(笑)
私は子育てをし始めてから、私が楽しんで生きているところを子供に見てもらいたいと思い、そのためのツールとしてヘミシンクに興味を持ちました。
それで始めてみて半年くらい経ちましたが、やっぱりやってよかったです。
ケイさんのおかげです。
ありがとうございます。
以前夢でケイさんとお話して、その数日後に寝るときの私の格好と同じような人物にケイさんが話し掛けた記述があり、「もしかして…(ニヤリッ)」と喜んでいました。
幸せな勘違いかもしれませんが(笑)
明日の「まるの日の海岸物語 ♪♪」(笑)楽しみにしてま?す。(楽しむことも大切ですよね(^O^)/)
今日の「枠」を通してみる見方の話はなるほどと思いながら読まさせていただきました。非物質世界では枠がはっきりと見えてしまうことでまるさん好みのキャラ登場の理由がよく理解できましたね。C1では今後は枠の見方を意識して変えることが課題になりました。
よい気づきをありがとうございました。
しかしモンローさん直々に(マトリクス?)手順をふんで基本通りでいい、と言われるとホッとします。
共同探索参加します。私の目印は短髪、イチロー風ヒゲに真っ赤なサーフショーツです。どなたか見かけられたら、後ろから膝カックンでもして下さい(笑)
さて、昨日、今日と早めに共同探索やってきました。
後は明日の記録と照合するのみですね・・・。
前回は不覚にも「おいてけぼり」状態だったみたいですが、今回は「参加したつもり」になっているのですが・・・(笑)。
ちゃんと記録取りましたよ。
思えば、まるの日様の「誰でもヘミシンク」を読んで、「オープニング・ザ・ハート」がいいかも、と思って、買ったのが先月。
ガイドが見えはじめたのが4/14。
記録をとりはじめてちょうど30日。
一気にいろいろきましたねえ。
ガイドも3人に増えたようです。
本のちょっと堅い印象と違って 優しいおじさん(笑)って感じですね
へえ いいなあ 私もいつか モンロー氏と会話したいな 『・・・まだ生きているのがいるだろうから』とは??研究所のスタッフのことを言うのでしょうか
ヘミシンクは各人 気負わずに好きに感じるが良いということですか?
先ずは 動きなさいということですね
まだまだ初心者の私には『 ・・想像して 創造して・・ビジョンの呼び水となる』
までは到達してないのですが 繰り返し挑戦するのがいいのですね
今日、昼休みに屋上でこっそりヘミシンクしてました。寝ないで出来て何か変わった感じでした。色々やって見ます。