「東京新聞」社説2024年9月2日
現行の健康保険証が新規に発行されなくなる12月2日まで残り3カ月。しかし、健康保険証の機能をマイナンバーカードに持たせた「マイナ保険証」の利用率は7月時点で11・13%にとどまる。
利点が実感されないためだが、現状で現行保険証の廃止が強行されれば、現場の混乱は必至。政府は利用者の立場に立ち、現行保険証廃止の方針を撤回すべきだ。
マイナ保険証による受け付けは受診時に毎回カードリーダーで資格確認をしなくてはならず、初診時と再診の月初めに提示すればよい現行保険証よりも煩雑だ。
顔認証か4桁の暗証番号を入力した後、医療情報提供の可否を確認するが、トラブルが絶えない。旧漢字と新漢字の異体字などが原因でエラーが出れば、受け付け事務は滞る。カードの電子証明書は5年に1回の更新が必要だ。
こうした煩雑さもマイナ保険証の普及が進まない原因だろう。
政府はマイナ保険証導入の目的に「医療の質の向上」を掲げる。ただ、根拠の一つとする投薬情報は直近の1カ月分は反映されず、現場の医師らは「お薬手帳の方が役立つ」と指摘する。
利用者への説明を抜きに投薬歴などの医療情報の提供を承認させることもプライバシーへの配慮を欠く。精神的な障害や妊娠など機微な個人情報は治療に必要だとしても、医師への信頼に基づき、納得した上で明かせる情報だ。
マイナ保険証は弱者の負担も大きい。高齢者施設ではマイナカードと暗証番号を預かることに懸念が強い。重症者や車イスの利用者がカードリーダーで資格確認することも容易ではない。
人権を重んじるべき医療現場で弱者へのしわ寄せを伴う「利便性の向上」は許されない。
利用者の尊厳を軽視したり、負担を弱者にしわ寄せしたりする姿勢は、任意と言いながら、マイナ保険証の取得を実質義務化する政権の強引な手法にも通じる。
河野太郎デジタル相は、現行保険証の廃止理由に「なりすまし防止」も挙げるが、発生件数は2017年からの5年間で50件だけ。マイナ保険証でも暗証番号が漏れればなりすましは可能で、導入を必要とする理由にはならない。
利点に乏しく、利用者に負担を押し付けるマイナ保険証を強引に導入する必要があるのか。政権は立ち止まって考えるべきである。
裏金政治、利権政治を終わらせる絶好の機会なのだが、立民代表選候補者の顔ぶれを見て絶望とため息である。立民内部にも良識者はいると思うのだが・・・・