日本のジーパン産業は、本場米国から関心が寄せられるほどの高品質で知られています。
岡山で織られるデニムは、エルメスに納品されるほどの品であり、カイハラデニムの存在はすでにメゾンでも欠かすことができません。
ただ、日本製ジーパンのすごさは今に始まっているわけでもないですよね。
僕は昨日「ビッグジョン」、紙タグが外れて年代はよくわかりませんが、恐らく1990年代と思われるレギュラー古着を買いました。
赤耳がついている、特別な織りではない
従って当時の小売り価格も高値ではない
であろう、普通のジーパンにもかかわらず、素晴らしい風合い、色落ちなんですよ。
よくジーパンの資料に、初めて「ワン・ウオッシュ」、つまり一度工場で水洗いを施し、裾直しを簡単にする方法を考えたのは
エドウインのワン・ウオッシュ 1963年
ビッグジョンのビッグ・ウオッシング 1968年
とあり、どちらも「初」と書いてあることが多いはずです。
どちらにせよ、それだけ日本のジーパン産業が画期的であり、それはボブソンの04ジーンズ、キャントン・デニムやブルーウエイも同様なのでしょう。
この1960年代の大きなうねり無くして、日本のジーパン産業の根幹はないと思うのです。
それは現在のJリーグが、読売クラブ、日産自動車、古川電工という日本サッカーリーグが根幹となり、こんおアマチュア時代がなければ、プロの土台すらなかったという点です。
アマチュアリーグでも、三菱が2部にいたこともあるように、観客動員が限られていても、選手たちは仕事と練習、試合を掛け持ち、日程的に相当窮屈だったに違いありません。
だからこそ当時のジーパンもサッカーも、見直す価値があるのではないでしょうか
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