おはようございます。 梅雨らしい 休みでしたね(^^) 京都は祇園祭りの時期になりました。 数百年の歴史を誇るこの お祭りは 祇園にある八坂神社の祭礼を 通称祇園祭り と称しているのは、この地域一帯を祇園と呼ぶことから 八坂ではなく祇園祭りとしているのでしょうね(^^)
ところで 京の都 と 言うのは、平安京が794年遷都されてから 明治に江戸(東京に)移るまでの約千年の間 都があったのですね。
まぁ これは教科書で習うから 今更でもありませんが、 京と京都の違いがあるのをご存じでしょうか^^;
と書いてみて、あれ…と不思議なことに気がつきました。
都であった時代は 古地図を見ても 京 とあるのに、今では 京都 となっています^^;
つまり都であった時は 一文字で 京。 都でなくなったら 京都。 誰が決めたか知りませんが、もし地元が名付けたとしたら さすが京の人間らしいなぁ…と思いますが…^^;
京の人間には 昔から妙なプライドがありまして、それは都が東京に移った後、つい最近まで「お天子様はちょっと東の方に旅をしていらっしゃるだけ…」その内に帰ってきやはる。と事も無げに話す人がいました^^;
これって 負け惜しみ 意外のなんでもないとしか聞こえませんし もし本気で考えているとしたら これはもう凝り固まった妄想にすぎない 笑止な戯れ言ですね。
これ意外にも有名な逸話では 先の戦(いくさ)と言えば世間一般には 太平洋戦争を指しますが、この京では 応仁の乱 を言うのだそうで、この逸話は 以前京の歴史ついて テレビで見たときに真(まこと)しやかに話されていて 聴き手のアナウンサーなど そうなんですか、と真顔で頷いていましたが、 私は観ていて あほかいな、と一笑にしました。
そりゃあ京には 直接爆撃など被害が無かったのは確かですが、それにつけても 何百年も昔の戦争を指すとはうちのところは千年の間都やったから、戦も色々とあったんどすぇ…かなり プライドが高いと言いますか狂気の世界と思いますが…
その京の人のに認定されるには定義がありまして …ん!?なりたくない〜^^;
ハハッ(^^) そう思った あなたは正常な感覚の持ち主ですが、 まぁ 兎に角 狂気の人のいう定義とは まず、京とは北は一条から七条まで、西は、七本松〜東は鴨川までの区域を言うのですって^^;
これは 今の上京区中京区下京区 くらいの地域で 祇園などは鴨川の東にありましから除外。 確かに上方落語の 中にも 鴨川を越えたら 京の街やから…とあります。
平安京とは教科書で習ったとおり 現在の地域(京都市)とは全く別の 小さな地域だったのですね。
その地域に 住めば誰もが京の人になれるか と 言いますと これがまた 厳しい掟がありまして 京に十代住まないと認められないのです。
十代とは 自分から数えて、一代前が父親 二代前が祖父…と数えてみて 一代が三十年としたら 約三百年 同じ場所に住まないと京の人に認定されないわけで、 それを さも当然の如く涼しい顔で話されるのを聞いて なんか 化け物でも見たような気がしましたね(^^)
私もこんな事を話されている人にお目にかかったことありませんが この話しはあくまでも 噂話ですから ご了承下さいな(^^)
ところで ここだけの話ですが、京の街については 一回だけ 耳にしたのは、 山科は京と違うしな、 これは そんな年配の人でもなく ごく普通の良識ある人でしたが、聞いたとき ほ〜この人でも こんなことを言うのか、とむしろ妙に感心しましたよね。
そんなしがらみがまとわりついた京の祇園祭り …
今年は如何なるお祭りになるか 平凡な推で 滞りなく 終われば良しですね。
あ、ひとつ 耳学問ですが 京に都を置いたとき北の方角の 鬼門 に比叡山を設置して 悪霊などを都に寄せないため。同じような意味で 東に八坂神社、西には 松尾大社。 松尾大社はお酒の神様で有名ですが、地図で確認してみて下さい。
ところで 京の都 と 言うのは、平安京が794年遷都されてから 明治に江戸(東京に)移るまでの約千年の間 都があったのですね。
まぁ これは教科書で習うから 今更でもありませんが、 京と京都の違いがあるのをご存じでしょうか^^;
と書いてみて、あれ…と不思議なことに気がつきました。
都であった時代は 古地図を見ても 京 とあるのに、今では 京都 となっています^^;
つまり都であった時は 一文字で 京。 都でなくなったら 京都。 誰が決めたか知りませんが、もし地元が名付けたとしたら さすが京の人間らしいなぁ…と思いますが…^^;
京の人間には 昔から妙なプライドがありまして、それは都が東京に移った後、つい最近まで「お天子様はちょっと東の方に旅をしていらっしゃるだけ…」その内に帰ってきやはる。と事も無げに話す人がいました^^;
これって 負け惜しみ 意外のなんでもないとしか聞こえませんし もし本気で考えているとしたら これはもう凝り固まった妄想にすぎない 笑止な戯れ言ですね。
これ意外にも有名な逸話では 先の戦(いくさ)と言えば世間一般には 太平洋戦争を指しますが、この京では 応仁の乱 を言うのだそうで、この逸話は 以前京の歴史ついて テレビで見たときに真(まこと)しやかに話されていて 聴き手のアナウンサーなど そうなんですか、と真顔で頷いていましたが、 私は観ていて あほかいな、と一笑にしました。
そりゃあ京には 直接爆撃など被害が無かったのは確かですが、それにつけても 何百年も昔の戦争を指すとはうちのところは千年の間都やったから、戦も色々とあったんどすぇ…かなり プライドが高いと言いますか狂気の世界と思いますが…
その京の人のに認定されるには定義がありまして …ん!?なりたくない〜^^;
ハハッ(^^) そう思った あなたは正常な感覚の持ち主ですが、 まぁ 兎に角 狂気の人のいう定義とは まず、京とは北は一条から七条まで、西は、七本松〜東は鴨川までの区域を言うのですって^^;
これは 今の上京区中京区下京区 くらいの地域で 祇園などは鴨川の東にありましから除外。 確かに上方落語の 中にも 鴨川を越えたら 京の街やから…とあります。
平安京とは教科書で習ったとおり 現在の地域(京都市)とは全く別の 小さな地域だったのですね。
その地域に 住めば誰もが京の人になれるか と 言いますと これがまた 厳しい掟がありまして 京に十代住まないと認められないのです。
十代とは 自分から数えて、一代前が父親 二代前が祖父…と数えてみて 一代が三十年としたら 約三百年 同じ場所に住まないと京の人に認定されないわけで、 それを さも当然の如く涼しい顔で話されるのを聞いて なんか 化け物でも見たような気がしましたね(^^)
私もこんな事を話されている人にお目にかかったことありませんが この話しはあくまでも 噂話ですから ご了承下さいな(^^)
ところで ここだけの話ですが、京の街については 一回だけ 耳にしたのは、 山科は京と違うしな、 これは そんな年配の人でもなく ごく普通の良識ある人でしたが、聞いたとき ほ〜この人でも こんなことを言うのか、とむしろ妙に感心しましたよね。
そんなしがらみがまとわりついた京の祇園祭り …
今年は如何なるお祭りになるか 平凡な推で 滞りなく 終われば良しですね。
あ、ひとつ 耳学問ですが 京に都を置いたとき北の方角の 鬼門 に比叡山を設置して 悪霊などを都に寄せないため。同じような意味で 東に八坂神社、西には 松尾大社。 松尾大社はお酒の神様で有名ですが、地図で確認してみて下さい。