本日、高千穗大学で講演会をしてきました。
法政大学大学院の後輩である齋藤元紀君が昨年から高千穗大学に教授として勤めているのですが、
彼はまだ就職2年目の新人であるにもかかわらず、ものすごく大きなイベントを立ち上げたのです。
「危機の時代と哲学の未来」 というテーマでわが国を代表する哲学者を招き、
全14回の連続講演会を開催するというのです。
以下が講座趣旨です。
「講座趣旨
世界のいたるところで、そしてさまざまな分野で 「危機の時代」 の到来が語られて久しいが、日本もその例外ではない。未曽有の震災と原発事故の被害も今なお癒えたとは言えず、その余波のもと、政治・経済・文化など諸分野において混乱と動揺が引き起こされている。しかし他方、あまりにも繰り返し声高に叫ばれるあまり、私たちはこの「危機」という言葉にもはや無感覚になっているのではないか。そればかりでなく、私たちは真に危機的な現状に対する冷静な眼差しと判断力を失っているのではないか。そしてこのような趨勢は、いまや学問の府、大学にも及んでいるのではないか。
哲学は、しばしばそうした時代の危機と闘う役回りを担ってきた。今をさかのぼること約80年前、第二次世界大戦前夜の 「危機の時代」 に遭遇した哲学者フッサールは、終わりゆくヨーロッパの学問を憂い、理性という思考の力に希望を託した。フッサールからさらに遡ること約50年前、すでに同時代の学問や教養の衰退に危機感を募らせていた哲学者ニーチェは、反時代的な思考の重要性を説き、自らの書物の副題に 「未来の哲学の序曲」 と記した。今、この時代において私たちに迫っているのは、いかなる危機なのだろうか。またそうした危機をくぐりぬけて私たちがこれから耳にすることができるのは、どのような調べの哲学なのだろうか。
本講座では、「危機の時代と哲学の未来」 と題してわが国を代表する哲学者たちを招き、全14回の連続講演会を開催する。現代における危機の正体を多様な角度から検討するとともに、将来の哲学像を究明することが、本講座の狙いである。」
話デカすぎだし。
しかし、彼が自力で集めた哲学者たちは1名を除いてまさにこの講座趣旨に沿う大物ばかりでした。
「講座予定 時間:毎週火曜日(10:40-12:10) 会場:高千穂大学セントラルスクエア2階タカチホホール
第 1回 9月30日 「危機の時代と哲学の未来――本講座の狙いと課題」 齋藤元紀 本学教授
第 2回 10月 7日 「日本の近代化と啓蒙の意義と課題――人間の心と社会システムの「成熟」を考える――」牧野英二 法政大学教授
第 3回 10月14日 「対話としての哲学の射程 ――グローバル時代の新たな哲学運動」 梶谷真司 東京大学准教授
第 4回 10月21日 「言葉が開く宇宙――『おくのほそ道』に学ぶ」 魚住孝至 放送大学教授
第 5回 10月28日 「現代における心の危機と哲学」 信原幸弘 東京大学教授
第 6回 11月 4日 「「世界の終わり」と世代の問題」 森一郎 東北大学教授
第 7回 11月11日 「民主主義の危機と哲学的対話の試み」 小野原雅夫 福島大学教授
第 8回 11月18日 「危機の/と固有性――ハイデガーとジャンケレヴィッチを手がかりに」 斎藤慶典 慶應義塾大学教授
第 9回 11月25日 「危機の時代とハイデガー」 高田珠樹 大阪大学教授
第10回 12月 2日 「戦争と戦争のあいだ――二十世紀フランス思想のケースから」 澤田直 立教大学教授
第11回 12月 9日 「〈アウシュヴィッツ以後〉の哲学」 宮裕助 新潟大学准教授
第12回 12月16日 「はじまりについて」 矢野久美子 フェリス女学院大学教授
第13回 1月13日 「大学の危機と哲学の問い」 西山雄二 首都大学東京准教授
第14回 1月20日 「危機の超克と来るべき哲学――本講座の総括と展望」 齋藤元紀 本学教授」
よくぞまあこんなにいろんな人たちを知ってたもんです。
私なんかとは比べものにならない、彼の哲学者としての交流の広さには脱帽です。
ところが彼はこの巨大プロジェクトに、自分の大学院時代の先輩であるというだけの理由によって、
私のような小物にもオファーを送ってきたのです。
私はあまりの話のデカさに最初から及び腰でずっと固辞し続けておりました。
しかし彼は私が何を言っても 「何言ってんすかぁ、小野原さん」 とヘラヘラ笑うばかりで、
私が本気で辞退しているということをまったく理解してくれないまま、
いつがいいですか、テーマは何にしますか、報告概要を早く送ってください、
全部終わったらこれまとめて出版しようと思うんですけど、そのとき原稿くれますか、
それとも録音しといてこちらでテープ起こししましょうか、と勝手にどんどん話を進めてしまったのです。
けっきょく彼の強引さに押し切られて、やらざるをえないことになってしまいました。
そこで私は
「てつがくカフェ@ふくしま」 の話でもしてお茶を濁すことにしようと目論み、
ただし、講演会全体のテーマに沿う形で発表タイトルをカッコよく整えて、
「民主主義の危機と哲学的対話の試み」 という何となくそれっぽいテーマをでっちあげ、
以下のような概要をあらかじめ作文してみました。
「第7回 11月11日
『民主主義の危機と哲学的対話の試み』
2001年の <9.11> のあと対テロ対策という名目で人々の自由を制限する施策が一気に進められていきました。それと同様に2011年の <3.11> のあと、原発を推進してきた政党が政権の座に返り咲くや、特定秘密保護法が定められたり、憲法9条の下で集団的自衛権の行使を認める閣議決定がなされたり、果てはヘイトスピーチを禁ずるのと同じ論調でデモ行進を規制する動きまで出てきています。日本に根づいてまだほんの70年足らずの民主主義の体制が、今ものすごい攻勢を受けて根底から覆されるかもしれない危機に瀕しているのです。民主主義を支えているのは、正しい情報の下で、自らの理性を働かせて判断し、自由な言論活動によって世論を形成していく市民ひとりひとりのはずです。しかし、この70年のあいだにそうした自由な市民が日本に育ってきているのでしょうか。
福島では2011年の5月以来、毎月1回のペースで 「てつがくカフェ@ふくしま」 が開催されています。哲学の専門的知識をもつわけではない一般市民が集まって、互いに対等な立場でさまざまなテーマに関して哲学的対話を繰り広げています。私は、「てつがくカフェ@ふくしま」 を主宰する世話人であると同時にその一参加者として、現在、日本各地で開催されている哲学カフェの試みが、この民主主義の危機の時代においてどのような役割を果たし意義をもちうるのか、皆さんと一緒に考えてみたいと思います。」
ここまでのプランは事前に考えてあったんです。
そして、昨年の
「哲学カフェ@しぞ~か創設記念講演会」 のときのレジュメを、
ある程度使い回せるだろうな、ということもわかっていました。
しかし、今回付け足した 「民主主義の危機」 の話と、哲学カフェをそれにどう絡めるかというのは、
考えてみるとなかなか難しい問題で、いろいろとうじうじ構想は練ってみるのですがうまくまとまらず、
忙しさにかまけてずーっと先送りにしていたんです。
そうこうしているうちに
多忙な10、11月に突入してしまい、
この講演会の準備に割くための時間がまったくなくなってしまいました。
講演2日前、
「多文化関係学会」 が終了した一昨日の段階で、
まだこの講演会用のファイルすら作られていないというひじょうに切迫した危機的状態でした。
日曜日の夜はいちおう徹夜してみたものの
「はかどりネコさん」 はまったく来ないし
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。
人生初めて講演会をブッチしちゃうんじゃないかという、
「民主主義の危機」 ならぬ 「講演会の危機」 だったのです。
月曜日は何の成果も上がらぬまま寝不足の朝を迎え、
1日ずっと授業に追われてやはり準備に割く時間はなく、
6限までの卒論ゼミを終えて、もう東京へ旅立たなければならない時間を迎えていました。
その時点でもまだ資料は完成どころか 「しぞ~か」 のときからほとんど進展のないままです。
齋藤君には事前に配付資料のファイルを送ることはできないので、
当日に高千穗大学のなかで印刷することはできますかと確認を取っておいたところ、
朝9時半までにファイルを送ってくれれば印刷はやりますよ、というとても温かい対応です。
(ちなみに講演会は10時40分から)
卒論ゼミの最中から居眠りしそうなくらい睡魔に襲われていたので、
新幹線でぐっすり寝ておいて、上京したらもう一晩徹夜だなと覚悟を決めていました。
そんなふうに寝る気満々で新幹線に乗り込んだらなんと、
その新幹線の中で突然はかどりネコさんが降臨してくれたのですっ
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ギリギリまで気をもたせただけあってものすごい爆発力です。
ほんの1時間40分ほどの乗車時間のあいだに8割がた片づけてくれました。
東京の家に着いてからもバリバリはかどり、深夜0時をちょっと回った頃に、
みごとA4用紙全11枚のレジュメが完成しました。
「しぞ~か」 のときの資料が全7枚でしたから、ほんの数時間のあいだに4枚分の増補です。
内容的にも、あれだけイヤイヤだったテーマなのに、最後はノリノリで書いていました。
Facebookにはこんな完成報告の文章をアップしていました。
「レジュメ作成終了!
今日も徹夜覚悟してたのにこんなに早く出来るとは思っていませんでした。
ネコさん、ありがとう。
明日の講演タイトルは 「民主主義の危機と哲学的対話の試み」。
多文化関係学会の年次大会テーマや牧野先生の講演内容ともオーバーラップする内容。
てつがくカフェ@ふくしまの活動を紹介しつつ、
「危機の時代と哲学の未来」 について切り込んでしまう野心的な試み。ああ、素晴らしい!
寝不足なので頭がショート気味で自画自賛が止まらない。
しかも、最後は
『愛する人に東横インをプレゼントしよう』 の解説文にもむりやりこじつけて
販促活動までしてきてしまおうと目論んでいます! ああ、楽しみだ。」
ついちょっと前まで 「講演会の危機」 を迎えていたくせに、どれだけハイになってるんでしょうか。
そんな感じでウキウキしながら深夜に齋藤君にファイルを送付して、
昨晩は本当にぐっすりと眠ることができました。
今朝はすっきりと目覚め、口頭発表用にいろいろと調べものをしたり書き込みをしたりして、
万全の準備を整えて高千穗大学に向かいました。
ここに来るのは、
「第3回パイデイア哲学カフェ@すぎなみ」 のとき以来、今年2回目です。
場所も同じ高千穂大学セントラルスクエアです。
建物の外にはちゃんとリッパな掲示も張り出していただいていました。
会場はセントラルスクエア2階のタカチホホールでした。
ホール前にも立派な掲示が。
ありがたいことです。
受付の裏で聞いていると、皆さん自分の受講者番号を申告して部屋に入って行かれるのですが、
146番という数字が聞こえてきて、このイベントの規模を思い知らされました。
事前申し込み者は150名を超えていたそうです。
齋藤君の企画力、素晴らしいっ
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と喜んでいたのも束の間、ここに来て大問題が発覚しました。
昨日の深夜に送ったはずの発表資料が届いてないというのです。
あとで確認したところ、私のほうのパソコンではたしかに送信したことになっているのですが、
齋藤君のアドレスにはまったく届いていませんでした。
それが発覚したのが講演の15分前。
ファイルを直接渡して大至急印刷してもらいましたが、
A4用紙11枚分の印刷は講演開始に間に合いませんでした。
ただし、齋藤君が機転を利かせて、まずは最初の4ページをA3裏表に印刷し、
とりあえずそれだけ配付して時間どおり講演を開始し、
残りは印刷が終わりしだい順次配付していくという方法で事なきを得ました。
さすがは 「危機の哲学者」、リスク管理は万全です。
そんな感じで最後の最後までハラハラさせられる展開でしたが、
講演はなかなかいい感じでできたんではないでしょうか。
配付資料の完成が遅れたこと、印刷が間に合わなかったこともすべてネタにしつつ、
適度な笑いも取りながら進行していきました。
なんといってもこんなに多くの方々に聴講していただきました。
私もあいかわらずアゴが上がり気味ですが、
身ぶり手ぶりも交えてノリノリで話せていたようです。
そして、講演の最後では予告通り、東横イン本の告知もきっちり行いました。
皆さん、まじめな哲学の講演を聞きに来たはずなのに、
唯一の板書の出だしが 「やっぱりぱんつ」 という単語だったのでポカーンとしていらっしゃいました。
本のタイトルのなかに 「東横イン」 という言葉も出てきてますますわけがわからないようでした。
しかし、他者を排除するのではなく、差異を認めあって他者と共存していくことこそ、
本来の民主主義のあるべき姿なのだという今回の話の趣旨からすると、
あの
東横イン本というのは、まさに私の講演の参考資料としてふさわしいのではないでしょうか。
多くの方々にお買い上げいただけるとうれしいです。
講演後、参加者の皆さまには主催者側が感想用紙を書いてもらっていました。
近々私のところに届けられるそうですので、それが着いたらまた、
皆さまにどんなふうに受け止めてもらえたかご報告したいと思います。
そして、このドタバタ劇を締め括るように最後にもうひとつ問題が発生していました。
テープ起こしをするつもりで齋藤君が私の講演を録音してくれていたのですが、
機器の不具合によりたった5秒分しか録音されていなかったそうです
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あんなにノリノリで話したのに
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あれを自分でまたイチから文章として作文して打たなきゃいけないんですか
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きっとこれは早め早めの準備をしておかなかった私の怠惰に対する罰ゲームか何かなのでしょう。
出版の話、立ち消えになってくれないかなあ…。