丸山鶴吉は大塚惟精の後を継ぐ形で警視庁の第二代目の特高課長を勤めたが、自叙伝「50年ところどころ」には社会主義運動の取り締まりの顛末に言及がある。大正初年ごろの社会主義運動の中心人物は関東大震災当時甘粕大尉によって絞殺された大杉栄や●●らだったらしい。
一八九三年以降は高等警察専任警官が置かれる。一九〇六年四月に高等課を新設し、さらに一九一一年八月二一日に特別高等課が分設された。(参考『続・現代史資料1』松尾尊兊《まつお・たかよし》の解説)
●●はフランスの社会主義理論の翻訳本を無届で出し、それが出版法に触れるということで、丸山から呼び出され、説教されたときのことを社会主義の機関誌に小説「夏」という形で書いたらしい。丸山と大杉・●●とは多少の情が通ったのか両人が丸山の官舎に来るようになていたらしい。丸山は彼らが出していた「平民新聞」などを辛辣な方法手段で印刷前にその内容を知る方法を講じて、新聞の刷り上がりと同時に頒布禁止を行い、発行紙の差し押さえを行い、そのたびごとに大杉栄は関係官庁(神田警察か新宿警察)や丸山のところへ目をつり上げて抗議しに来ていた。丸山は自分の特高課長時代には社会主義者の問題で紛争を引き起こすことがなかったのは自分の「人間的接触」の大きな成果だったと述懐する。丸山と大杉栄とはよく似た人間で、丸山は大杉に対して「どうも家庭の関係や周囲の関係で、大杉君はかかる憐れむべき主義者となっているが、彼をして志を得さしめれば、立派な文芸家となり、政治家を志せば立派な政治家となるのであるが、まことに惜しむべきことである」と。
警察官僚丸山は自叙伝の中では自らの人間味を感じさせるエピソードを披歴しているが、上述のエピソードは第二代特高課長時代(大正2ー6年)の話題である。わざとらしいといえばわざとらしいが、この丸山が警視庁方面監察官時代(明治42年暮れ~)転向させられたのが西川光二郎ではなかったか。丸山は彼らを改心させるには自分には無理(たとえば堺利彦・西川光二郎らは年齢的に丸山より10歳以上も年長のため)だが相応の人物の感化を受けることが必要であると考えていて、西川光二郎の場合は高島平三郎がその役割を果たし、洛陽堂(河本亀之助)が西川の著述活動を支えた。
丸山がいう辛辣な方法とはいかなる方法を指したかは不明だが、まさか、「平民新聞」の印刷には国光社の印刷部門のトップを務め、その後独立をした河本亀之助の知人たちが・・・?
まあ、この辺のことは単なるわたしの妄想だから笑って見過ごしてもらえればよい
丸山が●●と伏字した御仁は誰なんだろ。
昔は共産主義、20年前はオウム・統一教会などの新(新)宗教
我が国の民族的結合の特有性をを勘案すると社会主義とか共産主義は「国柄」に合わないと丸山
吉森悟市著「嵐を蒔くソ聯共産主義の禍乱」、西川光二郎他序文・初版135頁・経論会(国民史総統一叢書4)、昭13という書籍もある。
[目次]
標題
目次
第一編 靑年は何故赤化するか
序論 / 1
一 半自叙傳的經路 / 5
一 幼少年時の環境 / 5
二 靑年時の環境 / 8
三 赤化の主要動因 / 18
二 一般子弟の赤化思想抱懷過程 / 20
一 勞働者農民の子弟の場合 / 20
二 小ブルジヨア、小市民の子女の場合 / 27
三 上流家庭の子女の場合 / 32
四 軍人、敎員、官吏、學生の赤化の過程 / 44
五 赤化分子の結成過程 / 58
第二編 魂顧錄
一 破船 / 64
二 不開の慈門 / 67
三 流轉 / 73
四 孤雁 / 78
五 暗冥 / 85
六 斷想 / 87
七 自活 / 88
八 叛旗 / 91
九 負笈 / 95
十 同志 / 98
十一 續同志 / 101
十二 囹圄 / 104
十三 懷疑 / 110
十四 微光 / 113
附錄 / 117
共同被告同志に告ぐる書 / 117
昭和13年、経政春秋社出版部、137P.
「国立国会図書館のデジタル化資料」より
一八九三年以降は高等警察専任警官が置かれる。一九〇六年四月に高等課を新設し、さらに一九一一年八月二一日に特別高等課が分設された。(参考『続・現代史資料1』松尾尊兊《まつお・たかよし》の解説)
●●はフランスの社会主義理論の翻訳本を無届で出し、それが出版法に触れるということで、丸山から呼び出され、説教されたときのことを社会主義の機関誌に小説「夏」という形で書いたらしい。丸山と大杉・●●とは多少の情が通ったのか両人が丸山の官舎に来るようになていたらしい。丸山は彼らが出していた「平民新聞」などを辛辣な方法手段で印刷前にその内容を知る方法を講じて、新聞の刷り上がりと同時に頒布禁止を行い、発行紙の差し押さえを行い、そのたびごとに大杉栄は関係官庁(神田警察か新宿警察)や丸山のところへ目をつり上げて抗議しに来ていた。丸山は自分の特高課長時代には社会主義者の問題で紛争を引き起こすことがなかったのは自分の「人間的接触」の大きな成果だったと述懐する。丸山と大杉栄とはよく似た人間で、丸山は大杉に対して「どうも家庭の関係や周囲の関係で、大杉君はかかる憐れむべき主義者となっているが、彼をして志を得さしめれば、立派な文芸家となり、政治家を志せば立派な政治家となるのであるが、まことに惜しむべきことである」と。
警察官僚丸山は自叙伝の中では自らの人間味を感じさせるエピソードを披歴しているが、上述のエピソードは第二代特高課長時代(大正2ー6年)の話題である。わざとらしいといえばわざとらしいが、この丸山が警視庁方面監察官時代(明治42年暮れ~)転向させられたのが西川光二郎ではなかったか。丸山は彼らを改心させるには自分には無理(たとえば堺利彦・西川光二郎らは年齢的に丸山より10歳以上も年長のため)だが相応の人物の感化を受けることが必要であると考えていて、西川光二郎の場合は高島平三郎がその役割を果たし、洛陽堂(河本亀之助)が西川の著述活動を支えた。
丸山がいう辛辣な方法とはいかなる方法を指したかは不明だが、まさか、「平民新聞」の印刷には国光社の印刷部門のトップを務め、その後独立をした河本亀之助の知人たちが・・・?
まあ、この辺のことは単なるわたしの妄想だから笑って見過ごしてもらえればよい
丸山が●●と伏字した御仁は誰なんだろ。
昔は共産主義、20年前はオウム・統一教会などの新(新)宗教
我が国の民族的結合の特有性をを勘案すると社会主義とか共産主義は「国柄」に合わないと丸山
吉森悟市著「嵐を蒔くソ聯共産主義の禍乱」、西川光二郎他序文・初版135頁・経論会(国民史総統一叢書4)、昭13という書籍もある。
[目次]
標題
目次
第一編 靑年は何故赤化するか
序論 / 1
一 半自叙傳的經路 / 5
一 幼少年時の環境 / 5
二 靑年時の環境 / 8
三 赤化の主要動因 / 18
二 一般子弟の赤化思想抱懷過程 / 20
一 勞働者農民の子弟の場合 / 20
二 小ブルジヨア、小市民の子女の場合 / 27
三 上流家庭の子女の場合 / 32
四 軍人、敎員、官吏、學生の赤化の過程 / 44
五 赤化分子の結成過程 / 58
第二編 魂顧錄
一 破船 / 64
二 不開の慈門 / 67
三 流轉 / 73
四 孤雁 / 78
五 暗冥 / 85
六 斷想 / 87
七 自活 / 88
八 叛旗 / 91
九 負笈 / 95
十 同志 / 98
十一 續同志 / 101
十二 囹圄 / 104
十三 懷疑 / 110
十四 微光 / 113
附錄 / 117
共同被告同志に告ぐる書 / 117
昭和13年、経政春秋社出版部、137P.
「国立国会図書館のデジタル化資料」より