5月10日、伊勢神宮内宮にお参りした後、おかげ横丁に行ってみました。おかげ横丁というのは伊勢神宮内宮に至る道沿いにできた商店街で、「伊勢志摩観光ナビ」によると、「江戸から明治期にかけての伊勢路の伝統的な建築物が移築・再現された町」だそうです。
横丁沿いには古めかしい感じのお店がずらっと並んでいました。こちらは岩戸屋。
しばらく歩くと赤福本店がありました。
これは常夜灯。
これは案内板みたいですね。
屋根にはリスの像。
その奥にあるのは太鼓櫓。ここでは神恩太鼓の演奏があるそうです。
その横に山口誓子俳句館があったので、ちょっと寄ってみました。
お腹が空いたので赤福本店に寄ってみました。
中で食べることができるようです。
出来立ての赤福をいただきました。
この大きな甕でお湯を沸かしているようです。
赤福本店の横には新橋という橋がありました。下を流れているのが五十鈴川。こんなところでもカジカガエルが鳴いていました。
橋の上から撮った赤福本店です。
中はこんな感じ。まるで江戸時代にいるような感じでした。
まだ、お腹が空いていたので、こちらで「たこ棒」を買って食べました。
それから、こちらでソフトクリームも。
お腹も適当に膨れたので、さらに歩いていくと、古めかしい郵便局がありました。
このポストは日本最古のポストを模して作成されたものだそうです。
その先に、旧慶光院がありました。ここはもともと臨済宗の尼寺だったのですが、明治初期の神仏分離と廃仏毀釈により、廃寺になってしまいました。その後、伊勢神宮が買い取り、現在では神宮祭王職舎として使われているそうです。
ここまで歩いてきたので、猿田彦神社にも寄ってみました。この神社の祭神は猿田彦大神と大田命です。猿田彦大神はニニギノミコトの天孫降臨の先導をしたので、「みちひらき」の神として知られています。また、その子孫、大田命は天照大神を祀る場所として、五十鈴川沿いの土地を献上されたとされています。
これが神社の入り口です。
中に入ると大きな鳥居がありました。
こちらは拝殿です。
扁額には猿田彦大神と書かれているのでしょうか。
これは境内社のさるめ神社です。
猿田彦神社の裏には御神田があるというので見に行きました。
もう田植えが終わっているようです。ここでは御田祭が開かれるそうです。この後、五十鈴川駅まで行き、近鉄電車で鳥羽に戻りました。
横丁沿いには古めかしい感じのお店がずらっと並んでいました。こちらは岩戸屋。
しばらく歩くと赤福本店がありました。
これは常夜灯。
これは案内板みたいですね。
屋根にはリスの像。
その奥にあるのは太鼓櫓。ここでは神恩太鼓の演奏があるそうです。
その横に山口誓子俳句館があったので、ちょっと寄ってみました。
お腹が空いたので赤福本店に寄ってみました。
中で食べることができるようです。
出来立ての赤福をいただきました。
この大きな甕でお湯を沸かしているようです。
赤福本店の横には新橋という橋がありました。下を流れているのが五十鈴川。こんなところでもカジカガエルが鳴いていました。
橋の上から撮った赤福本店です。
中はこんな感じ。まるで江戸時代にいるような感じでした。
まだ、お腹が空いていたので、こちらで「たこ棒」を買って食べました。
それから、こちらでソフトクリームも。
お腹も適当に膨れたので、さらに歩いていくと、古めかしい郵便局がありました。
このポストは日本最古のポストを模して作成されたものだそうです。
その先に、旧慶光院がありました。ここはもともと臨済宗の尼寺だったのですが、明治初期の神仏分離と廃仏毀釈により、廃寺になってしまいました。その後、伊勢神宮が買い取り、現在では神宮祭王職舎として使われているそうです。
ここまで歩いてきたので、猿田彦神社にも寄ってみました。この神社の祭神は猿田彦大神と大田命です。猿田彦大神はニニギノミコトの天孫降臨の先導をしたので、「みちひらき」の神として知られています。また、その子孫、大田命は天照大神を祀る場所として、五十鈴川沿いの土地を献上されたとされています。
これが神社の入り口です。
中に入ると大きな鳥居がありました。
こちらは拝殿です。
扁額には猿田彦大神と書かれているのでしょうか。
これは境内社のさるめ神社です。
猿田彦神社の裏には御神田があるというので見に行きました。
もう田植えが終わっているようです。ここでは御田祭が開かれるそうです。この後、五十鈴川駅まで行き、近鉄電車で鳥羽に戻りました。