里の家ファーム

無農薬・無化学肥料・不耕起の甘いミニトマトがメインです。
園地を開放しております。
自然の中に身を置いてみませんか?

ひまわりの里で一休み

2015年08月12日 | 野菜・花・植物

 朝から暑いです。収穫していると汗がしたたり落ちてきます。首には汗もができてしまいました。雨が欲しいのですが空振りばかり。1時間ごとの天気予報には、派手に傘マークがついていたのですが・・・。今日も昨日もすごい雷が鳴り、PCなどの電化用品のプラグを抜きました。それでも降ってこないのです。雷雨ならぬ「雷晴」状態。今夜も傘マークがついているので期待しているのですが半分あきらめの境地です。
 まだ昼前ですがひまわりの里に「人見」に行ってきました。

少し、満開を過ぎたようですが、まだまだ楽しめます。

        
          




川内原発再稼働許すまじ!

2015年08月11日 | 社会・経済

 よりによって、8月6日(広島)、9日(長崎)のすぐ後だ。おまけに、明日12日は日航123便墜落の日だ。いまだ多くの「なぜ」が残されている。過信はないか?
 「世界で最も厳しい規制基準をクリアしたと規制委員会が判断した原発は再稼働を進めていく」というのが政府の方針。「世界で最も厳しい」ということが「過信」ではないのか、「安全神話」ではないのか?
高浜原発判決「新規準適合でも、原発の安全性は確保されていない!」2015/4/14
「住民らが人格権を侵害される具体的危険性が認められる。」という画期的判決が出た。
しかもこの「新基準」の問題性も指摘されている。

(参照http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14137116859

直近の世論調査も再稼働に反対が半数以上を占めている。益々、国民の想いとかけ離れて行く安倍政権は、退陣を!


ペルセウス座流星群

2015年08月10日 | 自然・農業・環境問題

暑い日が続いています。こんな夜は流れ星でも見ながら涼をとるのが一番。13日夜、が見ごろだそうです。日頃の小さな事柄をしばし離れ、壮大な宇宙の中に浸って大きな夢と希望を流れ星にお願いしてみましょう。

毎日新聞 2015年08月08日 10時29分

ペルセウス座流星群の見え方
ペルセウス座流星群の見え方
 
 
 3大流星群の一つ「ペルセウス座流星群」が13日、ピークを迎える。今年は14日が新月で月明かりがないため、観察しやすい。国立天文台によると、条件がよければ1時間に30個以上の流星を見つけられるという。

 流星群の活動が最も活発になるのは13日午後3時半ごろ。その前後の12日夜と13日夜が、観察には最適だ。流星は北東のカシオペア座とペルセウス座の間から放射状に流れるが、夜空のどこにでも現れるので、反対の方角を向いていてもいい。国立天文台は「空が広く見渡せる場所ほど見つけやすい」と解説する。

 放射点の位置が高くなる夜遅くから未明にかけてが見ごろで、空が明るくなり始める前が最も多い。今週末も、普段より多くの流星が見えるという。

 流星は宇宙空間の小さなちりが地球の大気に飛び込んで光る現象。ペルセウス座流星群は、スイフト・タットル彗星(すいせい)が残したちりが漂う軌道を地球が横切る時に出現する。3大流星群のうち「しぶんぎ座流星群」は1月、「ふたご座流星群」は12月に観測される。【伊藤奈々恵】


長崎平和宣言

2015年08月09日 | 社会・経済

朝日新聞デジタル 8月9日(日)18時24分配信

 

 長崎に原爆が投下されてから70年を迎えた9日、犠牲者を追悼し、核兵器廃絶の願いを新たにする平和祈念式典が同市で開かれた。田上(たうえ)富久市長は平和宣言で、参院で審議中の安全保障関連法案について「憲法の平和の理念が揺らいでいるのではないかという不安と懸念が広がっている」と指摘。慎重な審議をするよう政府と国会に求めた。

 市によると、式典には約6800人が参列。各国大使らも過去最多の75カ国から出席した。米国からはゴットメラー国務次官やケネディ駐日大使が参列した。

 田上市長は平和宣言で、戦争の記憶が「急速に失われつつある」と危機感を示し、被爆体験だけでなく各地の空襲や沖縄戦、アジアでの戦争にも言及。「人々を苦しめた悲惨な戦争の記憶を忘れてはならない」と指摘した。

 また、次世代に語り継ぐ必要性を強調し、若い世代に「平和への思いをしっかり受け止めて」と呼びかけた。政府には、核抑止力に頼らない安全保障の検討を求め、「北東アジア非核兵器地帯の設立によって、それは可能だ。“核の傘”から“非核の傘”への転換について、ぜひ検討してください」とした。

 同市の平和宣言は、被爆者や学識経験者ら15人で構成する起草委員会で議論し、最終的には委員長の田上市長が決める。当初の市の案には安保法案への言及がなかったが、「被爆地の市民としての強い懸念が伝わる表現にしてほしい」などの意見が委員から上がって盛り込まれた。(力丸祥子)

朝日新聞社

 

関連記事

毎日新聞 2015年07月11日 11時37分(最終更新 07月11日 12時03分)

 長崎原爆の日(8月9日)に長崎市の田上富久市長が読み上げる平和宣言の起草委員会の最終会合が11日、同市の原爆資料館であった。市は、憲法の平和理念を重く受け止め、安倍晋三政権が成立を目指す安全保障関連法案の慎重審議を求める内容を盛り込んだ文案を提示した。

 
 文案では、憲法の平和理念は被爆、戦争の体験と反省から生まれたとして、堅持する必要性を強調。安保法案について国民への丁寧な説明も求めた。6月の第2回起草委で示された素案には安保法案に関する文言が盛り込まれておらず、委員からは明確なメッセージを盛り込むよう求める意見が出ていた。

 委員からはさらに踏み込んで、安保法案への強い懸念を示すべきだという意見が相次いだ。被爆者の朝長万左男・核兵器廃絶地球市民長崎集会実行委員長は「『戦争をしない』という憲法の平和理念が揺らいでいると指摘すべきだ」と強調した。

 また、梅林宏道・長崎大核兵器廃絶研究センター客員教授は「多くの憲法学者が安保法案を憲法違反と言っている。その中で十分な議論がされないまま法案が通ってしまうことに強い不安と懸念を示すべきだ」と述べた。別の委員からも「集団的自衛権の行使容認は立憲主義の瓦解につながる。立憲主義の大切さを強調してほしい」との意見が出た。

 今年の起草委は委員長を務める田上市長のほか、被爆者団体代表や学者ら15人で構成。これまでの3回の議論を踏まえて、田上市長が宣言文を決定する。

 昨年の長崎市平和宣言は集団的自衛権の議論に触れ、「日本国憲法に込められた『戦争をしない』という誓いは、被爆国日本、被爆地長崎の原点」と強調。日本政府に対し、「その平和の原点が揺らいでいるのではないかという不安と懸念の声に、真摯に向き合うこと」を求めた。

 起草委を巡っては、昨年まで改憲や集団的自衛権の行使容認に強く反対した一部委員が、今年は再任されなかった。長崎市では、被爆者らでつくる市民団体がシンポジウムなどを開いて、委員の不再任に抗議。「安保法案反対」の明確なメッセージを盛り込むよう求める動きなどが出ている。

 広島市は、被爆者や有識者ら10人が委員を務める懇談会(座長は松井一実市長)で平和宣言に盛り込む内容について意見交換しており、21日に開かれる会合で今年の宣言案を示す予定だ。

 1日にあった会合では、安全保障関連法案を巡る動きに言及するよう求める意見はなく、松井市長も「世界に向けてのメッセージを発信する場で、我が国の中だけの話を取り上げることにはならないと思う」と述べていた。

 広島市は昨夏の集団的自衛権の行使容認の閣議決定についても、平和宣言で直接、触れなかった。【樋口岳大、大平明日香、加藤小夜】


奇跡の産声

2015年08月07日 | 社会・経済

生きしめん哉―原子爆弾秘話―

                        栗原貞子

 

こわれたビルディングの地下室の夜であった。

原子爆弾の負傷者達は

くらいローソク一本ない地下室を

うずめていっぱいだった。

生ぐさい血の臭い、死臭、汗くさい人いきれ、うめき声。

その中から不思議な声が聞こえてきた。

「赤ん坊が生まれる」と云うのだ。

この地獄のそこのような地下室で今

若い女が産気づいているのだ。

マッチ一本ないくらがりの中でどうしたら良いのだろう。

人々は自分の痛みを忘れて気づかった。

と「私が産婆です。わたしが生ませましょう」

と云ったのは、さっきまでうめいていた重傷者だ。

かくてくらがりの地獄の底で新しい生命は生まれた。

かくてあかつきを待たず産婆は血まみれのまま死んだ。

生ましめん哉

生ましめん哉

己が命捨っとも


毎日新聞 2015年08月06日 東京夕刊

ヒロシマと同じ歳月を生きてきた小嶋和子さん(69)=広島市南区=は今、「生かされたことの恩返しをしなければ」との思いに駆られている。反戦を訴え続けた被爆者で詩人の栗原貞子さん(2005年3月に92歳で死去)の代表作「生ましめんかな」のモデル。6日夜、広島市内の小さな集会で、詩とともに生きた半生を語る。

 被爆直後の広島に生まれた赤ん坊を希望の光と詠んだ「生ましめんかな」。1945年8月6日が、小嶋さんの母美貴子さんの出産予定日だった。自宅は爆心地から約1・6キロの広島市千田町(現・中区)。美貴子さんは近所にある広島貯金支局に避難し、8日夜に産気づいた。重傷を負った助産師の助けと、負傷者たちの励まし。地下室に産声が響いた。

 46年に発表された詩のモデルが自分だと知ったのは高校生の時。取材を受け、栗原さんとも対談した。しかし、どこか人ごとだった。「被爆の記憶がない自分が何を話せばいいの」。栗原さんも「遠い存在」だったが、イベントなどで会ううちに交流が深まった。美貴子さんが81年に72歳で亡くなったときには「力になるから」と手紙をくれた。いつしか「母のように」慕っていた。

 栗原さんが亡くなったのは10年前。「あなたは生きているだけでいい。話せるときが来たら話せばいい」。生前語ってくれた言葉をかみしめた。経営する小料理屋の客や、依頼があれば修学旅行生にも少しずつ思いを話すようになった。

 栗原さんの業績は、肉筆原稿などを収めた広島女学院大(同市東区)の「栗原貞子記念平和文庫」で確認できる。08年の開設に尽力したのが長女の真理子さんだ。「姉のように思って」と言ってくれた真理子さんは12年、76歳で逝った。

 「栗原さんの思いを知る人がいなくなっていく。自分にできることはないだろうか」

 広島の市民団体が昨年、「生ましめんかな」を書いた栗原さんの創作ノートなどを、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界記憶遺産に登録しようと活動を始めた。「役に立ちたい」。小嶋さんは賛同し、活動に寄付することにした。

 また、知人から6日夜、女優の斉藤とも子さんが参加して開かれる詩の朗読イベントの話を聞いた。出席して、自身の思いを話すことにした。

 「人は自分の力だけで生きているのではない。多くの力に支えられ、生かされている。だから命には輝きがある」。小嶋さんは詩に込められた意味をこう解釈している。

 「たくさんの奇跡が重なって、私は生まれたのだから」。これまでになく多忙な夏を迎えた小嶋さんは、自分にできることを一つずつ果たしていこうと思っている。6日朝、学徒動員中に亡くなった姉の名が刻まれた慰霊碑の前で静かに手を合わせた。


広島、原爆の日

2015年08月06日 | 社会・経済

 8時15分、TVの前で黙とう。
「過ちは繰り返しませんから」

参列した安倍首相は何を想ったのだろうか?

今年も平和宣言は、原発事故に触れなかった。

「世界には、いまだに1万5000発を超える核兵器が存在し、核保有国等の為政者は、自国中心的な考えに陥ったまま、核による威嚇にこだわる言動を繰り返しています。また、核戦争や核爆発に至りかねない数多くの事件や事故が明らかになり、テロリストによる使用も懸念されています。

 核兵器が存在する限り、いつ誰が被爆者になるか分かりません。ひとたび発生した被害は国境を越え無差別に広がります。世界中の皆さん、被爆者の言葉とヒロシマの心をしっかり受け止め、自らの問題として真剣に考えてください。」(今年の「宣言」より)

 一昨年まで過去3回の宣言は原発事故に言及し、エネルギー政策の見直しを国に迫った。「原発の依存度を減らし、安全性を確保できれば再稼働するという方向が出ている」原子力規制委員会の基準に適合した原発は再稼働する方針だ。 

 核と人間の関係はいかにあるべきか。事故の直後から多くの人々が問い始めた。広島、長崎、ビキニと3度も核の被害を受けた日本で、核の「平和利用」として生まれた原発が被害をもたらしたことをどう考えるべきなのか。

 松井市長は、原発事故が起きた2011年の平和宣言では「『核と人類は共存できない』との思いから脱原発を主張する人々がいる」と語った。人々が抱いていた疑問を代弁していた。

 原発事故から4年5カ月たった今も、12万人以上の福島県民が家に帰れないでいる。多くの人々が暮らしを破壊され、放射線の恐怖は消えない。

  被爆地が立ちすくんでいる。

 


札幌34℃、帯広36℃・・・?!

2015年08月05日 | 社会・経済

こりゃあ、狂ってる!
連日猛暑に見舞われている地方の方、そして熱帯夜で眠りにつけない人たち。
体がどんどん疲れていきます。
毎日何人もが命をなくしています。
決して無理をしないでください。

誰がこんな地球にした
戦車を止めろ
戦闘機を飛ばすな
それでもまだ、美しい自然を壊し、海を埋め立て、基地を造るのか

 
待宵草                セイタカアワダチソウ


平和

2015年08月03日 | 日記・エッセイ・コラム

夜温が15℃まで下がり、霧が発生しました。早朝、アスパラの葉に付着した霧。

蒸し暑い日が続きます。でも、夜になると涼しくなり寝苦しいということはほとんどありません。熱帯夜の地域で暮らすことはできないでしょう。

8月という月は終戦の月であり、秋へ、冬へと向かう月です。戦争について、平和について、子どもたちと話し合えればいいですね。


寒い夜~

2015年08月02日 | 野菜・花・植物

 ようやくご当地らしくなりました。最低気温が20度以上の日が何日か続いていました。今夜は肌寒い感じです。熱帯夜をお過ごしの皆様、お見舞い申し上げます。

ズッキーニが食べごろになりました。

 こちら、今年植えた食用ホーズキ。アンデスゴールドという品種で葉は小さく、丈も30cm位で、すぐに実をつけます。
 
こちらは以前からの品種で葉は大きく丈も1m以上になります。ようやく小さな蕾が出てきたところです。小さい方が管理しやすく、早くから食べられるのでお勧めです。