まさおさまの 何でも倫理学

日々のささいなことから世界平和まで、何でも倫理学的に語ってしまいます。

○に近い△を生きる

2013-12-28 15:24:37 | 幸せの倫理学

鎌田實著 『○に近い△を生きる』 を読みました。
もともとうちのゼミ生がマインドマップで紹介してくれた本です。
タイトルだけでやられました。
先日ご紹介した 「創造的問題解決の倫理学」
別名 「オルターナティブ倫理学」 とコンセプトが同じです。
副題には 「『正論』 や 『正解』 にだまされるな」 とありますが、
本のなかでは 「別解」 とか 「別解力」 という語が多用されていました。
「別解」 というのはまさに 「オルターナティブ」 の訳語としてピッタリだと思います。
ちょっと 「はじめに」 から引用してみましょう。

「○と×の発想法は堅苦しくて不自由でおもしろみがない。
 ○と×の間にある無数の△= 「別解」 に、
 限りない自由や魅力を感じる。
 ○に近い△の生き方は、柔らかな生き方だ。
 (中略)
 『正解』 や 『正論』 にこだわらなくなると、考え方が自由になることを、
 若い人に気づいてほしい。
 『正解』 に囚われないと、多様な価値観がわかってくるようになる。
 他の人の生き方に共感したり、拍手を送ることもできるようになる。
 相手を汚い言葉でののしるヘイト・スピーチは、下品だと気づくだろう。
 唯一の 『正解』 を信じる生き方は、時代遅れで窮屈だ。
 生きるということは、たくさんの△の中で、
 『別解』 を探していくということ。
 ○に近い△を生きるということは、
 『別解力』 をつけるということだ。」

著者の鎌田實氏は現在は長野県の諏訪中央病院の名誉院長です。
この病院は氏の赴任当時、大赤字を抱えていました。
しかも病院のある茅野市は脳卒中の発生がひじょうに多い地域だったそうです。
そのなかで鎌田氏は、脳卒中患者の救命率を高めるという医療の 「正解」 ではなく、
脳卒中にならずにすむような健康づくり運動という 「別解」 に取り組みました。
さらには訪問看護やデイケアのシステムを日本で初めて立ち上げるなど、
それまでの 「正論」 では誰も思いつかなかったような 「別解」 を追求し、
鎌田氏が院長に就任してからはずっと黒字を続けているそうです。
長野県も今では日本一の長寿県となり、しかも医療費は最低、
かつ健康寿命 (介護を受けずに自立して生活を営める期間) が男女とも1位だそうです。
救命医療や高度医療を推進するという医療における○ではなく、
○とは異なる△を追求していった結果、○を超える成果を生み出してしまっているのです。
そのような実績に裏打ちされた提言ですので、たいへん興味深いです。

本書が扱っているのは医療問題ばかりでなく、
政治の問題や経済の問題など多岐にわたっています。
特に著者は、「人間が生きていく上で一番重要なことは、働く場があることと愛する人がいること」
と捉えていて、「この両方を規制緩和が粉々にしてしまった」 と、
非正規雇用のため結婚することもできない日本の若者たちの将来を真剣に憂えています。
新自由主義というグローバルな正解ではなく、
「ウェットな資本主義」、「あったかな資本主義」 を作っていくという別解については、
本書のなかではまだ具体的な提案には至っていませんが、
鎌田氏に倣って私たちが、想像力と創造力を働かせて別解を求めていく必要があるでしょう。
最後に東日本大震災ならびに原発事故後すぐに被災地入りした経験を踏まえて、
福島の未来に向けた著者のメッセージを引用しておきましょう。

「今も、被災地福島に通い続けている。見えない放射能を心配するお母さん達の不安を考えると、心が痛む。
 低線量被ばくと健康と命については、科学者の意見が真っ二つに分かれている。
 100ミリシーベルトまでは心配ない、という科学者と1ミリシーベルトでも体によくない、という科学者がいる。ぼくはどちらかというと後者である。
 しかし、福島から離れられないお母さん達にとって、子供を守るためには、絶対的な正解ではなくても○に近い△を選んで生きていくしかない。
 100万人に1人といわれている小児甲状腺がんが診断された。福島県で約21万6000人の検診が終わった時点で、18人の小児甲状腺がんが診断された。さらに、25人の甲状腺がんの疑いのある子供がいる。簡単に大丈夫と言える状況ではない。
 絶対的な 『正解』 がない中で、この国の未来を背負っていく子供達をどう守っていくのか。
 ヒステリックな批判のし合いではなく、子供達のための 『別解』 を考えていかざるを得ない。甲状腺検診の質とスピードを高める必要がある。」

とても読みやすく、かつ面白い本でした。
この人の別の本もそのうち読んでみたいと思います。
ゼミ生に紹介されなければたぶん一生読むことはなかったでしょう。
ゼミ生に感謝。