MAG2NEWS 2021.08.05
by 『きっこのメルマガ』
広島への原爆投下による「黒い雨」を巡る裁判で、原告全員を被爆者と認める広島高裁の判決への上告断念を表明した菅首相。しかしその談話は、傲慢とも取れる文言が含まれたものでした。なぜ政府はこのような首相談話を閣議決定したのでしょうか。今回の『きっこのメルマガ』では人気ブロガーのきっこさんが、当談話の全文を紹介するとともに、往生際が悪いと言わざるを得ない内容となった事情を解説。さらに広島高裁の判決の「歴史的意義」についても言及しています。
黒い雨訴訟と国の戦争責任
この第129号の配信日は8月4日(水)なので、明後日の8月6日は「広島原爆の日」、5日後の8月9日は「長崎原爆の日」です。そこで今回は、7月29日に高裁判決が確定したばかりの「黒い雨訴訟」について取り上げようと思います。
あたしの母さんのお父さん、ようするにあたしのおじいちゃんは、太平洋戦争末期、国に召集されて、兵士として南の島に連れて行かれ、銃弾も食料も医療品も補給されない「国から見捨てられた状況」の中で「餓死」しました。当時、おばあちゃんはおじいちゃんと結婚したばかりで、おばあちゃんのお腹の中には母さんがいました。おばあちゃんは1人で母さんを産みましたが、その直後、東京大空襲が起こり、おばあちゃんは母さんを抱いて猛火の中を逃げ惑い、奇跡的に一命を取り留めました。
おばあちゃんは家も家財道具もすべてを失いましたが、夫が「戦死」したということで、戦後、おばあちゃんにはわずかな「遺族年金」が支給されることになりました。しかし、それだけではとても生活などできないので、おばあちゃんは和裁の技術を生かして必死に働き、女手ひとつで母さんを育てました。そのため、あたしの母さんは自分のお父さんに抱かれたことが一度もなく、お父さんの顔もたった1枚しかないモノクロ写真でしか知らないのです。
あたしのおじいちゃんは、多くの仲間とともに、南の島で「餓死」しました。敵に殺されたのではなく、日本政府に殺されたのです。しかし、戦争責任を認めたくない日本政府は、自分たちが見殺しにした数えきれないほどの兵士を「御国のために立派に散った英霊」などと祀り上げ、雀の涙ほどの「遺族年金」を支給することで、ひとことの謝罪もせずにチャラにしたのです。そのため、あたしのおばあちゃんは亡くなるまで、毎年8月15日を迎えるたびに「あの人は御国に殺された…」と言って涙を流していました。
それでも、おじいちゃんが「戦死」と認定されて、わずかな「遺族年金」が支給された我が家は、まだマシでした。国が始めた戦争で多くの国民が犠牲になったのに、日本政府は未だに犠牲者や遺族にひとことも謝罪せず、賠償や補償を拒否し続けているからです。日本政府が一定の補償的支援を行なっているのは、あくまでも徴兵された兵士に対する事例のみなので、東京や大阪を始めとした全国各地の空襲の犠牲者も、広島と長崎の原爆の犠牲者も、民間人の犠牲者や遺族はすべて「泣き寝入り状態」のままなのです。
しかし、いくら国が戦争責任を認めずとも、当時の日本政府が降伏を受け入れなかったために広島と長崎に投下されてしまった原爆による被害は、ポツダム宣言を受諾した敗戦後も拡大し続けました。それは、原爆による直接被害は免れたものの、被爆によって癌などを発症して苦しむ市民が後を絶たなかったからです。そして、広島と長崎の複数の被爆者団体や東京などの支援者団体の長年の訴えによって、国は昭和32(1957)年、被爆者を救済するための「被爆者援護制度」を制定したのです。
しかし、これは戦争責任を認めない前提での救済措置ですから、原爆で家族を失った遺族や、原爆で家や財産を失った被害者には、1円も支給されません。原爆によって被爆し、その被爆が原因で癌などを発症した民間人に対して「被爆者健康手帳」を交付し、治療費などを国が支払うというものです。こうした形であれば、苦しんでいる国民を救うための「福祉策」であり「人道的な措置」と言い張れるからです。
国に被爆者と認定されて「被爆者健康手帳」が交付された民間人は、過去に最大で35万人以上いましたが、被爆者の高齢化に伴って減少し始め、現在では約20万人ほどになりました。しかし、こうした背景の中、被爆による疾病に苦しんでいるのにも関わらず、長年、被爆者と認定されずに来た人たちが、少なくとも1万3,000人以上もいるのです。
それは、原爆の爆発後に降った「黒い雨」を浴びたことで被爆した人たちや、爆発後に救助のために現場に入ったことで空気中の放射性物質を吸い込んで被爆した人たちの中で、国が定めたエリアなどの細かい規定に外れている人たちです。この1万3,000人以上の人たちは、原爆が原因で被爆したのにも関わらず「被爆者」に認定されず、何の補償も受けられずに泣き寝入りして来たのです。
このうち84人の有志が原告となり、今から6年前の安倍政権下に、国を相手取って起こしたのが「黒い雨」訴訟でした。そして、昨年7月29日、広島高裁は原告の主張を全面的に認め、原告84人全員を被爆者認定して「被爆者健康手帳」の交付を国に命じました。原告はすべて80歳を超えた高齢者で、この時点で、すでに12人が亡くなっていました。それなのに、当時の安倍晋三首相は、この判決を不服とし、こともあろうに上告したのです。まさに血も涙もない鬼畜の所業です。
そして、1年後の今年7月14日、広島高裁は、前回の一審判決を支持した上で、さらに認定要件を緩和した素晴らしい判決を下しました。しかし、これまでの自民党政権の冷酷な対応から、原告団も弁護団も菅義偉首相が上告すると見ていました。高齢者ばかりの原告団は、すでに19人が亡くなっており、もう時間がありません。そこで、広島県と広島市は国に対して上告を断念するように働き掛けました。
すると、菅義偉首相は、上告期限の7月28日の前日の27日、「上告を断念する」との主旨の談話を閣議決定し、発表したのです。政府は完全に上告するつもりで準備していましたので、官邸が押し切った形です。さすがに、ここまで内閣支持率が危険水域に近づくと、もはや「ワラにも菅義偉」というわけで、お得意の政治判断なのでしょう。理由はともあれ、素晴らしい結果となりました。しかし、閣議決定された談話の全文を読んでみると、そこには自民党政権の醜い本質が浮き彫りになっていたのです。
首相談話(全文)
本年7月14日の広島高裁における「黒い雨」被爆者健康手帳交付請求等訴訟判決について、どう対応すべきか、私自身、熟慮に熟慮を重ねてきました。その結果、今回の訴訟における原告の皆さまについては、原子爆弾による健康被害の特殊性に鑑み、国の責任において援護するとの被爆者援護法の理念に立ち返って、その救済を図るべきであると考えるに至り、上告を行わないこととしました。
皆さま、相当な高齢であられ、さまざまな病気も抱えておられます。そうした中で、一審、二審を通じた事実認定を踏まえれば、一定の合理的根拠に基づいて、被爆者と認定することは可能であると判断いたしました。
今回の判決には、原子爆弾の健康影響に関する過去の裁判例と整合しない点があるなど、重大な法律上の問題点があり、政府としては本来であれば受け入れ難いものです。とりわけ、「黒い雨」や飲食物の摂取による内部被ばくの健康影響を、科学的な線量推計によらず、広く認めるべきとした点については、これまでの被爆者援護制度の考え方と相いれないものであり、政府としては容認できるものではありません。
以上の考えの下、政府としては、本談話をもってこの判決の問題点についての立場を明らかにした上で、上告は行わないこととし、84人の原告の皆さまに被爆者健康手帳を速やかに発行することといたします。また、84人の原告の皆さまと同じような事情にあった方々については、訴訟への参加・不参加にかかわらず、認定し救済できるよう、早急に対応を検討します。
原子爆弾の投下から76年が経過しようとする今でも、多くの方々がその健康被害に苦しんでおられる現状に思いを致しながら、被爆者の皆さまに寄り添った支援を行ってまいります。そして、再びこのような惨禍が繰り返されることのないよう、世界唯一の戦争被爆国として、核兵器の廃絶と世界の恒久平和を全世界に訴えてまいります。
…そんなわけで、あまりにもツッコミドコロが満載なので「迷い箸」をしてしまいそうですが、この談話で菅義偉首相が何よりもアピールしたかったのは、冒頭の「私自身、熟慮に熟慮を重ねてきました」のクダリです。ようするに「この私の判断で上告を断念し原告らを救済することにした」という点を強調しておかないと、支持率回復に結びつかないからです。そのために、わざわざ「国の責任において援護するとの被爆者援護法の理念に立ち返って」などと念を押しています。
これが本心であれば百点満点ですし、菅義偉首相の判断は「大英断」と言えます。しかし、残念ながら、菅義偉首相の本心はこの後に登場します。3段目の「今回の判決には」からの部分です。冒頭で「被爆者援護法の理念に立ち返って」などと述べた舌の根も乾かぬうちに「これまでの被爆者援護制度の考え方と相いれない」と自分の前言を完全否定、まるで絵に描いたような「ちゃぶ台返し」です。
そして、今回の広島高裁の「黒い雨などによる内部被曝の被害を広く認める」という判決については「容認できるものではありません」とまで言って突っぱねています。つまり、菅義偉首相は「黒い雨による内部被曝は科学的数値が示されていないので断固として認められません」、ようするに「国に責任はありません」と前置きした上で、「でも、皆さんご高齢なので、ここは人道的な措置として上告を断念し、特例として被爆者援護制度を適用してあげますよ」と上から目線で言っているのです。
そもそも70年以上も前の内部被曝を、今になって科学的に証明することなど不可能なのに、それが証明できなければ被爆者として認定できないなどと難癖をつけて時間稼ぎをし、高齢の原告が亡くなって行くのを待っていたのは安倍晋三前首相なのです。こうした人を人とも思わない冷酷非道な対応は、原爆の被害者を援護するために立法された「被爆者援護制度」の主旨をまったく理解していない無責任者の愚行です。
そして、そんな愚行をきちんと継承し、談話の中に文言として残したのが菅義偉首相なのです。それは何故か?それは「基本的に民間人の戦争被害者は救済しない」という政府の一貫した姿勢があるからです。原爆による民間人の被害者を1人残らず救済してしまうと、それなら東京大空襲の被害者も救え!大阪大空襲の被害者も救え!全国各地の空襲の被害者も救え!…ということになり、収拾がつかなくなるからです。
そのため政府は「原爆によって被爆した民間人の健康被害に限り援護する」という「被爆者援護制度」を作ったのです。ですから、被爆者に認定されて「被爆者健康手帳」が交付されても、病院の窓口での自己負担分が無料になるなど、医療に関する補償しか受けられません。原爆によって家族を失った、原爆によって家や財産を失った、などの補償は何もないのです。
安倍晋三前首相が原告団に「内部被曝の科学的証明」を執拗に迫ったのは、「内部被曝が証明できなければ補償する必要はない」という自民党ルールがあったからです。しかし、今回、広島高裁は「広島に原爆が投下された後に黒い雨に遭った人々は、内部被曝を証明できなくとも被爆者にあたる」との判断を示し、この自民党ルールを一刀両断したのです。そして、自民党政権としては、これだけは絶対に譲れない部分なので、菅義偉首相の談話の中に、この広島高裁の判断を真っ向から否定する文言を織り込んだ上で閣議決定したのです。
何故なら、この広島高裁の判断を容認してしまうと、今後、福島第1原発事故にも波及する恐れがあるからです。これまで自民党政権は、福島第1原発事故を巡る数々の健康被害の訴訟で、常に原告に「内部被曝の科学的証明」を求めて時間稼ぎをして来ました。戦争にしろ原発事故にしろ、本来は加害者である国側に「内部被曝でないことを証明する義務」があるのに、被害者側に証明責任を押し付け、国策として欠陥原発を推進して来た責任から逃げ続けて来たのです。
しかし、ここで「内部被曝を科学的に証明できなくとも、状況証拠だけで被曝と認定できる」という高裁判断がスタンダードになれば、もう自民党政権は逃げられなくなるのです。それから、最後にもう一発、菅義偉首相は談話の最後で「再びこのような惨禍が繰り返されることのないよう、世界唯一の戦争被爆国として、核兵器の廃絶と世界の恒久平和を全世界に訴えてまいります」などと寝言を抜かしていますが、本当にそう思っているなら、トットと「核兵器禁止条約」に署名して批准しろ!…と言っておきましょう。
(『きっこのメルマガ』2021年8月4日号より一部抜粋・文中敬称略)
★『きっこのメルマガ』を2021年8月中にお試し購読スタートすると、8月分の全コンテンツを無料(0円)でお読みいただけます。
¥550/月(税込)初月無料 毎月第1~第4水曜日配信
以前にも書いたがこれは支持率が危機的状況になって、ワラにもスガる思いから出たものとは思えない。「学術会議」任命拒否を今なお続ける冷血無情なスガが「それには及ばない」といえなかったのは、まさにオリンピック開催中であったことが原因であろう。彼にしては海外メディアが大挙して唯一の被爆国の総理大臣に無遠慮に、忖度されずに質問されるのが嫌だったのだ。そんな小心者なのだろう。
ところでニュースなどで閉会式の模様をチラ見したが次期フランスでもブルーインパルスみたいのやっていて驚いた。機数も日本を遥かに超えている。こんな馬鹿なことをするのは日本だけかと思いきや御フランスもだった。
こんなオリンピックなら即刻中止すべきだ!〈現状をわきまえて!〉
昨日までは「熱中症」対策、今日からは「寝冷え」「湯冷め」「風邪」予防対策。
夏の風物詩ペルセウス座流星群が、見えてきた。8月12~13日頃を中心に13日の夜明け前に極大を迎え、前後1週間程度見られる。わたしはここ数日で3個の流星を見た。ピーク時にはかなりの流星を見ることが出来るらしい。