最近は、サロンではPerfumeがおもに流れておりまして。
というか、手作りの巨大波動スピーカーで延々ヘビーローテーションさせております。
なかなかに集中するにはいいもので、これ聴きながらイラストとか書いていたりしますかね。
慣れてくれば音は集中とリラックスを提供してくれるものであれば、大抵はいいものであります。ボーカロイド系からすこし人間側に戻ってきた感じですか。
さて、最近妻と朝食のときに軽く問答をしていたりするのですが。その中に意外と必要な内容も多くて。本当はこういうのブログに載せたらいいんだろうなぁ。
と思いつつも会話録音しているワケでもないので今頃書こうとすると内容を忘れてしまったりしております。
その時の話題は、あの世の認識の仕方についてでした。
意識をどこに合わせるか、で見えて来る世界が全て異なって来る。という話から、時空構造の多層構造とか時間と空間の並列存在の話とか。人間の本質は無であり、実は意識があると思う事自体も見方のひとつに過ぎないとか。
ペットの魂の輪廻の話も、ある種ひとつの見方に過ぎないとか。見方をかえると全て同時に存在していて。そこに意味を求める場合は意味が見いだせるけど、見ないならばそのストーリーは別の流れに入っていくとか。
なんというか、文章では説明しづらい話題に入っていくものではありました。
ここまで書いて、「なんのこっちゃ?」と思われる方もいると思いますが。
スピリチュアルな人が説明をする際は、「例え話」か「人が受入れやすいストーリー」として話している部分が大きいと思いますので既成概念、時間が連続して存在している、という概念の中で話をしたほうが理解していただけやすいので、そんな感じになっているのだと思います。
仏教もインドで流行っていたバラモンの考え方を使って説明している部分が多いと思いますので。そのあたりを外してその内容を突き詰めていくと、何が伝えたいことなのかが受け取り安いかと思います。キリスト教でもそうですよね。
説明するときは既存の人々が信じている概念を使って説明しないと理解してもらえませんもので。
ということで、自分の見ている世界観を語るときは、まぁなんというか。
「見る場所によって見え方異なりますよ」という感じになってしまうか、時間の連続している感覚で話していくか、になってしまいます。
ちょっとここで例え話。
時間と空間の存在しない部分から自分たちの人生を観察すると、人生はひとつの物語として記録されいる映画のようなもので。
その映画が詰まっている棚を見て、「今日はこれみよう」と思って取り出されて再生機にかけられている状態が、今の自分達、とも言えるところではあります。
物語の中にいる自分達は物語の中の世界が全てなので。外に別の物語が存在していることに気づけませんが。映画を見ている人は、この外伝があることも、続きがあることも知っているのです。
自分、というものをこの映画の中の人物、と意識してしまうとその人は物語の中の役割しか果たすことはできませんが。
自分、というものを「映画を見ている人」まで含めていくと、映画のなかで役割を演じている自分と、映画を見ている自分と、二つの意識のつながりが生まれてきます。ま、いわゆる映画をみていて感情移入してくる感じに似ているかな?
映画の中のキャラクターと、見ている人のエネルギーがつながった感じ。
映画を見ている人は、ひとつの物語を見たあとに、その感動を記憶し心に収めたまま、次の物語を手に取ります。
次の物語を見るときは、前に見た物語の記憶と比較したりもするでしょうし。
比べたりもするでしょう。
そして、映画に引き込まれてまた感動して。
その人物は新しい感動を得て、その次にみた映画のストーリーも記憶して。次の物語を見始めます。
そこで、「前の映画のほうがCGうまかったがな?」と思った瞬間、今見ている物語に対して感情移入がそれるときがあると、その時は今見ている物語とその人物のあいだに意思の疎通が存在せず。
物語を素直に記憶してない状態になってしまいます。
これを「カルマ」という感じで、見ている人物が素直に物語に感情移入できなかった状態。
とも言えるかな、と思ったりして。
ではどうすればいいのか?
演技をしっかりと、見ている人が感情移入できるくらいのクオリティーで物語を仕上げていく。
そこにあるストーリーの中にある、自分の役割を演じ切る。
それで物語、映画は素晴らしいものになっていきます。
すると、その映画を見た人物は、感情移入をして。前の映画と比べることもせずに素直に集中してくれる。
と思うと、カルマ、というのは自分の役割をきちんとできていない状態のときに出てくるもの?という考え方もありますが。
そもそも、カルマというものが「無い」とも言えますね。こういう考え方だと。
たんに「ちょっと演技ミスしましたわ」というくらいなので。
この場合、映画の1作目がコケても、2作目で挽回できればそれで良し、的な考え方もありますし。リメイクして話をキャストを変えて作り変えることもあるでしょうし。
外伝を作って、むしろそっちのほうが面白くなったり。スピンオフ作品として表に出てくることもあるかと。
これを次元の話にすると、僕たちは3次元、であれば、その映画を見ている人はそれ以上の次元の人、ということになりますね。
これをハイアーセルフとか、ライブラリーをトータルセルフとか、そういういい方をしていくと、ちょっと理解しやすいかな~、と思ったりしますが。
書いていても、すべてをこれでは説明しきれてないなぁ、とは思うところですが。
例え話の一つとして書いて見たところです。
ネットの話が一番わかりやすいと僕は思うのですが、パソコン詳しくない人にはわかりにくいので。
とはいえ、何かいい喩えはないものかと。
風呂に入りながら考えていると、ふと浮かんだ理論がありました。
それは、「オタクの部屋」理論。
僕たちは、ひとりのオタクの部屋に並んでいるDVDだと思う感じです。
オタクの人はコレクションが好きです。集めるのがなぜか好きです。余計なことを言いますが、なぜかAB型の人にこういう収集癖がある人多い気がします。
で、集めたものを棚に並べて行きます。
例えば、僕の同年代には「ガンダム」ネタが一番通じるので、それを例に。
この人は棚に全てのガンダムシリーズのブルーレイディスクを揃えておいております。好きな時に、好きな話を見ることができるのです。
例えばファーストガンダムで、28話くらいでミハルが海に落ちるシーンが泣ける!という場合はそこに感情移入できますので。「あのズゴック野郎!」とか。「カイはもちょっと後ろ見ろや!」とかツッコミ入れながら見て満足して。
あるときは女上司に罵られて、ついついガンダムの一話を手にとって見て「この軟弱もの!」とセイラさんにひっぱたかれるカイの姿に同情したりすると、その時も感情移入してしまいます。
カイネタが多いのは僕がカイのファンだからですけどね。
で、何が言いたいかというと、時間どおりに見ていた世代は、一週間に一回あるガンダムの話を時系列に見るしかなくて。
カイが第一話でひっぱたかれるときから連続してほかの話を見ていって。
あとのほうで28話くらいでミハルが出てきて、という話になっているので。当時見ていた少年達はガンダムのストーリーは時系列に並んでいるものだと思ってしまってましたが。
今はブルーレイのようなコンテンツで集めてしまえば、好きな時に時系列に関係なく見られるわけです。
オタクの人は、自分が感動出来る話をその都度、ひきだしては見ることが可能となっているのです。
もしかしたら、ククルス・ドアンの話に素晴らしい感動を得られるカモしれませんし。
いきなりGガンダムの師弟対決に涙しているかもしれません。
つまり、このオタクな人は、3次元の人です。
映像コンテンツは2次元です。
そして、同時にそこに存在していて。その2次元のコンテンツと感動という心のつながりを得ることができるには、3次元の人の気分で左右されることになります。
2次元の人は、3次元を感じることはできません。セイラさんはいきなり画面の外にいる僕たちに「軟弱者!」とは罵声をあびせてこないわけです。当たり前ですが。
だんだん、ただのガンダムネタになりつつあるので戻しますが。
何が言いたいかというと、
今の僕たちの状態、というのはこういう感じ、オタクの部屋が例えとして一番表現としては分かりやすいかな、と思える感じになっているかなと思うところですか。
3次元人と映像コンテンツがシンクロした時に、その中に感情の動きが生まれていく。
それをつながった感じ、と言うのであれば僕たちは3次元人でそれ以上を知覚できないなら。
その上の次元の人の事を考えるよりは、今目の前にある自分たちの「やること」「役割」に意識を向けたほうがストーリーを構築するキャラとしてはいいのではないかと。
ガンダムも、アムロがいて、カイがいて、ハヤトがいて、そういうキャラクターが全てそれぞれの持ち味をだしているから未だに語り継がれる作品になっているので。
スピリチュアル世界のイメージは「オタクの部屋」
という感じで見ていくと、ちょっと別の視点ももてて面白いかと思います。
なので、オタクの部屋、は人の意識の階層構造を示していて、そこにあるものはひとつの世界を形造り。
宇宙がそこに存在している。
この考え方で言うと、
「ある意味、意識の世界をこの世に表現しようとしている人たち。」
とも言えますので。
実はすごいことしている人のように思えてきます。
自分のライブラリーを増やしているのは、自分が宇宙を作っている状態、世界を構築している状態でもあって。
ヘミシンクの話で出てくるレトリーバル、というのは実はこのオタクの人が自分のライブラリーを揃えていくのと同じ感覚なのかも?
友人にそういう人がいたら、その部屋に入って見てください。新しい宇宙を感じることができるかもしれません。
偏見や思い込み、囚われた意識を外して、深呼吸してそのものを、本質を見てみましょう。
そこにあるものは全て宇宙を示しているものに見えて来るものですよ。
そう考えると、ぼくらは4次元以上人のオタクべやのライブラリーに収められたDVDの一つの物語に出てくるキャラクター、ということになりますか。
それをどう思うかは、それぞれの思うところで処理してください(笑)
じゃフィギュアは?となりますが、それは2次元のモノで感動を得た3次元の人が、その感動の場面を自分に近い次元で表現したものに意識が惹かれたから、それを集める。
つまり、これは2次元の存在が3次元側に少し出てきたのと同じなので。
僕たちで言うと、「向こうの世界へと意識が入った」あるいは「体外離脱している」「バイロケーションしている」状態とも言えるかと。
なので、僕たちが向こうの世界に入り込む際はオタクの人がフィギュアを愛でている様子に近いのカモしれません。
ヒーリングの時や、高次のエネルギーとつながった時はバイロケーション的なことをやっているので。つまり、4次元以上人が僕のフィギュアを手にとっている状態?
だから、向こうのエネルギーとつながった瞬間はゾクっと寒気がするのかも。
というのは冗談ですが。
ま、身近にいろいろと目を向けてみると、向こうの世界の仕組みを表現しているものが多くあって。それのどれを自分が受け入れていけるかで、自分の今の状態が理解できるかと思います。
僕があえてオタクな感じの話をしたのは、こういう話をすると引く人がかなりいると思うのですが。
ま、スピリチュアルの話も興味ない人に話すと完全に引かれますので、概念の異なる認識をしている人に話をすると同じようなことになる、ということですかね。
今回の例え話も一つの視点からの見方ですので。
あの世の話は物語の中から見た視点。
物語を外から見た視点が、この視点。
その物語を見ている人の視点で見るストーリー。
その物語を見ている人を見ている視点で語るストーリー・
などもありますので。だんだん、ややこしくなっていきますよ。
では、外伝が作られている作品ではどうなるのか?「とある魔法の禁書目録」と「とある科学の超電磁砲」に出てくる御坂美琴やらアクセラレーターはそれぞれの話でどういう立ち位置に?
とか考えて行くと、さらに多次元世界の話の視点で話すこともできますが。
そこまでするとめちゃめちゃながくなるので、ご要望があったらそのへんも別の話をネタに書いてみたいかと思います。
ちなみに「とある~」シリーズでは黒子が好みですか。
ま、どうしても2番手キャラに目がいくのが僕の性質ですかね。
これを初音ミクネタでも書けますが、まだアニメのほうが分かりやすいかな、と思って書いてみましたが、余計にわからない人も多数いらっしゃるかと。
今度はパソコンの話で書いてみますか。
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私の場合、ガンダムよりウルトラマン、ウルトラセブンの方が、理解できますが。
人生すでに、一巻の映画として、完結しているようなものです。
ストーリーは決まっています。
そのストーリーの中で、精一杯演じなければいけませんね。
その見返りは、高校受験に合格した笑顔だけでいい、って感じ?
ヒナはまだ、小学三年生くらいな実感なので、三次元とか二次元とかまだよくわからないのですが
三次元を微分すると二次元。積分すると四次元、という話を聞いたことがあります。
時と場合によっては、三次元の実体よりも、微分した二次元の影の説明をしたほうが、(教える相手に)実体の本質を見つけやすいのかも?と考えていろんな角度から光を当てた影の形の変化を教えてくれてるような気がしています。
教えることで、御自分が教えられる謙虚さも、なんとなく素敵な家庭教師、って感じ。。。。。